【9章】菅原道真
征伐隊が道真のもとへ向かう。
その道中。
突然、気温が急激に上昇した。
空気が歪む。
強烈な妖気。
そして、その中に一人の少女が立っていた。
ピンク色の髪。
幼い少女の姿。
鳴花ヒメ。
「お前達は、菅原道真を殺すものか?」
隊長が答える。
「ああ」
その瞬間。
首が飛んだ。
隊長の首は、ヒメの手の中にあった。
静寂
次の瞬間、征伐隊が攻撃を開始する。
しかし
戦いにすらならなかった。
ヒメにとって、人間の兵士など相手にならない。
一人。
また一人。
次々と血に沈んでいく。
殺戮だった。
やがて、征伐隊の半数以上が倒れた頃。
ミコトが追いつく。
ヒメが残った隊員へ攻撃を加えようとした瞬間。
ミコトが、その攻撃を受け止めた。
「……邪魔するなら、本気で殺すぞ」
ヒメの声には、普段の明るさなどなかった。
純粋な憎悪。
それでもミコトは退かない。
「それでも止める」
「なんで!」
「ヒメだから」
「……!」
「ボクは、ヒメにこれ以上後悔してほしくない」
二人は向かい合う。
そして、戦いが始まった。
拳と拳。
妖力と妖力。
意志と意思。
ヒメは正面からの力押しに優れる。
ミコトは捕縛や封印、搦め手に長ける。
互いに互いを知り尽くしている。
だからこそ、戦いは拮抗した。
やがて術さえ捨て。
二人は殴り合った。
「止まって!」
「嫌だ!」
「ヒメ!」
「道真を殺すんだよ!?」
「だからって、人間を殺していい理由にはならない!」
「じゃあどうすればいいの!?」
その言葉が響く。
ミコトはヒメを見つめた。
「道真は、何て言ってた?」
ヒメの動きが止まる。
「……人間には……人間のやり方がある…」
道真との日々が蘇る。
出会い
畑仕事
皆で囲んだ食卓
遊んだこと
怒られたこと
笑ったこと
三人で過ごした時間
ヒメの中で二つの感情がぶつかる。
道真を殺そうとする者たちが憎い。
けれど。
道真を裏切りたくない。
「……どうすればいいの」
ヒメは苦しそうに呟いた。
ミコトは、ただそこにいた。
その頃。
道真は式神を使い、その一部始終を見ていた。
身体はすでに限界だった。
龍を封じた代償。
長年の負担。
術を行使することさえ難しい。
それでも二人を見ていた。
止めに入る事も出来た。
けれど、止めなかった。
やがて道真は式神を解いた。
静かに息を吐く。
酷く冷える夜だ。
吐く息は白く、血の味がする。
そして屋敷の中庭へ出た。
そこには、何もなかった。
ただの庭。
いつもと変わらない景色だった。
しかし、この結果に悔いは無く。
ただ星空を眺めている。
命の灯火が
そっと
消えようとしている。




