#カイ6
アイカの指揮は戦いやすいと、カイはいつも思う。無論、自分がやったほうが自分にとっては戦いやすいのだが、第31部隊におけるカイの指揮は不評である。そもそもカイ自体の戦闘スタイルが非常に不評なので、自然とその指揮も嫌がられるようになったのである。それに比べれば――いや比べるまでもなく、アイカの指揮はカイも含めて評判がずっと良かった。
任務が終わり、フェリックスでエデンに帰還した後、司令部への報告手続きを経て帰宅を許された。
仲間たちと別れて、さてどうするかと悩んでいたカイは、格納庫でフェリックスを眺めていた。シグルドも好きだが、フェリックスの壮大な姿は美しいと思った。もっとも、カイが美しいと思えるものはシグルドとフェリックス以外には、女性の裸体しかなかったのだが。
「さあ、セックスの相手でも探すか!」
一頻りフェリックスを見たカイは、気分が高揚するあまり叫んでいた。側を歩いていた女性整備士に顔を顰められつつ、カイは帰路に着こうとしたのだが、
(――ん?)
また、幻覚を疑った。カイは何度も目を擦ったが、やはりその姿は消えなかった。
フェリックスの側には女の子がいたのだ。幼い容姿で、とても救世軍の兵士とは思えない姿だった。猫耳をしているのは、誰の趣味なのか。
(いや、でもなあ)
エデンの住人は、すなわち救世軍の兵士だ。以前、シオ医官に言われたことだが、あえて説明されるまでもない。カイとて知っているはずのことだった。
(幻覚でないなら、本物の女の子か)
そして、本物の女の子だったらかなり厄介なことになりそうだった。
とは言え、フェリックスの近くにいては危険だ。カイには妙にお人好しなところがあったのを、当人も自覚していた。そういうところが、カイのことを詳しく知らない女性兵士に好まれるらしいことも含めてだ。
女の子に向かって駆け寄って、その小さな身体を抱えてフェリックスの巨体から離れる。ちなみに、フェリックスは航空母艦として運用されているものの、見掛けはかつての潜水艦のようだと、カイだけでなく地球時代の軍隊の知識を持っている者は思っていた。
「ヘンタイ」
「なんとでも言え。危ないだろう」
女の子は容赦なく、カイを罵った。幼い子どもを抱えていると、以前鑑賞した地球時代の映画を思い出した。誘拐を題材にした映画で、犯人は最後には射殺される。
嫌な気分になったのを振り払うように、カイはその女の子の身体を下ろした。思いの外、軽かったのが印象的だった。
「ねえ、あなた誰?」
「お前こそ誰だ」
もはや幻覚でないことは疑っていない。これは本物の女の子だ。オフホワイトのチュニックドレスを着ていて、猫耳のカチューシャと、腰から猫の尻尾まで生えている。
「……俺の趣味でないことは確かだ」
「?」
そういうプレイには興味はなかったし、幼い子に欲情する趣味はもっとなかった。その手の好みを批判するつもりこそないが、なかなかに悲しい趣味だとカイは同情的なのだった。
「俺はカイだ。カイ・アリオン」
馬鹿正直に名乗る必要もなかったことに気づいたのは、名乗ってすぐだった。
「ふうん。わたし、アリサだよ。よろしく」
「おう、よろしくな」
なぜ挨拶を交わしているのか、カイにもよくわからなかったし、目の前の女の子――アリサもよくわかっていないようだった。
「ねえ、あなたも整備士なの?」
「俺はパイロットだ。そこにあるシグルドって戦闘機のな」
カイが指差した先には、整備中のシグルドがあった。部品を分解している最中だったが、カイはあまりその場面が好きでなかった。やはり、シグルドは完成されていてこそ美しいのだという、信念のような感情からだった。
「よくわかんないけど、操縦できるの?」
「そりゃあ、パイロットだからな」
操縦できないのに発進してしまったら、即墜落である。想像するに気分のいい話ではない。
「じゃあ、わたしも乗せてくれる?」
空を飛びたいのは素朴な欲求なのか、表情も変えずに要求してくる。
「いや、無理だから。あの戦闘機は単座なんだよ。単座ってわかるか? 一人乗りってことだ」
「知らないけど、無理なのはわかった」
だが、フェリックスになら乗せられそうだった。少なくとも、物理的には。余計なことは言うまいと、珍しくカイにも理性が働いた。
エデンにおける、女の子に関する規則はどうなっているのだろうとカイは必死に思い出そうとした。そんなものがあるのかさえ知らなかったが、自分の手に余ると判断したのだ。
このエデンにおいても、女の子にけしからんことをすれば罰せられると聞いたことがあるが、カイには縁がなかったので詳しくない。そもそもエデンは性的に寛容な社会なので、男女のいざこざ自体が滅多に起こらないのだ。
「なあ、俺はどうすればいいんだ?」
なぜか当事者であるアリサに尋ねていた。面倒事には巻き込まれたくないが、放置するのもどうかと思うのだ。存在しないはずの幼い女の子の姿に、カイは明らかに困惑していた。
「カイの好きにすればいいんじゃないの?」
「そういう台詞、もっと大人になってから言ったほうがいいぞ?」
「カイって変だね」
ころころ笑うアリサを前に、カイは顔を顰めた。
(本当に、どうしたものかなあ)
カイが悩まされることは、ほとんどない。悩み自体が少ないというか、物事をシンプルに考える癖があった。女性関係で悩んだことはないでもないが、地球時代の人類が異性へのプレゼントに悩んだようなことは一度もなかった。即物的な関係に終始しているのが、カイを含むエデンという社会の性文化なのだ。
「なあ、アリサ。お前のお家はどこだ?」
「ここだよ」
とアリサは言うが、「ここ」というのはエデン全体を指すらしい。
「好きな男の子はいるのか?」
「カイのことは好きじゃないよ」
知りたくないこと教えられてしまった。嫌われるよりは好かれたほうがいいに決まっているが、それも相手によるだろう。
(俺にもこれくらいの年頃だったことがあるのだろうか?)
カイはふとそんな疑問を思い浮かべたが、それはカイ自身にもわからなかった。老いと寿命を克服した今の人類にとって、もはや幼い頃の記憶など重要ではなかったのだ。気付いたら兵士として生きていた。それだけのことである。
「じゃあ、俺は帰るから。あとは好きにしてくれ」
ここに至って、カイは責任を放棄することに決めた。まあ、なるようにはなるだろうと楽観的に考えることにしたのだ。いずれにせよ自分には関係ないではないかと、真理に至ったようで清々しい気分だった。
「ねえ、待って」
背中越しに聞こえてくるアリサの声を無視するように、カイは走り出した。




