封印の先
夜。
神殿は静まり返っていた。
花組の部屋からも明かりが消え、聞こえるのは虫の音だけ。
その頃。
神殿の正門が静かに開いた。
「行くぞ。」
玄灯が杖を握る。
隣にはサクヤヒメ。
二人だけだった。
「花組には知らせなくてよいのか。」
「必要ありません。」
サクヤヒメは短く答える。
「これは神と管理者の仕事です。」
二人は第七区画へ向かう。
昼間とは違う森。
月明かりだけが木々を照らしていた。
やがて管理所へ辿り着く。
白い花は昼間と変わらず咲いている。
しかし。
「……増えていますね。」
玄灯も頷いた。
「昼より多い。」
床だけではない。
机の脚。
壁際。
窓枠。
ゆっくりと建物を侵食するように花が広がっていた。
「放置すれば区画全体へ広がる…」
サクヤヒメは花を見下ろす。
「ですが、」
「まだ間に合います。」
そのまま建物の奥へ進む。
昼間、花組が見つけた紙はそのまま残っていた。
『花は増える』
『触れるな』
『まだ間に合う』
玄灯は紙を見つめる。
「管理者が残したものじゃろう。」
「ええ。」
サクヤヒメは否定しない。
「ですが、その先を書けなかった。」
管理所を出る。
二人は大樹のある丘へ向かった。
そこには。
昼間にはなかったものがあった。
大樹の根元。
白い花が円を描くように咲いている。
その中心に。
白い衣の人影が立っていた。
「……。」
人影は動かない。
玄灯が一歩前へ出る。
「おぬし。」
「第七区画の管理者か。」
ゆっくりと。
人影がこちらを向く。
白い布を外す。
現れたのは。
雪のように白い狐耳。
同じ色の長い尾。
白い毛。
人とも獣とも違う、美しい獣人だった。
その顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
「……サクヤヒメ様。」
かすれた声だった。
「ご無事でしたか。」
サクヤヒメは淡々と問い掛ける。
狐の獣人は力なく笑う。
「ご無事……とは、言えませんね。」
一歩踏み出した瞬間。
ふらりと体勢を崩す。
玄灯が支えた。
「無茶をしおって。」
「申し訳ありません…。」
息が浅い。
服の裾には白い花びらが何枚も付着していた。
「何があった。」
玄灯が尋ねる。
獣人は大樹へ視線を向ける。
「白い花が……急に増え始めたんです。」
「焼いても、」
「切っても。」
「翌日には元通りです。」
サクヤヒメは静かに聞いている。
「それで。」
「花を封じる術式を維持していました。」
「ですが。」
狐耳がわずかに垂れる。
「限界でした。」
玄灯は周囲を見回す。
「つまり。」
「連絡が途絶えたのは。」
「術式を維持するため、管理所へ戻れなかったからです。」
サクヤヒメは頷く。
「よく持ちこたえました。」
褒めるような口調ではない。
事実を評価しただけだった。
その時。
森の奥から。
カサッ。
草を踏む音が聞こえた。
三人が同時に振り向く。
暗闇の中。
誰かがいる。
今度は白い衣ではない。
木々の影に隠れ。
こちらをじっと見ている何かだった。




