【3章】春風からの贈り物
二人は、やがて道真の屋敷を拠点にするようになった。
それまで二人が知っていた人間社会は、小さな村や集落が中心だった。
だが、都の社会は違う。
法律。
身分。
政治。
人間同士の付き合い。
二人には知らないことが多かった。
「なんでこれはダメなの?」
「法律で定められているからだ」
「でも誰も困らないよ?」
「そういう問題ではない」
「難しいね」
ミコトは横で本を読んでいる。
「ヒメ、ちゃんと聞いた方がいいよ」
「ミコトは分かるの?」
「だいたい」
「じゃあ教えて」
「今、道真が説明してるよ」
「……あとで教えて」
「自分で聞きなよ」
そんなやり取りをしながら、二人は人間社会を学んでいった。
だが、道真もまた二人から学んでいた。
人間が何気なく過ごしている時間。
子供と遊ぶこと。
目的もなく笑うこと。
庶民の暮らし。
何の役にも立たない時間。
道真は、そうしたものを知らなかった。
ある春の日。
三人は屋敷の庭にいた。
春風が吹く。
木々が揺れる。
花びらが風に乗り、ひらひらと舞っていく。
ヒメは縁側に座り、その光景を眺めていた。
「……綺麗」
珍しく、静かな声だった。
隣ではミコトが本を読んでいる。
道真もまた、庭を眺めていた。
春風に揺れる木々。
散りゆく花。
花びらが風に乗って舞い、枝と枝が触れ合う。
音など、ほとんど聞こえない。
それでも道真には。
まるで花々が風に合わせて鳴っているように思えた。
「……鳴花、か」
「ん?」
ヒメが顔を上げる。
「何それ?」
道真は少し考える。
「お前たちの名だ」
「ヒメたちの?」
「ああ」
道真は庭を見ながら続ける。
「春風に揺れる木々を見ていると、散っていく花さえ風情があると思ってな」
一枚の花びらが、風に乗って舞う。
「花は音を立てぬ」
「うん」
「だが、風に揺れる花を見ていると、まるで鳴っているようにも見える」
ヒメは庭を見る。
ミコトも本から顔を上げた。
「だから……鳴花」
道真が二人を見る。
「どうだ?」
ヒメは少し考えて。
「……いいじゃん」
笑った。
「ヒメ、鳴花ヒメ!」
ミコトも続く。
「ボクは、鳴花ミコト」
「うん」
道真は小さく笑った。
「今日から、それがお前たちの名だ」
風が吹く。
花びらが舞う。
二人は新しい名前を口にする。
「鳴花ヒメ」
「鳴花ミコト」




