#ハインツ4
結局のところ、ハインツは副官への就任を受け入れた。ただし、パイロットへの復帰が実現するまでという条件付きでだった。つまりは、ミア司令官が提示した条件そのままということになる。
治療に専念するとしても、日々が退屈なのはこれまでの入院生活から明らかだった。ならば、その間は司令部で働くのも悪くないと、ハインツも考え直したのである。
ミア司令官との面談で、ハインツはその旨を伝えた。
「提案を受け入れていただけたこと、感謝します」
「いえ、結局は俺自身の都合です」
「結構ですよ。お互いにとって都合がいいのでしたら、なにも問題はありませんから」
例によって、ハインツは面談室を訪れるなり緑茶を出されたので、我慢して飲んでいた。相変わらず、独特の苦みが苦手だった。わずかばかりの茶菓子も供されたので助かった。ハインツは苦いものより、スイーツなどの甘い食べ物のほうがずっと好きだった。
「ふふ、素直な反応は印象がいいですね」
「どういうことでしょう?」
「緑茶、苦手でしょう? 前回の面談のときもですが、表情の変化が明らかで面白かったです」
「これは、失礼しました」
「気にしないでください。大抵の人が嫌がります」
「はあ」
「私も反省しました。人に勧めるものではない、と。司令部では私以外に緑茶を飲む習慣はありませんから、安心してください」
「さようですか」
今まで直接的に会話を持つ機会がなかったのが、司令官は気さくな人柄らしい。まあ、陰気な人間よりずっとやりやすいだろう。職場が変わることへの不安はないわけでもなかったのだが、気にしすぎたのかもしれないと、ハインツは密かに安堵していた。
「勤務については、明日からにしましょう。今日は心の準備でもしていてください。それとこれから、司令部のスタッフにあなたのことを紹介したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「では、早速向かいましょう」
ミア司令官は徐に立ち上がり、出入り口に向かった。護衛の男性兵士が先立って、扉を開ける。ハインツも立ち上がって後に続いて、面談室を出た。
先行するミア司令官に続いて、廊下を歩く。護衛の兵士は殿を務めていた。
「ところでハインツ――副官には、司令部に友人や知人はいますか?」
「いえ、自分の交友関係はほとんどパイロットか整備班に限られます」
あとは検査の度にシオ医官が妙に絡んでくるが、これはこの人の性格だろうと思っている。ハインツからすれば仲良くしている意識はまったくなかった。
「なるほど。では、司令部は新天地と言ったところでしょうか」
「そうなるのでしょうね」
「人付き合いは好きですか?」
急な質問の意図がわからなくて、ハインツは少しだけ逡巡した。
「少なくとも嫌いではありません」
「それはいいことですね。副官は、あちこちの部署との調整役を担うことにもなりますので、人によってはストレスに感じるそうなのです」
「理解はできますが、おそらく問題はないでしょう」
「結構なことです」
ミア司令官は微笑みを見せて、前を向いた。
「今日は二人の参謀に会ってもらいます。ハインツ副官の職務上、特にこの二人との付き合いが多くなると思われますので。他のスタッフについては、追々紹介していきます」
「参謀、ですか」
参謀は作戦立案に関わる役職だ。ハインツがパイロットとして関わってきた任務にも関わっているはずだ。もっとも、司令官が修正を求めることもあるはずだが。
「ここが参謀の執務室です」
ミア司令官はハインツを振り返って、扉を指差した。
軽くノックをすると、「どうぞ」と反応があったので、ミア司令官がそのまま開けた。護衛の兵士が困惑がちに、手持ち無沙汰にしていた。
「イーサン参謀、ノーラ参謀、今いいですか?」
「何も問題ないわ、ミア司令官」
答えたのはノーラと呼ばれた女性兵士だった。ボブカットくらいの髪の長さで、気の強そうな目つきをしていた。
「ミア司令官、何のようですか?」
ちょっとつれない態度を取ったのは、短髪で糸目の男性兵士だった。背が高いハインツと同じくらいなのが印象的だった。
「要件は手短に終わりますよ。こちらは、明日から私の副官を務めることになるハインツ・アズマです」
「ああ、彼が例の副官か」
糸目のイーサンが妙に感動するように言った。
「特務隊のパイロットだったそうだね。特務隊にはいつも助けられていた。イーサン・エイベルだよ、よろしく」
握手を求められたので、ハインツも素直に応じた。
「難しい作戦も熟してくれた。まあ、結果的に壊滅したのは、僕も残念だったよ」
「ええ、ですがなんの因果か、ミア司令官に拾ってもらえました」
「僕たちには敬語じゃなくていいよ。救世軍で偉いのは、ミア司令官ただ一人だけだからね」
「では、イーサン。今後、よろしく頼む」
「おう、ハインツ。こちらこそよろしく頼むよ」
呆れるようにノーラが言った。
「男同士のそういうシンプルなところ、本当に羨ましく感じるわ」
イーサンが特務隊に敬意を持ってくれていたことから、親しくなるのは難しくなさそうだったのは、ハインツにしてもありがたかった。
「きみも握手すればいいじゃないか」
わざとでもないのか、イーサンが的外れなことを言った。
「そういう問題でもないでしょうけど……じゃあ、握手しましょうか。ノーラ・レインズよ、よろしく」
「こちらこそ」
ハインツは、ノーラが差し出した手を握った。イーサンとは違う女性特有の繊細さを感じ取って、内心少し気まずくなったが、初心ではないので気にしないことにした。
「ハインツ副官も大変ね。ミアの副官は誰もやりたがらないのよ」
「悪質な冗談はよしてください、ノーラ」
名前で呼び合っているところ見ると、個人的にも親しい間柄なのだろう。ノーラだけでなくイーサンにしても、ミア司令官との間には距離の近い雰囲気を感じていた。
「半分は冗談だけど、半分は本当でしょ? 副官の職務はしんどいのよね。歴代の副官のほとんどが、音を上げて異動願いを出したもの」
「それは副官の仕事が大変なのであって、私だけのせいではありませんからね?」
むくれるように反論するミア司令官を、ノーラは相手にしていないようだった。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「ハインツ副官、ノーラ参謀の言うことは真に受けなくていいですから」
「はあ」
笑顔だが目が笑っていないミア司令官を前に、ハインツは背筋がちょっとだけ寒くなった気がした。
「まったく、だから、あなたたちにハインツ副官を会わせるのは嫌だったんです」
「仕事に差し支えるよ」
イーサンの指摘に、ミア司令官も明確に反論はしなかった。
「ええ、だから早めに済ませようと思っただけです。まあ、いいでしょう。ハインツ副官、最後にあなたの仕事部屋に案内します」
ミア司令官に促されるまま、ハインツは二人の参謀たちを残して再度、廊下に出た。
ハインツの仕事部屋はすぐ近くだった。
「奥の部屋が、司令官の執務室になっています。ハインツ副官には、応接対応も担当してもらいます。あと、護衛もです。確か、格闘技の心得があったのですね?」
「ええ、よくご存知で」
「救世軍の全兵士のプロフィールには目を通していますから」
さり気なく、凄まじいことを言ってのけた。かなりの規模の軍隊である救世軍の全体を把握しているのか。
「ちなみに、射撃訓練の成績も知っています。明日から用意しますので、常に携帯願います」
「了解しました」
「では、今日はこれだけです。明日から本格的に、仕事内容を教えます。と言っても、私の指示に従っていただければ問題ないはずですので」
副官の役割上、そのはずだ。
ハインツは護衛の兵士に見送られながら、司令部を後にした。




