#カイ12
第31部隊を含む救世軍の戦闘機部隊は、フェリックス級航空母艦に運ばれ、エデンへと帰還を果たした。
作戦全体において、性能で上回るシグルドが、機体数においても優位に立った。強化型でないウィーズルで構成される部隊を駆逐し、ルクレシア側が運用するクロヴィス級航空母艦一隻を撃墜する大金星を挙げた。救世軍側は数機のシグルドが深刻なダメージを負ったものの、撃墜は辛うじて免れ、死傷者もいない。運もあったが、作戦は文句なしの大勝だった。
「さて、任務が終わったとなりゃ、次はセックスだよなあ」
声高に欲望を叫んぶカイだったが当然、女性陣には不評だった。眉を顰めるアイカ、マリナ、エレナだったが、カイはいつものことだとばかりに相手にしなかった。
「カイにそういう相手がいるのが不思議でしかないんだよな」
女性陣の疑問を代表するかのように、アイカは言った。
「ですねー。カイくんのどこがいいんでしょうかね?」
マリナも呆れているようだった。カイにか、それともその相手女性にか。たぶん、どちらにもだろう。
「真面目な話、俺のことに詳しくないからだろうな」
同じ部隊でもない限り、カイの人格上の問題には気づかないものだ。
「なんか、すっごい説得力ですね」
「本当に、カイだからこその説得力だね」
「言いたい放題だな、お前ら」
カイにしても、否定するつもりはなかった。今まで所属していた部隊を含めて、カイは同じ部隊の女の子に手を出したことはほとんどなかった。出会いの関係で、相手となる女の子はやはり他部隊のパイロットが多かった。次いで整備士といったところか。逆に全く関係が生じないのが、まず知り合うことがない司令部の女の子たちだった。
「スケベなカイの邪魔にならないように、私は先に帰るね〜」
諦めるような表情で、エレナが言った。ショウもカイをまともに相手にするつもりはないのか、同じようなことを言って帰路に着いた。
その様子を見て、カイは一言呟いた。
「エレナとショウって、デキてるのかな?」
「デキてるかどうかはともかく、カイくんのことが嫌いだという点では意気投合していそうですけどね」
「ううむ。不本意だが、俺を好きでいてくれるのはマリナだけか」
「……なんで不本意なんですか。それと私、カイくんのことは好きではないですよ。むしろ、ちょっと嫌いです」
「なんでだよ」
「うーん、デリカシーがないところとかですかね」
「なるほどね、でも改める気はないからなあ」
「でしょうね〜。カイくんはそのままでいいと思いますよ。知りませんけど」
マリナのカイへの関心具合が現れている台詞だった。カイとて、マリナに突然愛を告白されても困惑するだろう。無意味な想像をして、カイは納得したように頷いた。
「なあ、マリナ。俺たち、友達のままでいようぜ?」
「なんで私が振られたかのように言うんですか!? 失礼ですよ!」
マリナは憤然とした態度で、カイを追い払った。その様子を眺めていたアイカは、「今日もカイとマリナは仲良しだな」と笑った。
「ちょっとアイカちゃん、聞き捨てなりません。アイカちゃんだって、カイくんと仲良しだなんて思われたくないですよね!?」
「それはそうだな」
アイカははっきりと頷いた。カイはすぐさま反論する。
「いや、なんでだよ」
「カイってモテないの?」
「んなことねーよ」
カイはなにかを疑問に思った。が、なにを疑問に思ったのか釈然としなかった。なにかおかしい。例えば、ここにいないはずの人間の声が聞こえてきたような、そんな違和感があった。
「――って、お前か。人をモテないだの言い放ったのは!?」
カイの隣には、アリサが立っていた。猫耳のカチューシャと猫の尻尾が特徴的の、いないはずの少女だった。
「カイって寂しいの?」
アリサの純朴な質問に、カイは微妙に苛ついた。本質を突く問いではあったのだ。
「寂しくねーよ。お望みなら、俺の武勇伝を聞かせてやろうか?」
「武勇伝ってなに?」
首を傾げるアリサを前に、わなわなと震えるマリナだった。
「ちょっとカイくん、教育に悪いことを言わないでくださいよ」
「お前らも聞きたいのかよ」
「聞きたくないって言ってるんだよ」
怒ったのはアイカだ。そして、それはマリナも心底同意していた。
「ねえ、武勇伝ってなに?」
あくまで不思議そうなアリサに、どう伝えたらいいのか。やはり誠実に向かうべきだと、思い直したカイだった。
「いいか、武勇伝ってのはな……」
さて、なにから話そうかと考えていると、妙に透き通った声が掛かってきた。
「公共の場で、なにを話し出そうとしているのですか? ――カイ・アリオン飛行士?」
呼ばれ慣れない呼称だった。確かにそれは、救世軍における正式なパイロットの役職名だ。しかし、パイロット同士は単に「パイロット」と呼び合うことのほうがずっと多い。改まった場面でもない限りは「飛行士」とは呼ばない。
目の前に現れたのは、亜麻色の長い髪の女性だった。そう、「女の子」と呼ぶにはあまりに威厳のある雰囲気の女性だった。
「えっと、司令官殿でお間違いなかったでしょうか?」
カイのぎこちない対応に、アイカとマリナは疑問に思っているようだった。が、すぐにカイの台詞の意味するところを理解したのか、背筋を真っ直ぐに立てた。
「え、あの司令官? なんでここに?」
アイカは絶句した。
「はわわわ! なにかしでかしましたかね、わたしたち!?」
慌てるマリナは必死になって言い訳を考えたが、なにについてなのは認識が至らなかった。
三人は動揺を必死に抑えながら、顔を見合わせて、とりあえず敬礼しようと以心伝心で頷き合った。
だが、ミア司令官はその仕草を制した。
「いえ、楽にしてください。任務からの帰還直後のパイロットに、そこまで求めませんよ」
側には男性兵士が控えていた。護衛なのは理解できるが、軍人というよりは侍従を従えているようにさえ見えた。
「任務の完了、ご苦労さまです。今回の大勝は、司令官としても喜ばしく思います」
「は、恐縮であります」
いつになく恭しいのは、カイだった。どうも、カイはミア司令官が苦手のようだった。以前からそういう傾向はあった。任務完了の報告時など、ホログラム映像の司令官の姿を目の前にしたときは、アイカやマリナにも動揺しているのがわかるくらいだ。曰く、生物として苦手らしい。意味するところは分かり難いが、つまるところ、シマウマがライオンを目の前にするようなものらしい。
カイの動揺を知ってか知らずか、ミア司令官は話を続けようとした。
「それはそうと、その子を回収しに来ました」
ミア司令官が指差すのは、アリサだった。アリサはカイの身体に隠れようとするが、隠れきれるわけもなく、ミア司令官は微笑みながらも視線を離さなかった。
「アリサ、戻ってきてください。家出は今日までです」
「……うん、わかった」
意外なことに、アリサはミア司令官に大人しく従った。去り際の挨拶のつもりらしく、アリサはカイたち三人を振り返った。
「またね、カイ」
「お、おう」
「アイカとマリナも」
「う、うん」
「は、はい」
三者三様の動揺を見せつつ、アリサはミア司令官に手を引かれて、この場を去ろうとしていた。
「ああ、そうです。一つだけ覚えておいてほしいのですが――」
ミア司令官は穏やかに、最後に一つ言い残した。
「この子のことは、他言無用でお願いしますね? きっと、あなたたち三人には私のお願いを聞いていただけると、確信していますよ」
ミア司令官と護衛の兵士、そしてアリサは去っていった。
沈黙を続ける三人は、やっと動いたと思えば滂沱の汗を流し始めた。




