#カイ10
空中都市エデンの防衛ライン付近にて、大規模な敵勢力が確認され、複数の部隊が要撃に駆り出された。
三隻のフェリックス級航空母艦が、クリーム色の大空の下を雄大に航行している。その一隻のブリッジにて、カイは興奮を抑え切れずにいた。
「久々の任務だ。楽しみだなあ!」
いつものカイの態度には、アイカとマリナは慣れたものだ。だが、好意的に思ったことは一度もないらしかった。
ブリッジにいるのは三人である。ショウとエレナは格納庫でシグルドの最終調整をしているようだ。カイは意外とマメな性格なので、すでに済ませていた。
「カイくんは今日も鬱陶しいですねえ」
「元気以外の取り柄がないんだよ、あいつは。放っておこう」
二人して、カイには冷たかった。これもいつものことである。
「でも、カイくんの気持ちも全くわからなくはないんですよ? 私だってシグルドに乗るのが嫌いなわけじゃないんです」
「へえ、毎回の任務ではひいひい悲鳴を上げているのにか?」
揶揄うように、カイはわざとらしく見下ろした。マリナは頬を膨らませたて反論する
「余計なお世話です。任務とは関係ないところで、撃墜される心配もなくシグルドを操縦してみたいだけですよ」
「ああ、それは俺もわからないでもないな」
珍しくカイは、マリナの意見に共感を示した。
「カイくんにも私の気持ち、わかるんですか?」
「わかるさ。燃料が尽きるまでひたすらシグルドで空を飛び回ってみたいな。まあ、墜落したくないし、司令部に怒られるのも嫌だからやらないけどさ」
うっかり処分を食らって、パイロットとしての職務から離されてはたまったものではない。すぐにセックスにも飽きそうだし、欲求不満のあまり暇死にしそうだった。
「そもそも、そういう機会がないんですよね。私たちがシグルドに搭乗するのは、基本的に任務時か、実践形式の訓練のときだけですしね」
「そうだね。カイはともかく、マリナの気持ちはあたしもわかるよ」
「アイカちゃんにわかってもらえて嬉しいですよ〜」
「あれ、俺は?」
カイの疑問に答えることなく、マリナはアイカに抱きついていた。満更でもないように、アイカも受け止めていた。抱きとめるジェスチャーを見せたカイに、マリナは舌を出して威嚇した。カイはちょっとだけ寂しい気がしないでもなかった。
それはそうと、少し真面目にマリナの言ったことを考えてみた。
「まあ、本気でその気があるなら、テストパイロットに志願するのもありかもな」
「珍しいな。カイが建設的な提案をしてきたぞ」
「うるせー」
茶化すアイカに、カイは鼻を鳴らした。だが、マリナはカイの意見には否定的だったようだ。
「うーん、テストパイロットって、特務隊並みのエリートですしね。私の操縦技術では難しそうですね〜」
超長距離からの一方的攻撃を基本として、ドッグファイトを避けがちなマリナの戦い方の場合、パイロットしての技量は評価され難い。無論、カイたち第31部隊にとって重要な役割ではあることに変わりないのだが。
「まあ、私は死なない程度に頑張りますよ。カイくんよりは長生きしてみます」
「いちいち俺を引き合いに出すなよ」
不満そうなカイに、アイカが指摘する。
「いや、この部隊で最初に死にそうなのはカイだろう」
「死ぬ気が全然しないな。不老不死の男を自称したいところだ」
「不老はともかく、不死とは限らないだろう」
呆れるアイカに、カイは肩を竦めるだけだった。
「ところで、例の件なんですけど」
「うん? 俺がマリナに口説かれた件か?」
「誰がカイくんなんて求めるんですか!」
「最近、寝た女の名前を教えてやろうか?」
「いいです! 知りたくないです!」
不快げに頭を横に振ったマリナだが、話をやめるつもりはなかったようだ。
「カイくんの下半身事情はどうでもいいですけど、そうではなくて、アリサちゃんのことですよ。一応、カイくんにもお伝えしておきますね」
「なんかわかったのか?」
「わからないことが、わかりました」
マリナは誇らしそうに、豊かな胸を張った。
「おい!」
「し、仕方ないじゃないですか。アーカイブを検索してみても、それっぽいデータは権限が足りなくて閲覧できないんですよ。おそらく、司令部のスタッフでもないと閲覧はできないかと」
「逆に言えば、司令部の人間なら閲覧できるんだな?」
「そういうことです」
ならば、アリサのことは司令部の人間なら知っている可能性が高い。いよいよ都市伝説が現実味を帯びてくる。
「それこそ、司令官レベルの権限ならほぼ確実ですね。アリサちゃんの件は、きっとなにかありますよ。司令部も隠したいのだと推察します」
「アリサちゃん自体に悪気はなさそうなんだけどね」
アイカが悩ましげに呟いた。同感と言いたげに頷いたマリナは、カイを注意するように言った。
「まあ、何が言いたいかというと、深入りするなら覚悟したほうがいいということです」
「心配されるまでもないさ。深入りなんてする気がない」
そもそも、カイは別にアリサのことには興味はないのである、出会った当初こそ、厄介事に関わりたくなかったので避けていたが、今はどうでもいいと割り切っていた。自分から関わる気はないが、邪険にするつもりもなかった。
「でもまあ、厄介事なのは確かか。これ以上、探るのはやめておこうぜ。マリナも今後は、アリサのことをアーカイブで検索するのもやめとけよ。そういうデータは証拠として残りやすい」
「言われるまでもないです。……あれ、でも、これだとわたしが今一番、危険なのでは!? 憲兵に連行されたりしないでしょうか!?」
「さようなら!」
カイはマリナに向かって敬礼した。散っていく友情に、一抹の寂寥感があった気がしないでもない。
「縁起でもないこと言わないでください! ああ、どうしよう! 私、豚箱行きですかね!?」
「いや、私だってヤバいかも。マリナのアーカイブ検索に協力したし……」
アイカも青ざめていた。動揺を隠そうともしない二人の態度は、他人事ながら、新鮮だった。
「でもまあ、なんかあったら仕方ないと割り切ろうぜ。うん、今更どうしようもないじゃん」
「カイくんだけ安全圏にいるのが納得いかないです!」
「そ、そうだ! あんたが持ってきた厄介事だろう!」
しかし真剣に考えてみると、カイだって危ないのだ。憲兵に連行された二人は躊躇いなく、カイのことを白状するだろう。憲兵がすぐにカイの関与に辿り着くのは、想像に難くない。
「落ち着け。なんとかなるさ」
「むきー! カイくんを殺して私も死ぬ!」
「……意味ないだろう、それ」
マリナに言われても嬉しくない台詞だった。カイは、ちょっとだけシグルドに乗るのが億劫になった。こいつ、味方を攻撃してこないだろうな……?
「ま、まあ。なるようにはなるよね……」
魂が抜けたような表情で、アイカは呟くように問うた。
「ううう、せめて豚箱ではアイカちゃんと一緒がいいですぅ……」
「いや、それは、私のプライバシーがなくなるし……」
引き攣った顔で、アイカはマリナの願望を拒絶していた。
そんな二人を前に、カイは心底面倒くさく思っていた。こうなった以上、なるようにしかならないのだから、割り切るしかないのだ。不安はあるが、気にしていても仕方がない。そもそも、今回の任務から生きて帰れるかさえ確実ではないのだ。任務を棚に上げて、憲兵による逮捕を心配する二人は案外大物だなと。カイは、自分が言えたことではないな、と思って苦笑していた。
「とにかく、今は目の前の任務に集中しようぜ。しょっぴかれる前に死んだら、元も子もないだろう」
「う、う、それもそうですね。カイくんでも役に立つことがあるんですね」
「カイが正論を言うと苛つくな」
「お前ら、やっぱりもうちょっと落ち込んでろ」
カイが呆れながら言うと、突然ブリッジの扉が開いた。
「え、なに。なんでアイカとマリナは、涙目なの?」
格納庫から戻ってきたばかりのエレナの言葉に、カイは無言だった。エレナと一緒にやってきたショウも訝しんでいたが、呆れたように言った。
「カイ、女遊びは部隊内ではやめろよな。気まずいだろ」
「してねーよ」
アイカもマリナもその発言には不本意だったらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らした。カイをよく知る人間ほど、カイから異性としての魅力を見出せなくなるようだった。
ショウの言うように、部隊内での男女のいざこざは面倒である。意識的に避けていたわけではないが、カイにも同意できる主張だった。
「そろそろ、フェリックスが作戦空域に着く頃だ。お前らも準備しとけよ」
注意するようなショウの言葉に、カイを含む他の隊員たちも頷いた。
カイは他の隊員が見ていないうちに、アイカに耳打ちした。
「お前、シンテスを飲むの忘れるなよ」
「……わかってるよ。あんたも忘れないでよ?」
「可愛げがないやつだな。念のために言ってやったのに」
「はいはい。でも、ありがと」
そうこうしているうちに、フェリックス搭載のAIがアナウンスをした。
――間もなく作戦空域です。パイロットは、シグルドに搭乗して待機してください。
「さて、行くか。今日も楽しめるといいな!」
カイの台詞に、やはり他の四人は溜息を吐いた。
アイカだけはその後、少しだけぼうっとしていたのを、カイは見逃さなかった。




