12.婚姻
草加市の自宅。
朝。
俺が目を覚ますと、リビングでソフィア様が何かの書類に記入をしていた。
「なんですかそれ?」
手を止めて振り返るソフィア様。
「うん? 婚姻届」
「婚姻届?」
「うん。だって、翔子もいるのに結婚してないでしょ?」
「ソフィア様ってゾンビ星から来たんですよね? でしたら、戸籍はどうなってるんです?」
「作った」
「え?」
「この星に来て、最初に。あなたも私の運転免許証を見てるでしょ?」
そういえば、初めて会った時に確認した気がする。
日本の運転免許証は戸籍や住民票が確認できないと発行することができない。
ということは、あの免許証も本物で、日本にはソフィア様の御影 聡美としての戸籍は存在するということだ。
「そういえば、そんなこともありましたね」
「結婚、するよね?」
「もちろんさせていただきます」
俺は婚姻届に自分の名前を書き込む。
「で、苗字は?」
「それは当然、御影ですよ」
「まあ、当然といえば当然か。私が主人だもんね」
「その通りでございます」
婚姻後の姓の欄に”御影“と記入した。
保証人にはアンゼロット様の牧田 秋の名が記入済みだ。
その時、インターホンが鳴る。
俺は玄関に歩き、扉を開けた。
複数の男女がおり、前方の男が警察手帳を取り出す。
「埼玉県警察本部のものだ。三郷西警察署管内で起きた警察官連続殺人事件のことで話を聞きたい。本部まで同行してくれないか?」
すっかり忘れていた。
あの時、俺は複数の警察官を殺害していたのだった。
俺は警察官である前に、殺人犯として能々と生活をしようとしていたみたいだ。
「誰……?」
ソフィア様がやってくる。
「奥様ですか?」
「何の用?」
「旦那様に警察官連続殺害の容疑がかかってまして、同行してもらいに来ました」
刹那、ソフィア様の姿が消えたかと思うと、玄関の外側に移動していた。
そして、殺人課の捜査員たちが意識を失って倒れていく。
「食べる?」
「ちょうど肉も切れてるので、捕獲しましょう」
俺は気絶した捜査員たちを家の中に運び込む。
そして、ソフィア様と翔子の三人で捜査員たちに齧り付き、その肉を噛みちぎった。
新鮮な人肉はやはり美味しい。
肉塊はUV-ZOMBIEに感染したのか、ゾンビと化して起き上がった。
俺は玄関を開け、ゾンビ共を外に解き放ってやった。
「それじゃあ、行きましょうか」
と、俺はソフィア様を連れて草加市役所に……。
「って、誰もいねえじゃねえかあ!?」
そうだった。
草加市はゾンビ化が始まり、ゴーストタウンになっていたのだ。
「食べ過ぎちゃったね」
「そうですね」
「引っ越す?」
「そうしますか」
俺とソフィア様は翔子を連れて浦和へと引っ越した。
しかし、油断はしていられなかった。
本部の捜査員が戻らないため、埼玉県警察は総力を上げて俺に迫ってくる。
だが、ソフィア様の反撃のおかげもあって、俺は捕まることなく悠々自適に生活を送っていた。
俺は婚姻届を出すため、ソフィア様と共に役所に足を運んでいた。
「お腹が空いたなあ。肉が食べたいわ」
と、届出のためにソファに座っているソフィア様が俺の横で言った。
「あとで帰りに誰か捕まえましょう」
「けど、このまま生肉食べ尽くしたら、私たちの食糧がなくなってしまうわ」
「そしたら、適当に男と女捕まえて、産まさせればいいのではないでしょうか?」
「なるほど。それはいいアイディアね。そうすれば生肉量産できて、食糧難にもならないわね」
「ところでソフィア様。先ほどから何者かに見られてる気がするのですが……」
俺は後方の柱の影から何者かの気配を感じ取っていた。
刑事か。
「知ってる」
ソフィア様も気配に気づいていた。
「様子を見に行ってきます」
「気をつけて」
俺は席を立ち、後方の柱の方へ歩いていく。
そこには、刑事のような出立ちの男が二人立っていた。
「刑事だな? 俺に何の用だ?」
「斉藤警部補、あなたに三郷西警察署管内警察官連続殺人事件、県警本部の捜査員失踪事件の容疑がかかっている」
「証拠はあるのか?」
刑事が眉を顰める。
「あくまで容疑だ。証拠はない」
「つまり、俺をつけて尻尾を掴もうってか?」
「流石は元公安。そういうことだ」
その時、俺は刑事の背後にアンゼロット様が立っていることに気づいた。
「……?」
気配に気づいた刑事が振り返る。
「牧田巡査部長、何か?」
「彼は無実よ」
「いやしかし、状況が物語ってるじゃないですか」
「だからそれは物証を見つけてからにしなさいって言ってるの。状況証拠だけでは証拠不十分で検察は釈放するわ。わかる?」
「……………………」
刑事は黙り込む。
「いい? もし冤罪だったら、警察の面子丸潰れよ? 現時点で彼は容疑者であって犯人じゃない。尾行をするのは勝手だけど、違法捜査だけはしないことね」
「ですが……」
「物証を持ってきなさい」
「はい」
刑事たちは去っていった。
「警部補、あなたのやらかした警察官連続殺人事件の証拠を消すの大変でしたよ。現場の防カメの映像にパトカー運転時の付着指紋に続いてハンドガンのクラインシステムの使用履歴まで」
「ありがとうございます、アンゼロット様」
「次からはもうちょっとスマートにやってください。おかげでこっちは寝不足です」
あと、と続けるアンゼロット様。
「警察のデータにない例のマグナム使ってるみたいですね」
「これのおかげで重宝してます」
俺は服の内側に入っている拳銃の膨らみを上から触ってみせる。
「ゾンビ星にあったマグナムですからね。警察のデータになくて当然です」
「健!」
と、ソファの方でソフィア様が呼んでいる。
「それじゃ」
と、俺はソフィア様の元へ急いだ。
「名前が呼ばれたわ」
俺とソフィア様は婚姻届を手に窓口へ歩く。
これを提出すれば、俺はソフィア様の正式な夫になる。
これでよかったのだろうか。
何かが引っかかっている気がする。
しかしソフィア様は主人。
結婚しろと本人が言ったので、俺は従っているだけだ。
俺は改めてソフィア様の横顔を見る。
可愛いし、好きという感情もある。
それは紛れも無い事実であった。




