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イノセント・スカイ  作者: もちもちな魔族
Part2

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19/37

#カイ10

 空中都市エデンの防衛ライン付近にて、大規模な敵勢力が確認され、複数の部隊が要撃に駆り出された。


 三隻のフェリックス級航空母艦が、クリーム色の大空の下を雄大に航行している。その一隻のブリッジにて、カイは興奮を抑え切れずにいた。


「久々の任務だ。楽しみだなあ!」


いつものカイの態度には、アイカとマリナは慣れたものだ。だが、好意的に思ったことは一度もないらしかった。


 ブリッジにいるのは三人である。ショウとエレナは格納庫でシグルドの最終調整をしているようだ。カイは意外とマメな性格なので、すでに済ませていた。


「カイくんは今日も鬱陶しいですねえ」


「元気以外の取り柄がないんだよ、あいつは。放っておこう」


 二人して、カイには冷たかった。これもいつものことである。


「でも、カイくんの気持ちも全くわからなくはないんですよ? 私だってシグルドに乗るのが嫌いなわけじゃないんです」


「へえ、毎回の任務ではひいひい悲鳴を上げているのにか?」


 揶揄うように、カイはわざとらしく見下ろした。マリナは頬を膨らませたて反論する


「余計なお世話です。任務とは関係ないところで、撃墜される心配もなくシグルドを操縦してみたいだけですよ」


「ああ、それは俺もわからないでもないな」


 珍しくカイは、マリナの意見に共感を示した。


「カイくんにも私の気持ち、わかるんですか?」


「わかるさ。燃料が尽きるまでひたすらシグルドで空を飛び回ってみたいな。まあ、墜落したくないし、司令部に怒られるのも嫌だからやらないけどさ」


 うっかり処分を食らって、パイロットとしての職務から離されてはたまったものではない。すぐにセックスにも飽きそうだし、欲求不満のあまり暇死にしそうだった。


「そもそも、そういう機会がないんですよね。私たちがシグルドに搭乗するのは、基本的に任務時か、実践形式の訓練のときだけですしね」


「そうだね。カイはともかく、マリナの気持ちはあたしもわかるよ」


「アイカちゃんにわかってもらえて嬉しいですよ〜」


「あれ、俺は?」


 カイの疑問に答えることなく、マリナはアイカに抱きついていた。満更でもないように、アイカも受け止めていた。抱きとめるジェスチャーを見せたカイに、マリナは舌を出して威嚇した。カイはちょっとだけ寂しい気がしないでもなかった。


 それはそうと、少し真面目にマリナの言ったことを考えてみた。


「まあ、本気でその気があるなら、テストパイロットに志願するのもありかもな」


「珍しいな。カイが建設的な提案をしてきたぞ」


「うるせー」


 茶化すアイカに、カイは鼻を鳴らした。だが、マリナはカイの意見には否定的だったようだ。


「うーん、テストパイロットって、特務隊並みのエリートですしね。私の操縦技術では難しそうですね〜」


 超長距離からの一方的攻撃を基本として、ドッグファイトを避けがちなマリナの戦い方の場合、パイロットしての技量は評価され難い。無論、カイたち第31部隊にとって重要な役割ではあることに変わりないのだが。


「まあ、私は死なない程度に頑張りますよ。カイくんよりは長生きしてみます」


「いちいち俺を引き合いに出すなよ」


 不満そうなカイに、アイカが指摘する。


「いや、この部隊で最初に死にそうなのはカイだろう」


「死ぬ気が全然しないな。不老不死の男を自称したいところだ」


「不老はともかく、不死とは限らないだろう」


 呆れるアイカに、カイは肩を竦めるだけだった。


「ところで、例の件なんですけど」


「うん? 俺がマリナに口説かれた件か?」


「誰がカイくんなんて求めるんですか!」


「最近、寝た女の名前を教えてやろうか?」


「いいです! 知りたくないです!」


 不快げに頭を横に振ったマリナだが、話をやめるつもりはなかったようだ。


「カイくんの下半身事情はどうでもいいですけど、そうではなくて、アリサちゃんのことですよ。一応、カイくんにもお伝えしておきますね」


「なんかわかったのか?」


「わからないことが、わかりました」


 マリナは誇らしそうに、豊かな胸を張った。


「おい!」


「し、仕方ないじゃないですか。アーカイブを検索してみても、それっぽいデータは権限が足りなくて閲覧できないんですよ。おそらく、司令部のスタッフでもないと閲覧はできないかと」


「逆に言えば、司令部の人間なら閲覧できるんだな?」


「そういうことです」


 ならば、アリサのことは司令部の人間なら知っている可能性が高い。いよいよ都市伝説が現実味を帯びてくる。


「それこそ、司令官レベルの権限ならほぼ確実ですね。アリサちゃんの件は、きっとなにかありますよ。司令部も隠したいのだと推察します」


「アリサちゃん自体に悪気はなさそうなんだけどね」


 アイカが悩ましげに呟いた。同感と言いたげに頷いたマリナは、カイを注意するように言った。


「まあ、何が言いたいかというと、深入りするなら覚悟したほうがいいということです」


「心配されるまでもないさ。深入りなんてする気がない」


 そもそも、カイは別にアリサのことには興味はないのである、出会った当初こそ、厄介事に関わりたくなかったので避けていたが、今はどうでもいいと割り切っていた。自分から関わる気はないが、邪険にするつもりもなかった。


「でもまあ、厄介事なのは確かか。これ以上、探るのはやめておこうぜ。マリナも今後は、アリサのことをアーカイブで検索するのもやめとけよ。そういうデータは証拠として残りやすい」


「言われるまでもないです。……あれ、でも、これだとわたしが今一番、危険なのでは!? 憲兵に連行されたりしないでしょうか!?」


「さようなら!」


 カイはマリナに向かって敬礼した。散っていく友情に、一抹の寂寥感があった気がしないでもない。


「縁起でもないこと言わないでください! ああ、どうしよう! 私、豚箱行きですかね!?」


「いや、私だってヤバいかも。マリナのアーカイブ検索に協力したし……」


 アイカも青ざめていた。動揺を隠そうともしない二人の態度は、他人事ながら、新鮮だった。


「でもまあ、なんかあったら仕方ないと割り切ろうぜ。うん、今更どうしようもないじゃん」


「カイくんだけ安全圏にいるのが納得いかないです!」


「そ、そうだ! あんたが持ってきた厄介事だろう!」


 しかし真剣に考えてみると、カイだって危ないのだ。憲兵に連行された二人は躊躇いなく、カイのことを白状するだろう。憲兵がすぐにカイの関与に辿り着くのは、想像に難くない。


「落ち着け。なんとかなるさ」


「むきー! カイくんを殺して私も死ぬ!」


「……意味ないだろう、それ」


 マリナに言われても嬉しくない台詞だった。カイは、ちょっとだけシグルドに乗るのが億劫になった。こいつ、味方を攻撃してこないだろうな……?


「ま、まあ。なるようにはなるよね……」


 魂が抜けたような表情で、アイカは呟くように問うた。


「ううう、せめて豚箱ではアイカちゃんと一緒がいいですぅ……」


「いや、それは、私のプライバシーがなくなるし……」


 引き攣った顔で、アイカはマリナの願望を拒絶していた。


 そんな二人を前に、カイは心底面倒くさく思っていた。こうなった以上、なるようにしかならないのだから、割り切るしかないのだ。不安はあるが、気にしていても仕方がない。そもそも、今回の任務から生きて帰れるかさえ確実ではないのだ。任務を棚に上げて、憲兵による逮捕を心配する二人は案外大物だなと。カイは、自分が言えたことではないな、と思って苦笑していた。


「とにかく、今は目の前の任務に集中しようぜ。しょっぴかれる前に死んだら、元も子もないだろう」


「う、う、それもそうですね。カイくんでも役に立つことがあるんですね」


「カイが正論を言うと苛つくな」


「お前ら、やっぱりもうちょっと落ち込んでろ」


 カイが呆れながら言うと、突然ブリッジの扉が開いた。


「え、なに。なんでアイカとマリナは、涙目なの?」


 格納庫から戻ってきたばかりのエレナの言葉に、カイは無言だった。エレナと一緒にやってきたショウも訝しんでいたが、呆れたように言った。


「カイ、女遊びは部隊内ではやめろよな。気まずいだろ」


「してねーよ」


 アイカもマリナもその発言には不本意だったらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らした。カイをよく知る人間ほど、カイから異性としての魅力を見出せなくなるようだった。


 ショウの言うように、部隊内での男女のいざこざは面倒である。意識的に避けていたわけではないが、カイにも同意できる主張だった。


「そろそろ、フェリックスが作戦空域に着く頃だ。お前らも準備しとけよ」


 注意するようなショウの言葉に、カイを含む他の隊員たちも頷いた。


 カイは他の隊員が見ていないうちに、アイカに耳打ちした。


「お前、シンテスを飲むの忘れるなよ」


「……わかってるよ。あんたも忘れないでよ?」


「可愛げがないやつだな。念のために言ってやったのに」


「はいはい。でも、ありがと」


 そうこうしているうちに、フェリックス搭載のAIがアナウンスをした。


 ――間もなく作戦空域です。パイロットは、シグルドに搭乗して待機してください。


「さて、行くか。今日も楽しめるといいな!」


 カイの台詞に、やはり他の四人は溜息を吐いた。


 アイカだけはその後、少しだけぼうっとしていたのを、カイは見逃さなかった。

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