【2章】出会い
平安の時代。
その日もヒメとミコトは、子供たちと遊んでいた。
走り回り、笑い、遊び疲れた頃。
「……お腹すいた」
ふと顔を上げる。
目に入ったのは、一本の木だった。
枝には実がなっている。
ヒメは何のためらいもなく木の実を取った。
そして、そのまま口へ放り込む。
「――それは私の木だ」
声がした。
ヒメが振り返る。
そこに、一人の青年が立っていた。
二十代ほどだろうか。
整った身なり。
落ち着いた佇まい。
どこか知性を感じさせる青年だった。
「……お前の?」
「ああ」
ヒメは木の実を見る。
そして青年を見る。
「おいしいよ」
そう言って、もう一口頬張った。
「……」
青年は黙ってヒメを見つめた。
怖い。
それが、青年が最初に感じた感情だった。
目の前にいる少女。
人間の姿をしている。
幼い少女にしか見えない。
だが――違う。
陰陽道を学び、数多の妖を見てきたからこそ分かった。
これは、ただの妖ではない。
強大な妖怪ですらない。
そもそも、妖怪という尺度で測れる存在ではない。
目の前にいるのは、人間の理解の外側にいる何かだった。
それが、自分の木の実を。
何の悪びれもなく食べている。
青年は恐怖を覚えていた。
それでも、顔には出さなかった。
「……お前」
「ん?」
「それを取ったことについて、何か言うことはないのか」
「おいしかった」
「そうか」
「うん」
「返す気は?」
「ないよ」
即答だった。
青年は、ほんの少しだけ目を細めた。
そこへ、もう一人の少女が歩いてくる。
「ヒメ」
「なに?」
「勝手に取ったのはヒメだよ」
「そうだけど?」
「……謝った方がいいと思う」
ヒメは青年を見る。
「……ごめんなさい」
青年は二人を見つめた。
恐ろしいほどの力を持っているはずなのに、人間を見下している様子がない。
むしろ、ただの子供のようだった。
「……お前たち」
青年が問いかける。
「何者だ?」
ヒメは首を傾げた。
「ヒメはヒメ」
「……ボクはミコト」
青年は二人をしばらく見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「そうか」
少しだけ間を置いて。
「私は、菅原道真だ」




