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第9話:「繋がった手、二つの顔」

目立たない小説なのに、目を通してくださる方ありがとうございます。!


前話では、兄・蓮の必死の土下座と230万円の通帳によって、兄妹の長年のわだかまりが少しだけ解けました。


さて、今回はいよいよ、もう一人の大切な家族である結衣ちゃんとの再会です。

そして、第5話で紡ちゃんが「これだけは変えられない」と言っていた、あの【月1万円のスマホ】の伏線がついに回収されます。


お兄ちゃんが結衣ちゃんのために見せる、優しくてスマートな解決策をどうぞお楽しみください!

紡が病院で泥のように眠り、体力を回復させているその日の午後。

長男の蓮は、ケアマネジャーの松永さんの軽自動車の助手席に揺られ、結衣が日中利用している障害者福祉施設へと向かっていた。


車内には、気まずい沈黙が流れている。

ハンドルを握る松永さんは前を見つめたまま、静かに口を開いた。


「蓮くん。結衣ちゃんはね、あなたが消えた後も、あなたのことを一度も悪く言わなかったわよ」


「……え」


「あの子の記憶や認知の仕組みは、私たちとは少し違う。でもね、『おにーちゃんは、遠くでお仕事がんばってる。だから結衣もがんばる』って、ずっと信じてたの。紡ちゃんがそう説明して、あの子の世界を守り続けていたからよ」


蓮は助手席のシートをきつく握りしめた。自分が逃げ出した後も、残された二人は自分を「家族」として扱い、傷つけ合わないように守っていてくれたのだ。情けなさと、妹への尽きない感謝で胸が押し潰されそうになる。


施設に到着し、面談室のドアを開けると――そこには、お気に入りのたまご色のカーディガンを着た結衣が、魔法少女のアニメを楽しそうに見ていた。


「結衣ちゃん、お客さんだよ」


スタッフの声に、結衣が「はーい!」と大きなタレ目を輝かせて振り返る。

そして、松永さんの隣に立つ蓮の姿を見た瞬間、結衣の目が大きく見開いた。


結衣は目をぱちくりとさせ、小首をかしげる。2年の歳月は、彼女の純粋な脳にとっては少しだけ長い空白だった。


「……おにー、ちゃん……?」


「結衣。……俺だ。帰るのが遅くなって、ごめんな」


蓮が膝をつき、結衣と目線を合わせる。

その瞬間、結衣の顔がパッと、まるで大好きな黄色い電車がホームに入ってきたときのように、弾けるような笑顔に変わった。


「おにーちゃん!!!」


小さな子供のように、結衣は蓮の胸に飛び込んできた。

短い黒髪のボブが蓮の顎に当たり、懐かしいシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。蓮は結衣の背中に腕を回し、その小さな身体を壊さないように強く、強く抱きしめた。


「おにーちゃん、お仕事おわった? 結衣、お留守番できたよ! つむぎと一緒に、がんばったよ!」


「ああ、偉かったな。すごいぞ、結衣……っ」


蓮の目から涙が溢れ、作業着の肩を濡らす。

どれだけ拒絶されても仕方のない大罪を犯した自分を、結衣は一瞬で、100%の純粋さで許し、受け入れてくれた。その無条件の愛に、蓮の魂は救われていた。


ひとしきり涙を拭った後、蓮は結衣が机の上に置いていたスマートフォンに目を留めた。

第5話で紡が「解約できない」と泣いていた、大手キャリアの月額1万円のスマホだ。ケースには、結衣が貼ったたまご焼きのキャラクターシール。


画面を点けると、そこには非常にシンプルな『かんたんホーム』の画面が表示されていた。

画面の一等地には、紡の顔写真。結衣はそのボタンをタッチすることしかできない。だから、他社への乗り換えや格安プランへの変更(画面構成が変わってしまうこと)ができなかったのだ。


「松永さん。この後、スマホショップへ寄ってもいいですか」


「ええ、もちろん。付き合うわよ」


蓮は結衣に優しく微笑みかけた。


「結衣、このスマホ、少しだけおにーちゃんに触らせてね」


――夕方、大手キャリアのショップにて。

蓮は店員に事情を話し、実にお兄ちゃんらしい、論理的かつ完璧な方法で「月1万円の呪縛」を解いてみせた。


彼は「他社の格安SIMへの乗り換え」手続きを行った。

いろいろとあるが、なんやかんやのあーだこーだで通信会社を格安のプラン(月額1,980円)へと切り替えたのだ。


さらに、画面の設定はそのまま維持しつつ、紡の顔写真アイコンのすぐ隣に、新しく【れんの顔写真アイコン】を付け加えた。


「結衣、見てごらん」


ショップのベンチで、蓮がスマホを結衣に手渡す。

結衣が画面を見ると、そこには見慣れた『つむぎの顔』の隣に、さっきショップのカメラで撮ったばかりの『ちょっと照れくさそうに笑うお兄ちゃんの顔』が並んでいた。


「あ! おにーちゃんだ!」


「そう。これからはね、つむぎが風邪をひいて電話に出られないときは、この『おにーちゃんの顔』をポンって押して。そしたら、いつでもおにーちゃんに繋がるから」


結衣は嬉しそうに何度も頷き、自分の宝物を見るように画面を見つめた。


「つむぎの隣に、おにーちゃん。ふたつ、あるね!」


「ああ、二つある。もう、どっちかが消えたりしないからな」


月1万円だった通信費は、操作方法を1ミリも変えないまま、2千円以下へと劇的に引き下げられた。浮いた8千円があれば、お姉ちゃんに新しい可愛いお洋服を買ってあげることも、大好きな電車で遠出させてあげることもできる。


紡が一人で背負い、頑なに守ろうとして固執していた「1万円の壁」は、家族が二人になったことで、驚くほど優しく、綺麗に崩れ去ったのだった。


松永さんは、二人の姿を後ろから見つめながら、そっと目頭を熱くさせていた。


止まっていた家族の線路が、今、新しい二つの車輪で力強く走り始めていた。


続く

ついに結衣ちゃんとお兄ちゃんの再会、そして【月1万円のスマホ問題】の完全解決です!

紡ちゃんがあれほど頑なに「変えられない!」と苦しんでいた問題を、お兄ちゃんが「端末はそのままでSIMだけ変える」「お兄ちゃんの顔ボタンを追加する」という、結衣ちゃんの特性に100%寄り添った形でスマートに解決してくれました。


これぞ、元・長男の底力ですね……っ!(ヘイト完全消失です!)

結衣ちゃんの「つむぎの隣に、おにーちゃん。ふたつ、あるね!」というセリフに、書いていて目頭が熱くなりました。もう紡ちゃんは、一人でホットラインを維持しなくていいのです。


次回、第10話は「焦げ目のついた約束」。

いよいよ紡ちゃんが退院し、久しぶりに実家のアパートへと戻ります。そこで彼女を待っていたのは、お兄ちゃんと結衣ちゃんがキッチンで大騒ぎしながら作った、本作のタイトルにもなっている『あの料理』でした。


いよいよ物語は最高の癒やしと家族の再生へと向かいます!

まだ読んでくださる方は、そうですね、、、、記憶に残してくださるだけで十分です

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