#ハインツ9
人類は有史以来でさえ多くの戦争を経験していたが、多くの戦争おいては原因と考えられる有力な学説は、一応提示されている。平和を希求した人類の知性には、ハインツも敬意を抱いていた。
この時代の戦争――つまり、エデンとルクレシアの争い――の起源にも、定説があった。地球から惑星アリシアに移住した人類は、大きく二つに分類されるのだ。地球における核戦争によって人類の居住が困難になったとき、先に移住した人類と、後に移住した人類がいたのである。
前者は後者から地球を追い出される形で、後者は限界まで地球に居住していた。地球から人類が移住可能な星が、現実的には惑星アリシアしかなかったことが、現在の悲劇の最重要要素となった。
先発組からしたら、自分たちを追い出した後発組に対する蟠りは消えないし、先住者としての誇りもある。一方、後発組にしても居住できる星が惑星アリシアしかない以上、生存のためにも追い出されるわけにはいかない。戦争の構図としてはシンプルに見える。
一応はエデンは後発組、ルクレシアは先発組を起源としていると考えられている。もっとも、惑星アリシアには多くの国々が生まれ、双方の勢力間でも度々入れ替わりが生じているので、事実は想定以上に複雑で、単純化は禁物ではあるのだが。
ハインツは時々アーカイブを検索し人類の歴史に思いを馳せ、その壮大な営みに感心していたのだった。ちなみに「惑星アリシア」という名称は、その惑星における居住可能性を指摘した偉大な科学者である、アリシア・フォン・キルヒアイス博士から取られたという。
ところで、ハインツはかつてなく困惑していた。とは言え、人類の苦難に比べれば些末なことではある。自分の苦悩など大したことではないと言い聞かせていた。そうでもしないと、この苦痛に耐えられないからである。
「聞いてますか、ハインツさん!?」
「――ああ、聞いてるよ。人類の歴史って壮大だよな」
「なんの話ですか!?」
司令部の面談室において、ハインツは女性兵士と向き合っていた。ハインツとは元同業者のパイロットの、第31部隊のマリナ・アーヴィンと言ったか。
第31部隊は直近の任務で失敗し、二機を除いて撤退した。フェリックスは幸運にも攻撃を受けることはなく、三機のシグルドを回収してエデンに戻って来た。
報告によると、二機は撃墜された可能性が高いとのことだった。二名のパイロットを回収するために、別部隊を派遣することがすでに決定されている。
(……第31部隊、か)
ハインツは内心で独り言ちていた。確か、自分が任務に失敗したときに回収任務に当たった部隊のはずだ。元々は寄せ集めの部隊だが、司令部の期待以上に成果を挙げている部隊でもある。その分、難しい任務も任せられてきたが、このような結果になったのはハインツとしても複雑ではあった。
マリナの顔にも見覚えがあった。確か以前、ミア司令官の付き添いで格納庫に行ったときだった。あのときのことは、極力考えないでいるのだが。
ハインツが司令部に出勤したちょうどそのとき、マリナが警備担当の兵士と揉めていた。曰く、ミア司令官に直訴したいことがあるとのことだった。さすがにパイロットとは言え、安易に司令官に会わせるわけにはいかなかったので、ハインツが対応を任されることになったのだ。
「だからね、ハインツさん。カイくんだってスケベなカスですけど、悪い人じゃないんです! アイカちゃんは言わずもがなの良い人です。カイくんだけは一度くらい死んだほうがいいんじゃないかと思ったことはありますけど、本当はそんなこと望んでないんです!!」
酷い言いようだな、とハインツはむしろ感心していたくらいだ。マリナも気付いていないのか、カイという名のパイロットを罵り続けていた。マリナの言い分を聞くからに、ハインツから見てもカイ・アリオン飛行士のことはちょっと好きになれそうになかった。少なくとも、セクハラ発言は自制すべきであろう。部隊の士気に関わるようであれば、戒告くらいの処分はありえそうだった。
「わ、わたし、友達が少ないんです。カイくんほどじゃないですけど、親しい友人なんて両手で数えられるくらいです。カイくんとアイカちゃんがいなかったら、今の部隊にも馴染めなかったと思います。二人には感謝しているんですよ!」
「二人とも、大事な友人なんだね」
何度同じ話を聞かされたか、ハインツは心底うんざりしていた。部隊内で友情を育むのはいいことだが、ここまで長々と主張されるのもしんどい。
「そうなんですよ! だから、二人が撃墜されたときはわたし、死ぬかと思いました。むしろ、わたしが死ねばよかったんです! わ、わたしが、か、かわりに――うわあああああああんんん死んだとは限らないじゃないですかあああああああああああんんん!!!」
友情を語り、泣いて、そしてまた友情を語り、そうかと思えばまた泣く――さっきからずっと、この繰り返しだった。
……逃げ出したい。
ハインツからすれば、どんな困難な任務より辛い状況にあった。副官に就任以来、これほどパイロットへの復帰を焦がれたことがあっただろうか。しかし、これも仕事なのだから、自分の感情だけで放棄するわけにもいかないのである。むしろ、職務放棄などしたらミア司令官の心証が悪くなる恐れがあった。パイロットへの復帰どころの話ではない。
「ハインツさああああん、どうにかしてくださいよおおおおお!! うわあああああんん!!!」
「と、とにかく、落ち着いてくれ」
必死に宥めるハインツのことなど知ったことではないと言わんばかりに、マリナは喚き続けた。
(さて、どうしたものか……)
説明するだけのことは説明したのである。カイ・アリオン及びアイカ・キルシュの回収任務は、すぐにでも発令される予定だ。今も司令部では着実と準備を進めている。
ハインツは覚悟を決めた。
「マリナ飛行士、落ち着いて聞いて欲しい」
「な、なんですか?」
「二人は恐らく生きているだろう。過度な期待はしないでほしいが、まだ充分に希望を持っていい段階だ」
「生きてるとはかぎらないじゃないですかあああああ!! うわああああんん!!!」
「希望を持てというんだ!」
少し声を大きくして、一喝するようにハインツは言った。
「俺も一度は撃墜された。だが、きみたちに運良く回収されて、今も生きているんだ。二人だって充分に生存の可能性があるんだよ」
「う、う……本当、ですかあ?」
「本当だ」
可能性があるのは、嘘ではない。現状、希望を持つことに意味はあるのだ。
「二人の回収のために、部隊を派遣する準備も進めている。きみが望むなら、ミア司令官にその回収任務への同行を口添えしてもいい」
「ほ、本当ですか? 行きます! ぜひ、派遣を命じてください。いますぐに!」
「いや、俺にその権限はないのだが……」
あくまで口添えするだけだ。過剰な期待を招いてしまったかと、ハインツはすぐに後悔していた。
「カイくん! アイカちゃん! 待っててください、わたしがちゃんと回収しますからね!」
とは言え、マリナはパイロットなので、基本的には回収班の護衛任務に当たることになるのだが。
ともかく、マリナを宥めることに成功したハインツだった。何度も繰り返し同じ説明をさせられたのには辟易していたし、これは副官の仕事なのか疑問でしかなかったのも事実だが。
しかしまあ、ハインツとてマリナの気持ちが理解できないわけではない。パイロットは、常に友人を失う可能性と向き合っている。自分が死ぬ可能性すらあるのだ。当然、心身に伸し掛かってくるストレスも過大なのだ。
「わたしはやります! やってみせます!」
今まさに燃えるような心境を語るマリナのことも、ハインツは別に嫌いではなかった。……納得してくれたのなら、なによりなのだから。




