#アイカ1
アイカ・キルシュは、救世軍内でも屈指の技量を持つパイロットだった。同じ部隊のカイ・アリオンにこそ一歩劣るが、別部隊なら十二分にエースだと言えるほどだった。カイとは何度か同じ部隊に配属されているが、二人の技量が同程度に高度であることと無関係ではない。つまり、二人ともこれまで生き抜くことができたということである。
(まあ、腐れ縁ってことになるのかな)
カイとは長い付き合いだ。具体的にどれくらいの付き合いなのかは覚えていないけれど、随分長いこと一緒にいる感覚があった。
(別にみんなが言うほど、あいつのこと嫌いじゃないんだよな)
カイの戦い方は味方にも好かれていない。かなり攻撃な戦闘スタイルのせいで、常に他のパイロットたちもカイの機体の位置を気にしないといけないのである。戦闘における悩みの種が増えることから、一種の苦痛なのだ。だが、アイカにとってはそうではなかった。
(あいつは、まあ、そういうものだと思えばいいんだ。嫌うほどじゃない)
アイカの技量はカイに匹敵する。だからこそ、戦闘時のカイの行動の意味も、理解できないではない。無茶だと思うこともあるが、カイの存在を前提に戦えば楽な面もある。
なによりカイがいれば、アイカや他の仲間の機体が敵機に狙われる可能性が低くなるのである。カイが暴れているうちに、まるで漁夫の利を狙うかのように敵機を攻撃すればいい。少なくとも、アイカの指揮時においてはカイ機をそのように扱っている。
(いつからだろう、楽しくなくなったのは?)
アイカだって、ずっと前は戦闘機に乗って戦うのが好きだった気がする。さすがにカイほどではないが、敵機を撃ち落とすのは快感だった。敵機を多く撃ち落とせばそれだけ称賛されるのも、悪い気はしなかった。
(いや、いつからって、明らかなんだけどな)
本当は、考えるまでもないのだ。アイカ本人にはわかりきった話だ。だが、そのことを思い出すのは苦痛だった。
(まあ、いいや。どうせ、どうとでもなるんだから)
大した話ではない。悩みなら、他のことのほうが重要だ。例えば、パイロットスーツを着ると、身体のラインが露骨に出るほうがもっと気になる。マリナのように肉感的なら誇れるだろうが、スレンダーなアイカの体型だと当人は気にするのである。逆に、エロい目で見てくるカイの存在も嫌だった。だがまあ、男などそういう生き物だと思えば割り切れることだ。アイカだって、初心ではないのだから。
「こちら、カイ。アイカ、そっちはどうだ?」
無線越しに、カイの声が聞こえる。カイのことを考えていたアイカは、驚いて頓狂な声を出してしまった。
「え、そっちって?」
「おい、呆けてるのか。敵戦闘機の探索だよ」
慌てて意識を集中させる。
「あ、ああ。大丈夫。こっちも問題ないよ」
「そうか。一応、信じるぞ」
「一応ってなんだよ」
実際、シグルドのレーダーに反応はない。アイカはぼうっとしている間も、無意識に任務に忠実であろうとしていたようだ。一種の職業病だなと、アイカは少しだけ気が滅入った。
「しっかし、また外れかねえ。影も形も見えないな」
「だからさ、いつも言ってるけど残念がるな」
カイの言葉に、アイカはいちいち反応する。いつものやりとりである。
今回の任務は、警戒任務である。以前、防衛ライン付近にて敵戦闘機の存在を確認したことがあったのだが、念のために警戒体制を強化することになったのだ。
前回の任務こそ快勝だったが、いつもそうなるとは限らない。アイカだって友人を戦闘で失ったことがある。パイロットである以上は覚悟していることだが、それでもやりきれない気持ちになったのを覚えている。どうも、友人が少ないカイはその手の機微に疎いようだった。アイカにはそう見えた。
「カイ、あんたさ、真面目な話をしてもいい?」
「いいぞ。暇潰しにはなるだろう」
そういう態度が嫌われるのである。
「私たちはパイロットだ。運が良かったのか今まで生き抜いてきたけどさ、これからもそうだとは限らない。味方に戦死者が出るかもしれないのは、あんただってわかるでしょ?」
「そりゃあ、そういうことも起こり得るだろうな」
「……私が撃ち落とされて戦死したら、あんたはどう思う?」
一瞬の無言があって、カイは答えた。
「悼むよ。たまには集合墓地に行こうかと思うくらいにはな」
「それで割り切れるやつばかりじゃないんだよ……」
しばらく無線の向こうは無言であったが、カイ以外の四人の気持ちが一つになったのをアイカは感じていた。誰かこいつに人の心を教えてやれ、と。
「アイカちゃん、諦めたほうがいいですよ。カイくん、ちょっとサイコパスっぽいところありますし」
あからさまな溜息を吐いたのは、マリナだ。スポーツ好きのアイカにとっては趣味は合わなくても、気の合う友人だった。最近はカイとマリナ、そしてアイカの三人でつるむことが多い。同じ部隊だと妙に仲間意識が強くなるのと、ショウとエレナがカイのことを避けがちなのが主な理由だと、アイカは分析している。
アイカは何度かカイのことを殴りたくなったことがあるが、自制している。一応は格闘技経験者であるアイカが、男とはいえ素人に暴力を振るうわけにはいかないという美意識からである。
「でもマリナは一発くらい、カイのこと殴っていいと思うよ?」
「そうですね。日頃のセクハラ発言には毎度苛つきますし」
カイのその手の発言は、数えたらキリがない。だが、カイは不満な声音で主張した。
「あのな、セクハラってのは愛情表現なんだよ。地球時代の偉人もそう言ってるだろう?」
「一方的な愛情表現をセクハラって言うんだよ、ばか」
アイカは鋭く指摘した。自分はと言えば、カイのセクハラにもう慣れてきた。まともに相手にするほうが疲れる。
「この時代にまで滅びなかった、人類のクソ慣習にはドン引きですね〜」
珍しく口が悪いマリナだったが、冗談めかしていても、たぶん顔は笑っていない。とは言え、マリナも本当に嫌なら一回くらい引っ叩くだろう。カイはパイロットに必要な最低限の運動しかしないので、それほど強くないはずだ。マリナにもチャンスはある。
「というか、なんでカイくんは私たちにセクハラするんですか? セックスの相手には不自由してないんでしょう?」
「わかってないなあ。セックスとセクハラは別の競技なんだよ。ラグビーとアメフトくらい違う」
「言ってることが最低だな……」
もはやカイとはわかり合えない気がした。男とか女とか、そういう次元の話ではなくて、脳の作りが根本から違うか気がする。そして、ラグビーとアメフトは大して違わないだろうというツッコミはやめておいた。
アイカはまだ始まったばかりの任務なのに、酷く疲れた気がしていた。
「私、人類がなんでこの時代まで戦争しているのか理解できた気がするよ。カイみたいなやつがいると攻撃したくなるんだ」
「まるで戦争が俺のせいみたいに言うなよ。いやそもそも、それだと俺は被害者じゃないか」
「誰が被害者だ」
「俺みたいなやつだよ」
カイは鼻を鳴らして主張したが、誰の心にも届かなかったようだった。アイカもこんなやつが戦争の被害者だと言われても、同情しないだろうと確信していた。
「うーん、でも幸か不幸か、人類がカイくんみたいな人ばかりだと戦争は起こらないでしょうね〜。友達少ないからまとまらないし。ただの喧嘩ですよ、喧嘩」
けらけらおかしそうに笑うマリナにも、カイは憮然と反論する。
「俺は平和主義者だから喧嘩もしないのよ」
「誰が平和主義者ですか」
「俺みたいなやつだよ」
戦争はともかく、人類って理解し合えないよなと、アイカはカイの苛立たしい笑顔を脳裏に浮かべながら考えていた。
エデンとルクレシアの戦争も長くなるらしい。少なくとも、自分たちの人生より長く争い合っているはずだ。気付いたらパイロットとして戦っていた自分たちがいるのだから、それは確かだった。
アイカも、戦争の経緯にまったく興味がないわけではない。
「人類の歴史ってのも面白そうだよね。詳しく調べてみようかな。マリナ、帰ったらなにか面白いアーカイブのデータを教えてよ」
「いいですよ〜。アーカイブでは、戦史系は充実してますからね〜。いくらでも紹介できます!」
「俺のお陰でアイカの知的好奇心を刺激したか」
なぜか、無線の向こうでのカイの得意げな顔が想像できた。
「ふふふ、カイくんの場合は痴的好奇心ですかね〜」
「よし、帰ったらマリナのケツを引っ叩いてやる!」
「本当にしたら、憲兵呼びますからね!」
無線の向こうでの、マリナの泣き顔が思い浮かんだ。
「アイカちゃん〜! カイくんがまたセクハラしてきます〜!」
「おー、よしよし。カイ、一応聞くけど冗談だよな?」
「おう、冗談も冗談!」
まあ、カイだって本気ではないのはわかる。
「本当ですか〜?」
「うん、本当に。ぶっちゃけ、マリナのケツになんか興味ないし」
「ああ〜なんかムカつきますね〜。というか、友達が少ない人は信用できません〜!」
「興味はないけど、引っ叩きたくなってきたなあ!」
「ひぃいん!?」
などというやり取りをしつつ、アイカは苦笑していた。本気でカイがそんなことしでかしたら、鉄拳制裁の上で憲兵に突き出すところだが、その気はなさそうだ。いや、その場合はアイカにもお咎めがありそうなのは理不尽な気がしたが。
「あんたらが仲いいのは、いいことよね」
笑いながら会話に割り込んできたのは、エレナだった。
「カイ、そういうのは同意の上でやれよ?」
ショウが叱るように言った。
そういう問題なのかは不明だが、実際のところ、マリナがカイに迫られたらどうなるのだろう? アイカは、マリナが流されそうなのが心配な気もしないではない。その気がないにしても、断れるのだろうか?
「いや、まあ、どうでもいいんだけどさ」
アイカの独り言を、なぜかカイだけが拾っていた。
「え、なにがどうでもいいんだって?」
「なんでもないよ。想像するのは人類の特権だって思っただけ」
「そりゃ、ただの妄想だ」
「……言ってろ」
突然、五機のシグルドに同時に警報音が響いた。




