#ハインツ6
視察後のミア司令官を自宅に送り届けた後、ハインツも帰路に着いた。司令部の面々が居住しているのは第3居住区だった。ハインツも早いうちに、現在の第8居住区から転居するように命じられていた。
電気自動車の自動運転で居住区まで移動し、自宅に戻ったが手持ち無沙汰ではあった。パイロットだって任務がなければ、訓練か待機の二択になりがちではある。単調な生活でありながらも、充実していたのは戦場に出られたからだろう。
(久しぶりだったな)
エデンから発進こそしなかったが、ミア司令官の付き添いでフェリックス級航空母艦に搭乗した。母艦内の格納庫ではシグルドも視界に入った。パイロットたちが笑いながら雑談をしている様子には、複雑な感情を抱いてしまったが。
あの戦闘での撃墜からの生還以来、どれだけ時間が経ったのか。救世軍の兵士たちは時間の感覚が曖昧だ。過去を振り返ることを好まない人間が多い。ハインツも本来はそうだったはずだ。あの出来事さえなければ、今も現在だけに執着していただろう。
(やはり、俺は……)
パイロットに戻りたかった。ミアに尋ねられるまま、本音を漏らしてしまった。誰に言っても意味のないことなのに。誰もハインツの願いを叶えてくれるわけでもないのにだ。
ただ、ミアは言っていた。怪我が治ればパイロットへの復帰を認める、と。その言葉は、確かにハインツに希望を与えた。
同時に、副官の職務にもやりがいを感じ始めている。プライベートについては知らないが、少なくとも司令官としてのミアは人格者だ。理不尽に怒られることもないし、無理難題を押し付けられることもない。いつも、誰に対しても穏やかに接している。それだけでも、仕事を共にするのには理想的な上官だった。
(上官というのも、珍しい存在だな)
現場の指揮システムを中心に、ほぼAIが代替しているのだ。部隊の隊長などという存在も、救世軍にはほとんどいないのである。パイロットであれば事前に部隊内で打ち合わせはするが、指揮担当は基本的に持ち回りで、戦術AIの提示した指示を参考に戦闘を行うことになる。
よくよく考えてみれば、この時代に「司令官」や「司令部」という存在も不可思議に思えた。AIの提示する選択肢は、限りなく最善に近い。人よりも格段に的確な指示を出せるのである。
だがハインツは、その都度の最善とはなにか違う気がしていた。シグルドでの戦闘時、いつも戦術AIに従っていたわけでもない。あくまで参考に留めていることが多い。激しいドッグファイトのときなど、AIに指示を求める余裕はない。もしかしたら、そこにはまだ人の存在意義が残っているのかもしれない。
(考えても無駄か)
少なくとも、パイロットとしての自分が考えることではない。副官としても微妙だった。
ミア司令官も言っていたではないか。兵士たちは生き抜くのに精一杯だと。自分も、今は新しい仕事を覚えるので手一杯だ。
休むことも仕事だと言われる。職務でのパフォーマンスの維持のためにも、仕事のない時間に休むことは救世軍内でも推奨されている。
ハインツは熱いシャワーを浴びて、今夜も大体いつもと同じくらいの時間に眠りに就く予定だった。
だが、どうも気が高ぶっているようだった。シャワーを済ませて寝ようとしたのだが、妙に眠気が起きない。疲労こそ感じるが、寝る気になれなかった。
散歩でもするかとハインツはベッドから立ち上がり、自宅の外に出た。現在、第8居住区は夜だった。惑星アリシアの一日の周期は、地球よりずっと長い。とは言え、人類が新しい惑星の生活基準に適応できるわけもなく、地球時代と同じ一日の長さを維持している。
エデンでは職域や部隊単位で、居住区を振り分けられる。そして、原則としては居住区毎に同じ生活時間を共有することになっている。ハインツは特務隊に配属時に第8居住区に転居して以来、ずっとこの場所で生活していた。幸い、司令部の人員が暮らす第3居住区とは同じ生活時間なので、副官となってからも違和感はなかった。
ハインツの自宅は、こぢんまりとした一軒家だった。寝室と居室があるだけの、エデンでは一般的な住居である。見渡せば、あちこちにハインツの居宅と似た住宅があちこちに点在していた。
ハインツは暗い夜の中で、あちこちに明かりが灯っているのを見つめていた。一つ、また一つと、明かりが消えていく。もう夜も遅いのだ。眠りに就いた兵士も多いはずだった。
今日は考えることが多かった。自動車内での、ミア司令官との会話を思い出す。また、付き添いで訪れた各部署の視察のことも思い出していた。副官の仕事は大変ではあるが、できないことはなさそうだった。
(あとは、いつ引っ越すかだな)
好きなタイミングで転居していいとは言われているが、いつまでも引き延ばすわけにはいかない。近いうちに休みが取れたら、そのタイミングで転居しようとは考えている。だが、救世軍のトップである司令官を支える副官が、いつ休みを取れるかはまだ未定だった。余暇の乏しさという点では、パイロットよりキツいと言えなくもない。
あまり遅くまで起きていれば、明日の職務にも差し支えるだろう。眠気が起きないまでも、少しくらいは寝れるだろうと考え直して、ハインツはベッドに戻ろうかと考えていた。
「ん、あれは……」
見間違いだったのだろうか、ハインツは人影を見た気がした。しかし、そんなわけはないと首を振った。
「いや、こんなところに、幼い女の子なんているわけないか」
そもそもエデンには、そんな存在はいないはずだ。慣れない仕事に、思っている以上に疲れているのかと疑った。
しばらく歩いたせいか、軽い眠気が来た。もう寝ようと思って、ハインツは自宅まで引き返すことにした。
女の子のことは、すぐに忘れた。眠気のせいだと思うと、気にならなかった。




