侵入者
草を踏む音。
一度。
また一度。
「誰だ。」
玄灯が低く問い掛ける。
返事はない。
暗闇の向こう。
木々の隙間で何かが動く。
狐耳の管理者はその方向を見た瞬間、表情を変えた。
「……そこにいるんですか。」
震えた声だった。
「知っている相手か。」
玄灯が尋ねる。
管理者は小さく頷く。
「姿は見えません。」
「ですが。」
「気配だけは覚えています。」
静寂。
次の瞬間。
黒い影が木の上を跳んだ。
速い。
朝佳の矢でも追えないほどの速度だった。
玄灯は杖を振る。
乾いた音と共に結界が展開される。
影は結界の手前で止まった。
木の枝へ降り立つ。
月明かりがその姿を照らした。
黒い外套。
顔は深く被った頭巾で見えない。
人間にも見える。
だが。
どこか違う。
「神域へ無断で入るとは。」
サクヤヒメが静かに口を開く。
「何者ですか。」
影は答えない。
代わりに。
管理者だけを見ていた。
「まだ生きていたか。」
低い声だった。
男とも女とも分からない。
管理者は一歩前へ出る。
「あなたは。」
「何のために白い花を。」
言い終わる前に。
影が木を蹴った。
一直線に管理者へ向かう。
しかし。
ガンッ。
玄灯の杖が間へ割って入る。
衝撃で地面がひび割れた。
「相手は儂じゃ。」
玄灯が睨む。
影は数歩下がる。
その動きに迷いはない。
「相変わらず厄介ですね。」
影が初めて玄灯へ視線を向けた。
「玄灯。」
「名を知っておるか。」
「もちろん。」
「昔、一度だけ見ていますから。」
玄灯の眉がわずかに動く。
「……昔じゃと。」
「ええ。」
影は笑う。
「あなたは覚えていないでしょうが。」
その言葉を最後に。
影は袖から何かを放り投げた。
地面へ落ちたのは。
白い花びらだった。
花びらは地面へ触れた瞬間。
眩い光を放つ。
玄灯は即座に叫んだ。
「目を閉じろ!」
花びらが弾ける。
白い光が森を包んだ。
数秒後。
光が消える。
影の姿はもうなかった。
静かな森だけが残る。
玄灯は周囲を見回す。
「逃げられたか。」
管理者は拳を握り締める。
「あの人は……。」
サクヤヒメが静かに尋ねる。
「心当たりがあるのですね。」
管理者はゆっくり頷いた。
「あります。」
「ですが。」
「ここで話すことではありません。」
「神殿へ戻りましょう。」
その一言で。
サクヤヒメは踵を返した。
「分かりました。」
「あなたから全て聞きます。」
第七区画で初めて現れた侵入者。
そして。
管理者だけが知る過去。
白い花の異変は。
花組の知らないところで、新しい局面へ進み始めていた。




