#ハインツ5
いつ頃の話だったか、ハインツがいた特務隊の訓練を、ミア司令官が視察に訪れたことがあった。今日までまったく忘れていたが、最近になってミア司令官と直接面識を持ったことによってふと思い出したのだ。
当時は、会話を持ったこともなかった。救世軍で一番偉い人が来ているのを、遠目に見ていただけだったし、特段の興味もなかった。当時のハインツは今以上に、パイロットとしての職務にしか関心を持っていなかったのだ。
(すっかり忘れていたな)
ハインツは内心、気恥ずかしい気持ちになっていた。
当のミア司令官は覚えているのか。おそらくはハインツ同様に忘れているだろう。なにせ、軍隊は大所帯なのだ。いくらプロフィールを把握しているからと言って、一人ひとりの兵士と会ったことまでは記憶に残らないだろう。
今日はミア司令官の視察に付き添うことになっていた。ちょうど、各部署の視察の予定があったことと、まだ仕事を覚えていないハインツにとっても比較的楽な仕事であったことで、ミア司令官が実施を正式に決定した。
「今日の予定ですが、憲兵本部で憲兵総監との会談、技術研究所での技術班からの最新技術の説明、格納庫での整備班からシグルド運用の現状についての確認になります。整備班からの要望としては、フェリックスにも搭乗していただきたいとのことです」
「ええ、問題ありません。その通りに進めてください」
今回の仕事は、新しい副官であるハインツの紹介も兼ねているが、無論それは重要ではない。
ミアとハインツは、自動運転の電気自動車内で向かい合って座っている。狭い空間でこの人と一緒になるのは、正直苦手だった。ハインツは自分が善人でないと自覚している。悪人でもないが、優れて善でもない。ミア司令官の立ち振舞からは、理想的な指導者はかくあるべき、というような感想を抱いてしまう。身勝手なことだが、変に引け目を感じてしまうのだ。
エデンは空中都市だ。急な空襲でもない限り、敵勢力とは無縁でいられる。地球時代の軍事事情には、特殊部隊による工作などもあったそうだが、この時代では考えられない。
テロリズムの心配もない。武器の管理がかなり厳重であるし、エデンはある種の管理社会だ。その手の統治手段は、地球時代の人類の経験から引き継いでいる。ハインツ一人が司令官の護衛を兼任しているという状況は、なにも異常事態というわけではないのである。
「副官の職務の方は、大丈夫そうですか」
移動時間が退屈なのか、ただの雑談のつもりだろう。ミア司令官がハインツに話しかけていた。ハインツも特に考え込むことなく答える。
「まだ慣れていないところもありますが、時間が解決するでしょう」
「それはよかった。せっかく副官に就任していただいたのですから、すぐに異動されては困ります」
「ノーラ参謀が言っていましたね。ミア司令官の副官は誰もやりたがらない、と」
ミアは自然と苦笑していた。
「それは忘れてください。……でも、まったくの嘘でもありませんね。酷使しているつもりはありませんが、伝統的に副官の職務はハードですから。地球時代の軍隊から、そうだったようです。今後の職務が不安ですか?」
首を振って、ハインツは断言した。
「不安ではありません。俺もパイロットとして鍛えてきたつもりですから、体力や精神力には自信があります」
「パイロットへの未練は今も?」
その質問には、ハインツも虚を突かれた。だが、誠実に答えるべきだとも思って視聴に返答する。
「ええ、可能ならすぐにでも復帰したいくらいですね。ただ、今はできることをやるだけです」
「その心がけは評価しますよ。パイロットがその職務に執着する傾向にあるのは、確かですから」
「俺の他にも心当たりが?」
その表情は、懐かしむようでもあった。
「ええ、これまで重症を負ってパイロットを諦めないといけなかった兵士さえいます。命だけは助かったことに涙する兵士もいれば、自らその命を絶った兵士もいました」
「壮絶ですね。俺も、他人事ではない」
表情にこそ出さないが、内心では驚いていた。他のパイロットの事情について、ハインツも詳しくはなかったのだ。
「でも、ハインツ副官に関して言えば、怪我が完治すればパイロットへの復帰は認めるつもりです」
「それは、ありがたいです」
本音ではあるが、寂しくもある気がしていた。司令官と二人の参謀と知り合えたのは、ハインツにとっても有益だったのだ。ミアは軽くハインツに向き直って、尋ねた。
「一応聞きますが、パイロット復帰は諦めて、以後も私の副官を続けるつもりはありませんか?」
「仕事ぶりに不満を持たれて、見捨てられないとも限りませんからね」
まあ、まったくの冗談でもない。
「本音は?」
「やはり、俺にとってシグルドで空を駆けるのが生き甲斐みたいです」
「でしょうね」
心底愉快そうに、ミア司令官は微笑んだ。どこか寂しそうに目を伏せて、ミア司令官は続けた。
「そのシグルドですが、パイロットから見てどういう印象を抱いているのでしょう?」
「シグルドに関心があったのですか?」
「救世軍に関係することでしたら、関心は常にありますよ」
問われるとは思っていなかった内容の質問にハインツは少し考え込んで、自身の意見を述べる。
「そうですね。癖のない戦闘機です。万人に向けた、汎用的な相棒というところでしょうか。以前の戦闘機よりは、ずっと扱いやすい」
シグルドは作戦や各パイロットの個性に合わせて、微妙な性能のチューニングも可能だ。部隊の基本戦術によっては、超長距離攻撃能力を持たせたり、防御力特化型としてバリアの性能を向上させたりもするのである。
「パイロットたちは、なにかシグルドに不満はないのですか?」
「特に聞いたことはありません。ただ、現状は機体性能の優位を保っていますが、徐々にですが、性能差がウィーズルに詰められてきているように感じますね。あくまで、一人のパイロットとしての印象論ですが」
「強化型も登場していますからね。ただの印象ではないでしょう。戦闘データでもハインツ副官の意見は裏付けられています。本当に徐々にですが、でも確かに戦闘時間が伸びているのです」
つまり、シグルドの部隊がウィーズルの部隊を駆逐するまでの時間がということである。
「こちらが負ける場合は多くの場合、強化型ウィーズルで構成される部隊を相手にしたときです。それでも、性能の優位はシグルドにあるのですが」
ハインツは意図せずに、質すように聞いてしまう。
「それがずっと疑問でした。なぜルクレシアは、強化型を量産しないのでしょう? 開発技術はすでにあるのに、その技術を活かさないのはなぜなんでしょうか?」
ミアも一瞬、返答に悩んだ様子を見せた。だが、わずかに首を振って話を続ける。
「それがわからないのです。ハインツ副官もご存知とは思いますか、エデンもルクレシアも、空中都市です。外交関係が失くなった現状では、相手方内情の情報がまったく得られません。ただ武力衝突を続けているのが、この戦争の現状なのです」
外交関係はとうの昔に途切れている。お互いがお互いの殲滅を目標とする、野蛮な戦争をしているのだ。
地球時代の人類は国際法を発展させた。惑星アリシアに移住後でさえ、初期の戦争では有効だったそうだ。今となっては、人類は多くの大切なものを失ったのである。
「ここがかつての地球だったなら、エデンもルクレシアも人道上の罪を犯していることになります。私も指導者として処罰されたかもしれませんね」
時代の変化というのは残酷だった。失ってこそ理解できる価値と、その回復の困難さを突きつけられるのだから。
「ハインツ、あなたは司令官に向いていますよ。現状に疑問を抱きながらなお戦争に関われるなら、指導者として上出来なくらいなのですから」
「俺には責任が重すぎますね」
苦笑がちにハインツは言った。例え司令官の地位を譲られても固辞するだろう。自分はその器ではないことを自覚しているからだ。そもそも大昔の貴族でもないのに、地位を譲るなんてシステムはこの救世軍には存在しないのだが。
どこか遠くを見つめるよう表情を見せた後、ミアは続けた。
「私は、この救世軍の兵士たちを愛しています。一人ひとりが命を持った存在だと、ちゃんと自覚しています。だからこそ、死なせたくはないと思っています。でも実は、不満もあるのです」
司令官が兵士たちに抱く不満というのには、ハインツも興味を惹かれた。
「戦争の遂行が惰性的になってしまっている現状、それは全く好ましくありません。命のやり取りをしている自覚が失くなってしまえば、機械と同じになってしまいます。どう対処したらいいか、悩みどころなのですが」
「時々、座学の研修がありましたね。それは、ミア司令官のその懸念が理由だったのですね」
「焼け石に水、とさえ言える無力感すらありますが、そういうことです。この戦争の意味を理解していただきたかったのです。『戦争は他の手段をもってする政治の延長である』と、地球時代の軍師は言っています。私もそう思いたいのです。たとえ、この時代に合わない思想だったとしてもです」
「手足にまで頭脳を持てと言うのは、贅沢な要求にも思えますね」
「……反論は難しいですね。兵士たちは皆、生き抜くことで精一杯なのも確かなのですから」
指導者には指導者の悩みがあるものだ。理解していたつもりだったが、まだ及ばない部分もあったか。
ハインツがミア司令官との会話を続けているうちに、最初の視察先に到着していた。




