#アイカ2
急激な速度で、敵戦闘機が迫って来る。数は五機だ。
「……速いな」
カイの呟きを、アイカが拾った。だが、感想を漏らすのは後だ。今は生き抜くことが最重要ミッションなのだ。
今回の任務の指揮は、アイカの担当だった。
「みんな、戦闘態勢に移って。たぶん、強化型だから」
「「「「了解」」」」
みんなの声が、アイカを勇気づける。
「いつものパターンAでいこう。勝てない相手じゃない、確実にやるんだ」
そう、いつも通りやれば勝てるはずだ。強化型ウィーズルとは言え、性能の優位はシグルドにある。物量で戦うルクレシアに対して、エデン、そして救世軍の強みは戦闘機の性能なのだ。
「マリナ、準備できた?」
アイカは無線の向こうに問い掛ける。
「準備万端です!」
「頼んだ!」
「任せてください!」
マリナ機から超長距離レーザー砲が放たれる。敵戦闘機の部隊はしばらく、一方的に攻撃を受け続ける。
長距離攻撃に特化したマリナの機体の扱い方は、アイカも心得ていた。ドッグファイトを極力避けて、移動式の砲台としての役割を尊重するのである。
カイ、アイカの機体は攻撃の要となる。ショウ、エレナの機体の役割はそれぞれ、カイとアイカの機体が攻撃に専念できるように援護することにあった。
敵戦闘機が、マリナ機以外のシグルドの射程距離に入るまでは、マリナ機による長距離攻撃のみだ。
五機の敵戦闘機は案の定、長距離攻撃を厄介に思ったのか、攻撃を避けるように二手に別れて向かってきた。
二機と三機。戦場での振る舞いから、ドッグファイトを好むのは想像に難くない。
「カイ、ショウ、頼んだ!」
「オーケー!」
「了解!」
二機のシグルドが、マリナ機の援護を受けながら三機の敵機に向かった。
「エレナ、こっちも行くよ」
「任せてよ!」
アイカたち二機は、同数の敵機に向かった。こっちはガチガチのドッグファイトになるのは間違いない。
アイカ、エレナ組、そしてカイ、ショウ組で距離を保ったまま、すぐにドッグファイトに移行していた。
アイカ機のレーザー砲が、敵機を攻撃する。同時に敵機も同じ攻撃を、アイカに機に向けてくる。エレナ機がアイカ機に狙いを定める敵機を重点的に攻撃し、的確に援護した。
混戦だった。
戦闘機同士の、目まぐるし立ち位置の変化。上も下も、右と左さえも不明確になるようなアクロバティックな戦闘の中で、沸騰しそうな熱い血流に耐えなながら何度も狙いを定める。
「おい、なんか変じゃないか?」
無線越しの声は、カイだった。
「気をつけろ、アイカ。敵戦闘機は、速いだけじゃない。――堅いぞ!」
その違和感は、アイカにもあった。
こちらの攻撃を受けても以前のように怯まないのである。すぐに体勢を整えて、反撃してくる。
微妙な違和感だった。だが、確かにあった違和感だ。
いつもなら、三機を相手にしていたカイ、ショウ機がマリナ機と共に、敵機の隙を突いてこちらに合流してくる頃だった。だが、カイたちにはその余裕は見られなかった。
「カイ、まだ!?」
無線越しに呼び掛けるアイカに、カイは忌々しそうに答えた
「悪い、余裕がない。どう逃げようにも、敵機が正確に追撃してくるんだ。こっちも対応するだけで手一杯だ」
アイカは唇を噛んだ。――どうなっているのだ?
敵勢力は十中八九、強化型ウィーズルの部隊だ。五機それぞれが強化型であれば、シグルドに匹敵する。だが、それでもシグルドの性能的優位は揺るがないはずなのだ。手間は掛かっても、勝てるはず。そういう信念が救世軍のパイロットにはあった。……それが裏返せば、油断であることをアイカたちには自覚がなかったのだが。
(機体性能のさらなる向上? よりによって、私たちの部隊を相手に?)
背筋が寒くなるのを、アイカは感じていた。こんなに熱いのに、こんなに冷たい。そう、それは恐怖だった。死が間近に迫る恐怖だ。
「カイ、マリナの援護がなくてもやれる?」
「なんとかやれるだろう」
「ありがとう。マリナ、こっちを援護して」
「わかりました!」
「カイはそのまま、しばらく持ち堪えて!」
「任せろ。なんとかやってやる」
アイカの意図するところを、カイもマリナも理解していた。
カイたちが三機の敵機を抑えている間に、マリナ機を含む三機で二機の敵機を片付けようという魂胆だ。
カイの操縦技量の高さに甘えるような戦術に、アイカは後ろめたさを感じていた。だが、それどころではないと一時の感情を振り払って、戦闘に再度意識を集中させた。
アイカ、エレナが再び敵機とのドッグファイトに移行した。何度もレーザー砲を放つ。――当たる、外れる、外れる、当たる。何度も繰り返す作業に、苦痛を感じた。死と向き合う緊張感と、ひたすら向き合った。逃げたくても逃げられない。逃げさせてくれない。
敵の攻撃を避けると、わずかな安堵があった。こちらの攻撃が当たると、わずかに高揚した。
攻撃は確実に当てっている。敵機のバリアの出力は、少しずつ下がっている。だが、
「駄目だ、堅すぎる……」
確かに、敵戦闘機にはダメージを与えている。だがそれ以上に、味方機にダメージが蓄積している。バリアの出力が、格段に低下していた。
アイカは戦況を改めて確認した。このままでは、ジリ貧だった。
戦術に問題はない。カイやアイカの操縦技量という優位性。そして、なによりシグルドの性能的優位性があったはずだ。――本来ならば。
そう、この戦闘における問題点はそこだ。敵戦闘機の機体性能が、大幅に向上しているのである。救世軍の優位性が、奪われた瞬間だった。
アイカは苦渋の決断をすることを決めた
「みんな、落ち着いて聞いて。このままだと、部隊は壊滅だ。現時点で、作戦目標を撤退に変更する」
無線の向こうは、沈黙。
この自体を重く見ていたのは、アイカだけではなかった。だが、それを言葉にしたのは他ならぬアイカだった。
「わかった。じゃあ、アイカ。明確な指示を頼む」
「……うん」
カイの言葉に、アイカは申し訳なく思った。だが、今回の任務の指揮担当はアイカだ。告げなければならないことを、避けてはいけない。
「各自、この戦闘空域から離脱して。敵戦闘機が追ってくるだろうけど、離脱のために各自の判断で最善を尽くして」
指示はまったく具体的ではない。だが、やるべきことだけは伝わるはずだ。それ以上のことは、アイカにはなにもできなかったのだ。
「よし、じゃあ。全力で撤退するか」
カイはいつもの陽気な声音で言った。
「ま、まあ。こういうこともありますよね……」
マリナは今にも泣き出しそうだったが、努めて気丈であろうとしているのは伝わってきた。
「仕方ないさ。生きていれば、また会おうぜ」
やや後ろ向きなのは、ショウだった。
「撤退は残念だけどさ、やれるだけのことはやろうよ」
わざとらしい前向きさは、エレナの声だった。
すでに五機のシグルドは、戦闘からの撤退準備を始めていた。もはや、この場でできることなどないのだ。
アイカは悔しかった。よりによって自分の部隊で、自分の指揮でこんな決定を下さなければならないことが苦痛だった。こんな気持ちになったのはいつ以来だろう?
第31部隊の各パイロットは気持ちを切り替えるよう努め、撤退作戦に移行する。
逃げ出した五機のシグルドを、同数の敵戦闘機が追ってくる。




