名も無き影
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて玄灯が杖を床へ置く。
「一つ聞きたい。」
白い衣の人影が顔を上げる。
「なんでショウ。」
「おぬしは、何を望んでおる。」
「望ム?」
「そうじゃ。」
玄灯は真っ直ぐ見つめる。
「亡キ色を止めタイと言っタ。」
「デモ。」
人影は少しだけ言葉を探した。
「ワタシ一人でハ、どうにモできまセン。」
「だから神殿へ来た。」
「ハい。」
キヌヤが口を挟む。
「じゃあ、花組に知らせるのは?」
「駄目です。」
即答だった。
「なぜ。」
「まダ何も分かっテいないカラです。」
「もしワタシの話が間違っテいたら。」
「花組まデ危険に巻き込むことにナリます。」
玄灯は黙って考える。
その横で、サクヤヒメが告げた。
「花組には伝えません。」
人影が顔を上げる。
「……本当ニ?」
「現時点では必要ありません。」
「ありがトウござイます。」
「礼は不要です。」
サクヤヒメは淡々と続ける。
「あなたの情報が有用だからです。」
人影は一瞬だけ黙った。
それでも頷く。
「はイ。」
キヌヤが人影を見る。
「あなたは、これからどうするんですか。」
「戻りまス。」
「どこへ?」
「……森ノ奥です。」
「一人で?」
「そうスルしかありまセン。」
キヌヤの耳が僅かに伏せられる。
「それは危険じゃないですか。」
「慣れていマス。」
「でも。」
「キヌヤ。」
サクヤヒメが遮った。
「その者のことを気にする必要はありません。」
キヌヤは口を閉じる。
「……分かりました。」
人影は三人へ向き直る。
「話を聞いてくれて、ありがとうございました。」
そして門へ歩き出す。
だが。
玄灯が呼び止めた。
「待て。」
人影が振り返る。
「名前がないのなら。」
「呼び方くらい決めておけ。」
「……。」
「次に会った時、困るじゃろ。」
人影は少し考えた。
そして。
「そうデスね。」
ほんの少しだけ笑った。
「じゃア。」
「好きなようニ呼んでくだサイ。」
そう言い残し、夜の森へ歩いていく。
キヌヤはその背中を見送る。
「……不思議な人ですね。」
玄灯が呟く。
「人ではありません。」
サクヤヒメが答える。
「亡き色です。」
キヌヤは何も言わなかった。
ただ。
門の外へ消えていった白い衣を見つめていた。
しばらくして。
玄灯が静かに口を開く。
「キヌヤ。」
「はい。」
「おぬしは、あの者をどう思う。」
キヌヤは少し考える。
「……分かりません。」
「ですが。」
「少なくとも、ボクには敵には見えませんでした。」
玄灯は黙って頷く。
一方、サクヤヒメは何も答えない。
ただ月明かりの向こう。
白い衣が消えた森を見つめていた。
やがて三人は広間へ戻る。
その夜。
神殿の門は再び閉じられた。




