8.入院
翌朝。
俺は聡美の横で目を覚ます。
ああ、そうか。
昨夜は、彼女の怪我の回復に驚きながらも、寝顔が可愛いもんで、つい横で一緒に寝てしまったのか。
「うん……」
目を開ける聡美。
「健?」
「お、おはよう」
「おはよう」
聡美が体を起こした。
「うわああああ!」
刹那、署内のどこかから悲鳴が響いた。
「……なに?」
「行ってみるか」
俺と聡美は悲鳴の聞こえた方へ向かってみる。
廊下は血の海となっており、エントランスで複数のゾンビが一人の男性の体を噛みちぎっていた。
「化け物が! 何してる!?」
俺は拳銃……。
あれ?
ホルダーに入れてるはずの拳銃がない。
「健は私の後ろにいて」
「え?」
聡美は俺の前に出ると、立ち上がって襲ってきたゾンビどもを一気に薙ぎ倒し、涼しい顔で手を払った。
「ありがとう」
振り返る聡美。
「健に聞きたいんだけど……」
「何を?」
「もしも、もしもなんだけど、私が悪い宇宙人だったら、健はどうする?」
「俺はいつでも聡美の味方だよ。たとえ世界を敵に回しても君についていくと決めた」
「それを聞いて安心したわ」
「どういうこと?」
「健に全部話すね。宇宙には地球以外にもいろんな生命のいる惑星があるの。そのうちの一つ、ゾンビ星。私はその星から来たの」
「え?」
「ゾンビ星人は肉を求めて宇宙を渡る種族で、ハンター人という勢力と敵対しているの」
話によると、UV-ZOMBIEは聡美や牧田が媒介しているとのことだった。
肉を食べることでその体に感染し、生物はゾンビ化する。
先日のアンプルはHUNTER-ZOBIEを人間に戻すワクチンで、UV-ZOMBIEには効かないとのことだった。
そして、たった今ここに転がってるゾンビは、ハンター系統のゾンビである。
「最初はね、あなたのことを食べようと思ったわ。でも——」
あの日、聡美に拳銃を向けた時、彼女は指を噛もうとしてやめていた。
それは拳銃が怖かったからではない。
俺から同族の匂いがしたからとのことだった。
「つまり、俺もUV-ZOMBIEを持っているオリジナルということか?」
「そうかもしれないわ」
そういえば、俺も肉しか食べたことがない。
野菜は、赤ん坊の頃から受けつけなかった。
母さんの話では、野菜を近づけられるだけで泣き出し、離すまで泣き止まなかったという。
成長した今でも変わらない。
野菜の臭いを嗅ぐだけで吐き気を催す。
だから、俺は野菜には近づかないようにしていた。
しかし、同じ植物である米だけは別だった。
肉でもないのに、米だけは不思議と食べることができた。
「うっ!」
またひどい吐き気が襲ってきた。
「大丈夫?」
「ダメだ……。ちょっとトイレ」
俺はトイレに移動した。
用事を済ませ、戻ってくると、聡美が心配そうな顔で待っていた。
どう考えてもこれは普通じゃない。
やはり病気なのかもしれない。それも、患者にすら明かせないようなひどい何かの。
「昨夜、病院に行ってたんでしょ? なんて言われたの?」
「どこにも異常はないと言われたよ……。ただ、お腹が張ったらまた来いと……」
「健、それひょっとすると……」
その時、倒れている噛まれた職員がゆっくりと起き上がった。
聡美は振り返り様にゾンビの職員に回し蹴りを浴びせる。
ゾンビは壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「今はお話中よ」
そう言い放った後、聡美は俺の方に向き直った。
「健、もう一度、病院に行こう? 私も付き添うから」
「どうせ行ったところで先生は隠すよ。俺はたぶん口にできないような病気なんだよ」
「そんなことないと思うわ。大丈夫だから、ね?」
「わかった」
俺は聡美に同伴してもらい、再び産婦人科へかかった。
「奥様……でしょうか?」
女医が訊ねる。
「いえ、まだ婚姻はしてないです」
「そうですか」
「それで、彼の状態ですけど……」
「私もちょっと戸惑っていましてね。どう伝えたらよいものか……」
女医は困ったような顔でカルテに目を落とした。
やっぱりそんなにひどい病気なのだろうか。
「先生、教えてくれませんか? 俺、なんかとんでもない病気なんですよね?」
「うーん……」
女医は困り果てた様子でカルテを見続けている。
そう言えば内科医がhCGがどうのと。
「先生、hCGってなんですか?」
「意味合いとしては内科医の先生が言ってた通りですよ。ただ、男性でこの症例は見たことないというか……」
「先生?」
「……とりあえず、経過観察ということで入院しましょう」
「入院!?」
「ええ。私も気になるので」
入院ということは、それほど重い病気なのだろう。
もしかすると、命に関わるほどのものかもしれない。
「入院の手続きをしますが、その前に付き添いの方にお話が」
女医は俺を取り残し、聡美を連れてどこかへ行ってしまった。
しばらくして二人が戻ってくる。
「健、私も入院をオススメするわ」
言葉が出なかった。
項垂れた俺をよそに、入院の手続きが進められ、俺は病室へ連れて行かれた。
気力を失った俺は、ベッドに横になる。
このままここで俺は最期の時を迎えることになるのだろう。
したかったなあ、結婚。
聡美に頼んだらできるかなあ。
運転免許があるということは、少なくとも日本に戸籍はあるはずだ。
今度、聡美がお見舞いに来たら、お願いしてみよう。




