#ハインツ7
「では、今日もお願いしますね。私は執務室で仕事をしていますので、なにかあったら気にせず聞いてくださいね。今日は来客もないはずですので、事務仕事に専念するつもりでいてください」
「了解しました」
ハインツの敬礼を確認した後、ミア司令官は奥の部屋に戻った。部屋の構造上、司令官の執務室に入るには、ハインツの仕事部屋を経由なければならない。意識しなくとも、護衛の役割は果たすことになる。
司令官への来客は、事前の連絡が必要だ。司令部自体が厳重な警備を敷いているので、安易に会えるものでもないのだ。そもそも、司令官との面会を望んで認められる立場の人間は、救世軍内でもごく少数に限られている。
「さて、仕事するか」
正直、事務作業に自信はあまりなかった。パイロットとしての職務上、時折生じることはあったが、それほど得意にしていた記憶はない。ミア司令官も、最初は時間が掛かってもいいと言ってくれている。
ハインツは備え付けの端末を起動させると、持ち前の勤勉さでしばらく事務作業に没頭した。その最中に、扉をノックする音が聞こえた。
「ノーラよ、今いいかしら?」
「どうぞ」
扉が開いて、ノーラが躊躇いなく入ってきた。ハインツには少しだけ、ノーラが慌てているように見えた。挨拶もなく、ノーラが問うた。
「ミア司令官はいるの?」
「少なくとも、外出したのは見ていないな」
「ならいるんでしょうね」
呆れるようにノーラは言った。そして、少し逡巡したようだ。
「ねえ、ハインツ。どこかで、女の子を見掛けたことはある?」
「今、目の前にいるが」
答えにはなっている。求められたものではないだろうとは、ハインツも察していたが。
「私でもミア司令官でもなくて、もっと幼い女の子のことよ」
「逆に聞くが、このエデンには幼い子がいるのか?」
「重要な機密事項よ」
司令部の一員であるハインツにも、詳しく説明するつもりはないらしい。副官に就任したばかりなので、ハインツが内容を把握していない機密だって当然あるはずだ。
「まあ、見たことがないなら仕方がないのだけど」
「誰も見ていないとは、言ってないぞ」
関心を惹いたらしい。ノーラはハインツの机に躙り寄って、続きを促す仕草をして見せた。
「昨日、自宅に帰った後だったな。見間違いかと思って無視したんだが、今思い返すと女の子だったよ。ノーラの言うような、幼い子だったな」
「それを早く言ってちょうだい」
呆れるようにノーラは溜息を吐いて見せた。
「意外といい性格しているのね、あなた。で、その女の子はなにか特徴がなかった?」
「俺の居住区内が、ちょうど夜のときだったからな。暗くてとよく見えなかった。だから見間違いかとも思ったんだが」
「そう。これから幼い女の子を見掛けたら教えてちょうだい。私かイーサンでいいから」
「了解した」
意図は不明だが、機密に関わるなら拒絶するわけにはいかない。どうも意図は不明だが、指示自体には不満はなかった。
「その子の特徴だけど、猫耳のカチューシャと、腰から猫の尻尾が生えているから注意してね」
「どういう趣味だ」
「私に言われても困るのよ……」
なぜかノーラにも説明できないらしい。ハインツからすれば事情が不明確だが、一応は機密事項のようだから追及も出来なかった。エデンにはまだ謎が多く残っているらしい。それだけ知ったことで努めて割り切るしかない。
「今聞いたこと、ミア司令官にも伝えていいわね?」
「差し支えない。必要なら俺から直接説明してもいいが」
「その必要はないわ。その件でちょうど、ミアに用があったの」
「――呼びましたか?」
執務室の扉が開いて、ミアが出てきた。どうやら、先程から会話を盗み聞きしていたらしい。意外とお茶目な振る舞いをするのだなと、ハインツは変なところで感心していた。
「この部屋にやって来るのは、基本的にノーラとイーサンだけですからね。私に用があるのはわかりますよ」
「聞いていたなら話が早いわね。また例の件よ」
「またですか」
疲れたような溜息を漏らしたミア司令官に、ノーラも同意見だと言いたげに頷いた。
どうやら、司令部ではよくある話のようだ。ハインツにはなんのことかわからないのが、ほんの少しだけ癪ではあった。
「機密に関わることでしたら、俺は席を外しますよ?」
「いいえ、その必要はありません。ハインツ副官には、やってもらいたいことがあります」
ミア司令官の指示を待って、耳を傾けた。
「憲兵本部のリアム憲兵総監と連絡を繋いでください。それと今いる司令部の面々にも、今ノーラに聞かれたことを確認してください。もしかしたら、手掛かりが集まるかもしれません」
「例の幼い女の子を見掛けていないかと?」
「はい」
ハインツは指示された通り、備え付けの通信機器で憲兵本部に連絡した。憲兵総監とはすぐに連絡が付き、ミアと代わった。




