#アイカ3
撤退作戦は、決して容易ではなかった。戦術において、戦力を集中させるのは基本中の基本だ。むしろ、戦術の本質はそこにあった。
敵戦闘機の行動は、その意味で定石に則ったものだった。五機の敵機が、アイカの機体を集中して狙い始めたのだ。
アイカは逃げることに全力を向けた。しかし、今までにない速度を見せた強化型ウィーズルからは、逃れられなかった。カイがそれを察知し、援護に向かった。
だが、結論は変わらなかった。
――撃墜。
その結果は、アイカにとっても衝撃的だった。
戦闘機パイロットとして、優れた技量を持っていることは自負していた。部隊に貢献できれば誰かが褒めてくれるのも、満更ではなかった。なにより、自分が活躍すれば誰も死なないで済むのである。パイロットしてのやりがいを、アイカは確かに実感していた。
なのに、この結果である。結局のところは、パイロットの技量より機体性能のほうが重要なのである。パイロットは言わば、戦闘機にとっての魂である。だが、身体の性能は魂では変わらない。そのことを身を持ってアイカは実感した。
(でも、あれ? なんで私、生きてるの?)
撃墜されたときには死を覚悟したアイカは、それでも生きていた。どうも、あの世でもないようだった。
「わたし、生きてるんだ……」
さっきまで意識を失っていたらしいのは、なんとなくわかった。いつものコクピットに搭乗したままだ。夢でもなくて現実だった。負けたことさえ、変わらない現在の話だった。
「――良いことなのか、悪いことなのか。不幸中の幸いっていうのは、こういうことを言うんだな」
無線の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。すぐに憎らしいやつの顔が脳裏に思い浮かんだ。
「か、カイ!? なんで、あんたまで」
「おい、覚えてないのか? 敵戦闘機がお前の機体を集中攻撃し始めたから、援護に向かったんだよ。そしたら、俺まで撃墜されちまった」
そうだった。アイカは撃墜直前のことを思い出していた。集中攻撃を受けたときは、死ぬものと思っていた。それでも生き抜くために最善を尽くそうとした。だが、結局はこの有様である。
「あんたまで撃墜されたのか……」
「まあな。だが、生きてるぞ?」
「……そうだね」
「撃墜されたときこそお前となら一緒に死んでもいいとも思ったが、生きているに越したことはないんだよなあ。やっぱりさ」
「変なこと言わないで」
アイカはやっと安心できた気がした。だがすぐに、申し訳ない気持ちが溢れてきた。
「カイ、ごめん。私に巻き込まれて、あんたまで危ない目に遭わせた」
「撃墜されたのは屈辱だがな。誰もお前のことなんて、恨んでないぞ。俺は敵兵のことだって恨んだことはないんだからな」
「そうなの?」
「あっちもこっちも、そういう職業だと割り切るしかないだろう。よく覚えていないが、パイロットになったのは俺の意思だったと思うし。細かいことを気にしても仕方がない」
「いや、生きるか死ぬかの問題は、細かくないだろう」
「死にたくなければ、パイロットは辞められる。思い立ってすぐには難しいかもしれないが、一応はそういうシステムだ。少なくとも、救世軍はな。ルクレシアは知らないけど」
「あんたみたいに割り切れるやつばかりじゃないだろうけどさ」
だが、カイのすっきりした考えはアイカにとって決して好ましくないものではなかあった。カイのことは憎らしくも思うが、気が楽なのも確かだったのだ。
「アイカ、外を見てみろ。空じゃなくて下な」
「え、外? 下?」
「俺たちの今の状況だ」
アイカはカイに言われてやっと、コクピットの外を見た。なぜか、意識がそこまで向かなかったので、視界に入らなかったのだ。
「赤い大地……! そっか、撃墜ってそういうことだもんな……」
地平線まで広がる、赤色の大地だった。空中都市で暮らしているアイカたちにとっては、まず直接見ることはないものだ。一応はアーカイブに画像データとして保存されているが、わざわざ見ることはほぼない。
撃墜後、落ちるところまで落ちてここに至るのか。少し離れたところには、カイの機体もあった。考えれば当たり前のことである。空を飛ぶのには、翼が必要なのだから。
「安全装置が強化されたのが功を奏したな。技術班と整備班には、当分は頭が上がりそうにない」
カイが戯けたように言った。
以前、アイカたちは壊滅した特務隊の回収任務に従事したことがあった。それを切っ掛けに、シグルドの安全措置が強化されたそうだ。撃墜されても、熟練のパイロットを回収できるのであれば儲けものだ。と言えば、俗物的ではあるが、司令部の考え方はアイカにも充分に理解できた。
「俺は大した怪我はないぞ。せいぜい、腕の骨が折れたくらいだ。そっちは?」
「私もそうだな。肋骨の一本くらいは折れてそうだけど」
「胸が薄いと確認しやすくていいな」
「……一発、殴っていい?」
「機会があったらな」
確かに、生きて帰れるとはまだ確定していない。とりあえず、アイカとカイにできることは待つこと以外にはない。エデンから回収班が派遣されるまで、どう過ごしたらいいものか。
忘れがちではあるが、コクピットの外、つまり赤い大地の表面には無色透明の毒ガスが充満している。コクピットから出ても、長居はできないのだ。退屈ではあったが、アイカは生きている幸福を噛み締めていた。
「あ、そうだ。敵の戦闘機はどうなったの!?」
まだ周辺空域を飛んでいたら、回収班を待つどころではない。正真正銘の命の危機だ。
「それは大丈夫だ。俺たちを撃墜したら、すぐに退散していったぞ。マリナたちもたぶん、フェリックスに戻れたんじゃないか?」
「よかった……」
何度目かの安堵だった。心配事が一つずつ消えていく。
「って、あんたもしかして、気絶もしなかったの!?」
「おう。神経が図太いとは言われていたが、まさかここまでとはね。俺も自分で驚いている」
その発言は、おそらくアイカのものだった。以前、何度か同じようなことをカイに向かって言った記憶があった。
「あんたは、超人的だな。一応言っとくけど、褒めてないから」
「超人なのは、ベッドの上だけでいいんだけどなあ」
「セクハラはやめて」
「それ以外、することないんだよ」
「自制しろよ」
「やだよ」
話すこと以外、することがない。こんな状況下では、アイカはカイと話すことさえ心地よく感じていた。まあ、セクハラ発言だけはできれば自制して欲しいところなのだが。
クリーム色の大空の下で、赤い大地が広がる。惑星アリシアの、ありふれた光景だった。遠い地球から移住した、人類の新天地。その筈だったが、繰り返すことには結局、違いはなかった。
この戦争の先になにがあるのか、アイカには想像できなかった。




