古い記憶
その日の夕方。
サクヤヒメの部屋には、玄灯とキヌヤが集まっていた。
机の上には、第七区画で見つけた石碑についての古い記録が何冊も積まれている。
「これほど古いものが残っていたとはの。」
玄灯が一冊を開く。
紙は黄ばんでいて、文字もところどころ薄れていた。
キヌヤは隣から覗き込む。
「第七区画についての記録は、ほとんどありません。」
「管理者でも知らんことがあるのか。」
「はい。代々、必要最低限のことしか引き継がれていなかったので。」
サクヤヒメは一冊の記録を手に取った。
ページをめくる。
「……ここです。」
二人が顔を上げる。
「何と書いてある。」
玄灯が尋ねる。
「第七区画には、古くから祠が置かれていた。」
サクヤヒメが淡々と読み上げる。
「ただし、祠の用途については記録されていません。」
「それだけか?」
「はい。」
玄灯が肩を落とす。
「随分と役に立たん記録じゃな。」
キヌヤが苦笑する。
「昔の管理者も同じことを思ったかもしれませんね。」
ページをめくる。
すると、最後の方に小さな書き込みがあった。
キヌヤが目を止める。
「…待ってください。」
「どうした。」
「ここ。」
紙の端に、別の筆跡で短く記されている。
『第七区画に入る際、赤印を越えてはならない。』
玄灯が眉をひそめる。
「それは今も同じじゃ。」
「はい。」
「その下は?」
キヌヤが読む。
「『神域の境界を、人の器で越えてはならない。』」
その一文を聞いた瞬間、玄灯の表情が変わった。
「……やはり、昔からそうだったのか。」
サクヤヒメは静かに本を閉じた。
「人間の器では、神の存在量に耐えられません。」
「記憶、自我、精神、肉体。」
「順に崩れていき、最後にはその者だったもの自体が神域へ溶ける。」
キヌヤは黙って聞いている。
「だから花組には、絶対に入らせない。」
玄灯が頷く。
「分かっておる。」
その時、廊下から声がした。
「おキヌー!」
キヌヤが振り返る。
丹奈が顔を覗かせている。
「また仕事?」
「はい。もう少しだけ。」
「そっか。」
丹奈は少し考えてから言った。
「じゃあ終わったら、尻尾。」
「……まだ覚えていたんですか。」
「忘れるわけないじゃん。」
キヌヤは小さく笑った。
「分かりました。」
丹奈は満足そうに去っていく。
玄灯が呆れた顔をする。
「おぬしも大変じゃの。」
「でも。」
キヌヤは少し嬉しそうに笑う。
「悪くないですよ。」
サクヤヒメは何も言わず、再び記録へ視線を落とした。
第七区画について分かったことは、まだ少ない。
それでも。
少なくとも一つだけ、確かなことがあった。
あの場所は、昔から人間が踏み込んではならない場所だった。




