#カイ9
自然公園は憩いの場所として、兵士たちに密かな人気があった。任務がないパイロットたちが過ごすことも多い。カイたちにとっても、他に何をするでもなく駄弁っているのには快適だった。
「ああ、暇だ」
カイは誰にでもなく向かって呟いた。
任務はない、訓令は怠い、趣味もあまりない。ということで、カイはよく暇を持て余している。
パイロットは、救世軍内では最も優遇されている職種だ。任務外では余暇も多いし、配給分も恵まれている。空襲でもない限りは、救世軍内で生死に関わるのはパイロットだけだ。パイロットへの志望動機は、恵まれた待遇を理由とする者も少なくない。
だが、カイにとって余暇の多さはすなわち退屈と同義だった。訓練はあまり好きではないし、パイロットに必要な最低限の運動はしている。アイカのようにトーレングや格闘技を趣味にするでなく、マリナのようにアーカイブ閲覧にも興味はあまりなかった。
やるべきことはやっている。だからこそ、退屈だった。……世が世なら大変贅沢なことなのは理解していたが。
「ねえ、カイ。暇なの」
芝生の上で寝転がっていると、いつの間にかアリサがいた。アリサも躊躇わずに、カイの横に寝っ転がった。
「お前なあ、アイカかマリナに相手してもらえよ。女心を理解できるのは女だけだぜ?」
カイの言葉を受けて、きょろきょろとアリサは周囲を見回した。
「いないよ?」
「今は、ここにはいないな」
野暮用があるとかで、後でカイと合流すると二人は言っていた。用事の内容は聞かされていないが、関心も薄かった。
カイはもはや、アリサの存在には諦めていた。よくよく考えれば、具体的な問題が生じていない以上、放置しておくに限る。まあ、今まで遭遇することはなかったのだから、飽きれば向こうから離れていくだろうと、楽観的に考えるに至ったのだ。
「カイは優しくないね」
「優しいぞ? お前以外にはな」
「サイテーだね」
「アイカとマリナくらいに成長したら、お前にも優しくしてやるよ」
「でも、アイカもマリナも、カイは優しくないって言ってるよ?」
カイの主張には、説得力がないのである。アリサの指摘に、日頃の行いや発言を少しだけ反省していた。だからと言って、今更二人に優しく接する気にはなれなかったが。
「よし、この話はやめよう」
「なんで?」
「なんででもだよ。代わりに、別の話をしようぜ」
慣れれば怪異みたいな存在でも受け入れられるものだなと、カイは心境の変化を察していた。とは言え、最初からアリサのことを嫌っているわけでもなかったのだが。単に、面倒事が嫌だっただけである。
「ねえ、カイ」
「なんだよ」
「なんでカイは、戦うの?」
質問の意味は、カイも追求しなかった。考えるまでもないのだ。
「他にすることもないしなあ。戦えと言われて、拒絶する理由もないんだよ」
「死ねって言われたら死ぬの?」
「そりゃ、無理だ。俺はなんだかんだ、生きていたいからな」
生きているからこそのパイロットだ。そして、セックスもできるのである。
「でも、戦うと死ぬかも知れないんでしょ?」
「それは悩みどころだな。でもまあ、命を賭けて戦うのでないとやりがいは感じないだろうなあ」
「カイって、マゾなの?」
「そうかもしれん」
少なくとも、はっきりとは否定できない。兵士にそういう面があるのは、おそらく真実だろう。マゾヒズムに適量のサディズムを加えれば、もっと真実に近づくはずだ。
「カイは、人を殺したことはあるの?」
「そりゃあ、今まで生き抜いてきたからな。兵士が生き抜くって、そういうことだろう?」
これまで数え切れない敵軍の戦闘機を撃墜してきた。そこには、敵のパイロットが搭乗していたのだろう。
昔はもっと手応えがあった。今は撃墜が難しくなっていくばかりで、その手応えが乏しいのである。それは、カイにとっての数少ない悩みと言えた。人殺しの手応えは、ある種の責任だ。
常に殺されるかもしれない可能性が、殺すことの意味合いを免れるのである。それがカイの信条だったからこそ、手応えの乏しさに慣れるのが嫌ではあった。
気付いたら兵士だった。パイロットを選んだ切っ掛けも覚えていない。最初からパイロットだった気もする。
昔のことは忘れた。思い出す意味もなければ、意欲もない。
「今日は饒舌だな、俺」
聞かれるままに答えているだけではあるが、アリサと過ごすと色々なことを考えさせられる。
常識とは、偏見の一種だという。だが、常識がなければ人付き合いなどできない。つまりは人は、偏見で人間関係を築いているのである。
常識を疑うのはいいことなのだろうか? 疑ってみるくらい許されるかもしれない。では、常識なんていっそ放棄してみるのはどうだろう? だがそれは、偏見を手放すことと同様に称賛されることはない。
エデンの住人、すなわち救世軍の兵士たちの多くは、地球時代の娯楽作品からこのエデンという社会の常識を学ぶ。無論、兵士間の人間関係で気付くこともある。だが、誰かが新しい常識をこのエデンに持ち込む場合、娯楽作品の鑑賞を切っ掛けとすることが多いのである。
幼女なんて存在を見たこともないのに、カイたちがそうだと認識でいるのはそういう理由があるのだ。
地球時代の人類の生活は、カイたちエデンの人間にとっては憧れだった。エデンでの暮らしに不満があるわけではないが、地球時代には自由があった。ミンシュシュギもあった。いでおろぎーで争い合う人間は滑稽だが、どこか楽しそうではあった。そういう価値観の中で悩まされてみたかったのかもしれない。
「娯楽に飢えているのかねえ、俺たちは」
自分に限って言えば、そうだと言い切れるのだが。アイカやマリナたちの本音については、カイにもよくわからなかった。
知らず、欠伸が出た。
「なあ、眠いから寝るわ」
「風邪引くよ?」
「二人が来たら起こしてくれ」
「人の話、聞いてる?」
脳みその使い慣れていないところを使ったせいか、妙に疲れを感じた。瞼を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。意識が飲み込まれてくのに、抵抗する意欲は一切生じなかった。
「カイ、起きなよ」
「ううん……」
「寝ぼすけカイくん、起きたほうがいいですよ」
「ううん?」
重い瞼を開けると、アイカとマリナが立っていた。
「俺、寝てた?」
「ぐっすり寝てたみたいだね」
そう言ったのはアイカだった。
「そうか、眠かったから寝たんだっけ」
周囲を見渡しても、アイカとマリナの二人以外はいなかった。
「あれ、アリサは?」
「私たちが来たときにはいませんでしたよ」
「……そっか」
なんとなく、寂しい気持ちになっていた。まあ、また会えるだろうと割り切って、カイは立ち上がった。アリサと話すのは、不思議と嫌ではなかった。
いつの間にか、そんな気持ちになっていた。本当に、人間関係って不思議だ。




