はじめまして、キヌヤさん。
翌朝。
花組が広間へ集まると、いつもとは違う人物が一人立っていた。
白い狐耳。
白い毛並み。
そして、ふさりとした大きな尻尾。
「……。」
丹奈の目が輝いた。
「ケモだ。」
小さく呟いた直後。
「わあぁぁぁ!」
「丹奈!?」
桜子が止めるより早く、丹奈がキヌヤへ駆け寄った。
「もふもふだ!」
ぎゅっ。
白い毛並みに顔を埋める。
「わ、ちょっと……!」
キヌヤが驚いて固まった。
「丹奈!」
桜子が慌てて引き離す。
「こーら! いきなり飛びついちゃ駄目でしょ!」
「だってぇ!」
丹奈は名残惜しそうにキヌヤを見る。
「こんなの反則じゃん……。」
「反則って何ですか。」
キヌヤは困ったように笑った。
サクヤヒメも静かに口を開く。
「丹奈。」
「はい。」
「初対面の相手に飛びつくものではありません。」
「…ごめんなさい。」
「いえ。」
キヌヤは首を振る。
「大丈夫ですよ。」
「ボクも少し驚いただけですから。」
花組の視線が一斉にキヌヤへ集まる。
「改めて紹介します。」
サクヤヒメが言った。
「第七区画の管理者、キヌヤです。」
キヌヤは花組へ向き直る。
「初めまして。」
「キヌヤです。」
「これから何度か顔を合わせることがあるかもしれません。」
「よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
桜子が代表して頭を下げる。
それに続いて、花組もそれぞれ挨拶する。
椿希。
梅依。
菊音。
朝佳。
牡丹。
丹奈。
雪羽。
柳羽。
そして紫陽。
紫陽はいつも通り静かだった。
ただ。
視線だけが。
キヌヤの白い毛並みに吸い寄せられている。
ふわふわ。
もふもふ。
さらさら。
キヌヤが少し動くたび、胸元の毛が揺れる。
「……。」
紫陽は黙って見ている。
「紫陽?」
桜子が声を掛ける。
「どうしたの?」
「……なんでもない。」
そう答えた。
数秒後。
紫陽がキヌヤへ近付く。
「?」
キヌヤが首を傾げる。
次の瞬間。
ぽふっ。
紫陽の顔が、キヌヤの胸元の白い毛へ埋まった。
「…………。」
全員が固まった。
「…………え?」
サクヤヒメですら目を丸くする。
梅依も。
菊音も。
朝佳も。
雪羽と柳羽も。
そして。
玄灯まで。
「紫陽!?」
玄灯の声が広間に響いた。
紫陽は顔を埋めたまま動かない。
「……。」
「紫陽?」
桜子が恐る恐る呼ぶ。
返事がない。
キヌヤも完全に困惑している。
「えっと……。」
「紫陽さん?」
しばらくして。
紫陽がゆっくり顔を上げた。
目が少しだけ穏やかになっている。
「……すごい。」
「何が!?」
丹奈が即座に突っ込んだ。
紫陽はキヌヤの毛並みを見つめる。
「柔らかい。」
「知ってるよ!」
「……落ち着く。」
その一言に。
誰も何も言えなくなった。
紫陽は普段、皆の動きを見て。
危険があれば指示を出して。
全員が動きやすいように考えている。
それが当たり前になっていた。
だからこそ。
ほんの少しだけ。
張り詰めていたものがあった。
キヌヤの毛並みは。
その糸を、ふっと緩めてくれた。
「…もう一回。」
紫陽が小さく呟く。
「駄目です。」
桜子が即答した。
「初対面でそれは駄目よ。」
「……。」
紫陽は少し残念そうに黙る。
キヌヤはそんな紫陽を見て、困ったように笑った。
「別に、」
「少しくらいなら、構いませんよ。」
紫陽の耳がぴくっと動く。
丹奈が叫ぶ。
「キヌヤさん、甘やかしちゃ駄目!」
広間に笑い声が広がった。
玄灯だけは呆れたように紫陽を見る。
「おぬし。」
「そんな趣味があったのか……。」
紫陽は少しだけ目を逸らした。
「……秘密。」
その日。
花組とキヌヤの初対面は。
妙な形で幕を開けた。




