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イノセント・スカイ  作者: もちもちな魔族
Part2

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16/38

#カイ7

「なんで、売ろうとしたの?」


「人聞きの悪い言い方するなよ」


 だが、逃げられなかった。逃げるだなんて外聞の良くないことになっていても、カイは自身の正当性を疑っていなかった。むしろ、被害者だと言い張るだけの権利はあるはずだと、誰でもいいからとにかく訴えたかった。


 追ってくるアリサから逃げながら、憲兵を探した。ついに憲兵を見つけて、被害(?)を訴えたが、訝しむばかりで対応してくれなかった。


「幼い女の子? 何を言ってるんだお前は?」


 憲兵にはアリサの姿は見えていなかったのだ。その憲兵はそれ以上何も言わずに、どこかに去って行った。


 カイは幻覚を再度疑って、アリサの頬を引っ張ったり、身体を抱えたりしてみた。質感があり、軽いが質量もある。尻尾を踏んだら、こちらの足を踏み返されて痛かった。なにがなんだか、わからなくなった。


「わたし、女の子を売るって悪いことだって、知ってるよ?」


「だから、人聞きの悪いことを言うなって……」


 どうやらアリサは、カイが彼女を憲兵に突き出そうとした行為を「売る」と表現しているらしい。意味が違うだろうとカイは反論したかったが、余計に疲れそうだったのでやめた。


「お前は、なんなんだよ」


「わたしはアリサだよ」


「知ってるよ……」


「なら、いいじゃない」


「よくないんだよ」


 憲兵は助けてくれない。いよいよ、どうしたものかと悩むのだが、解決策は思いつかなかった


「とにかく、幻覚かそうでないのかどうかはっきりさせたいな」


「幻覚ってなに?」


「見えないのものが見えてしまうことだ」


「ふうん」


 関心なさそうなアリサを尻目に、カイは腕時計型ウェアラブル端末を起動させて、呼び掛ける。


「ああ、アイカか?」


「なんか用なの?」


 さっき別れたばかりなので、突然の連絡にアイカも少し驚いているようだった。


「今、暇か?」


「任務でもなければ、パイロットは暇でしょ」


 訓練も定期検査も、いつもやっているわけではない。カイは内心で同意を示しつつ続けた。


「ちょうどいいから、今から会えないか。急用があるんだ」


「よくわからないけど、いいよ。今、マリナも一緒だけど、いい?」


「むしろ都合がいいな。じゃあ、自然公園内のいつものガゼボで会おうぜ」


「わかった」


 気楽に会える相手がいるのはいいことだ。アイカとの通信を終えて、カイはアリサを見遣った。


「お前、どうしても付いてくる気か?」


「暇なの」


「そうか。じゃあ、とりあえず公園に行くか」


「うん、いいよ」


 カイはそれ以上何も言わず、目的地に向かった。ここからだとカイの居住区の方が近いが、なんとなく自宅に連れているくのが嫌だった。プライベートを侵されるような不快感を抱いたのだ。


 カイが自宅に女の子を連れ込むのは、セックスをするときに限られていたし、基本的に相手方の居宅で致すほうが好ましく思っていた。他者の部屋を見るのは、相手を理解することにも繋がる。理解はしたくても、されたくはないのがカイの本音だった。


 自然公園に着くまで、カイとアリサはなにも話さなかった。カイにしても幼女に興味はないし、アリサはカイをじっと観察するように見つめているだけで、会話を持ちたいわけでもないようだった。


 いつものガゼボに到着すると、アイカとマリナの二人はすでに待っていた。


「か、カイくん!! どこから攫ってきたんですかその子!!!」


 顔を合わせるなり、青ざめた表情で驚愕したのはマリナだった。


 カイはマリナのことを指差して、「こいつ?」と確認した


「そうです! 誘拐は犯罪ですよ! いや、エデンでも犯罪なのかは知りませんけど、少なくとも倫理的にアウトです!」


「お前は俺をなんだと思ってるんだ」


 マリナの自分への評価についてそのうちしっかり質すべきだなと、カイは密かに確信していた。


「あーでも、やっぱり見えてる? この子のこと?」


「当然です!」


 マリナは声高に断言し、アイカも頷いていた。


「カイ、本当にどうしたの? あんた、ロリコンだっけ?」


「断じて違う。俺はエデンの女子たちで満足している!」


「聞きたくないこと、あえて言わないでくれる?」


 眦を上げて、アイカは不満を表明した。


 いずれにせよ、アイカとマリナの二人にもアリサは見えているのだ。幻覚でなかったことが明らかになっただけで、カイはひとまず安堵していた。


「どうもさ、この子――アリサっていうんだけど、他の人間には見えてないみたいなんだ。ここまで来るのに何人にも言ったんだ。『この女の子から助けてください!』って」


「情けない発言だな」


 失笑するアイカの態度に、カイはちょっとだけ傷ついていた。


「うるせー。憲兵に突き出そうにも、見えないんじゃどうしようもないんだ。俺は幼女の扱いはよくわからないから、お前らに任せるよ」


「いや、任せるって言われても……」


 カイの発言に、アイカも困惑していた。


「そもそも、この子はなんなの? 救世軍の兵士とは思えないし、エデンに幼い子なんていないよね?」


 そのはずだ。だが、目の前には確かにアリサがいるのである。マリナがアリサの頭を撫でつつ言った。


「うーん、最新のホログラムとかじゃないんですかねえ。でも、この質感は本物としか思えないですしねえ」 


「だろう? 俺は本気で自分の幻覚を疑ってたんだけど、明らかに質感も質量もあるんだよな」


「女の子に勝手にべたべた触っちゃいけません!」


 マリナに叱られて、まあ、それも間違いではないかと反省したカイだったが、幼い子を女の子扱いするのには抵抗があった。カイにとって男女の区別とは、性欲を抱けるかどうかなのである。


「ねえ、アリサちゃん。あなたは、どこから来たんですか?」


「わからない」


「お家に帰りたいですか?」


「ここがお家だよ」


 やり取りを重ねてアリサの言葉を聞く都度、困惑が増していく。


 マリナはちょっと考え込むような顔をした。


「実は、心当たりがないでもないんですよね」


「心当たり?」


 マリナの発言に、アイカが反応した。カイが持ってきた問題に、アイカも内心は困惑気味だったのだ。


「いえ、心当たりというほどでもないですけど、カイくんとアイカちゃんは『エデンの七不思議』って知りませんか? それに、見えない女の子の話があったはずなんです」


 七不思議と言っても、実は語り手によって内容が一致しないのである。すべてを合計すれば、不思議は七つでは圧倒的に足りない。そして「七不思議」は今も着実に増え続けている。


「急にオカルトになったな」


「曰く、人体実験の被験者となった幼い女の子がいて、エデン内を逃げ回っているとか」


「俺たちにしか見えないのは、人体実験の成果かね」


 本当なら凄い技術だった。ぜひともシグルドのステルス機能向上にも役立ててほしい。いや、生物でないと無理なのか?


 冗談でそんなことを考えていたカイだったが、マリナの説明にも納得いっていなかった。


「人体実験の被験者にしては悲壮感がないだろう、こいつ」


 カイはアリサを指差して、人差し指でアリサの頭をつついた。むっとした表情を見せたアリサは、カイの指をその口に入れた。


「――痛い! 噛むなよ!」


「いや、今のはカイが悪いだろ」


 アイカの指摘に、カイは恨めしそうに睨んだ。アリサはすぐにカイの人差し指から口を離したが、不満そうなままだった。


「あのね、カイって優しくないよ?」


「余計なこと言うな」


「知ってるよ」


「知ってますよ」


 なぜか、同意を示すアイカとマリナにはカイは不満だった。いかに自分が女の子に優しくしているか実例を交えて説明したかったが、その実例がベッドの上での話しか思いつかなかったので自粛した。


「しかし、どうしたものかね」


 助けを求める先がない。憲兵には理解されない。


「うーん、下手に司令部に報告しても、こっちが睨まれそうですね。もしかしたら、エデンの機密にも関わることかもしれませんし」


 マリナの指摘ももっともだ。エデンの住人は、救世軍の兵士しかいないはず。兵士でない彼女は、カイたちの常識では存在しないはずだったのだ。人体実験は大袈裟としても、高度な機密に関わる可能性は高い。


「待てよ。そう言えば、そんなことを言っていたやつがいたような」


 珍しく考え込むカイを前に、アイカとマリナは顔を見合わせて訝しんだ。

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