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花の想ひ出  作者: 栖旅アヲ


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目覚めるな

「『まだ 目覚めるな』……。」


桜子が文字を見つめる。


「誰に向けた言葉なんだろう。」


誰も答えられなかった。


玄灯は幹に手を添え、静かに目を閉じる。


数秒。


やがて手を離した。


「新しい傷ではない。」


「え?」


朝佳が聞き返す。


「刻まれてから、それなりに時間が経っておる。」


「じゃあ。」


丹奈が辺りを見回す。


「さっきの人が彫ったわけじゃない?」


「分からん。」


玄灯は首を横に振る。


「断定はできん。」


紫陽が白い花の前へしゃがみ込む。


「この花。」


「また咲いてる。」


「触るな。」


玄灯の一言で、紫陽は手を止めた。


「見るだけで十分じゃ。」


その時。


柳羽が空を見上げた。


「……静か。」


森には鳥の声もない。


風も弱い。


それなのに。


葉が一枚も揺れていなかった。


「おかしい。」


椿希も周囲を見回す。


「風はあるのに。」


確かに髪は揺れている。


服の裾も揺れる。


なのに。


木々だけが微動だにしない。


まるで時間が止まったようだった。


「帰るぞ。」


玄灯が短く言う。


「今日はこれ以上調べん。」


「でも。」


雪羽が口を開く。


「管理者の人かもしれないのに。」


「だからじゃ。」


玄灯は振り返る。


「分からんものを追うな。」


「今のおぬしらでは足りん。」


花組は頷くしかなかった。


神殿へ戻る道。


誰も大きな声では話さない。


あの白い人影。


白い花。


そして。


『まだ 目覚めるな』


という言葉。


頭の中で何度も繰り返される。


日が暮れる頃。


神殿へ戻った花組は、見聞きしたことを全て報告した。


サクヤヒメは最後まで静かに聞いていた。


「白い衣。」


「顔は布で覆われていたのですね。」


「はい。」


桜子が答える。


「声も聞いていません。」


「分かりました。」


それだけ言うと、サクヤヒメは玄灯へ視線を向ける。


「玄灯。」


「見た通りじゃ。」


「偽物には見えなんだ。」


サクヤヒメは静かに考え込む。


やがて。


「第七区画は封鎖します。」


花組が顔を上げる。


「しばらく巡回は中止です。」


「代わりに。」


「第六区画までの警戒を強めてください。」


「はい。」


十人が返事をする。


その日の夜。


花組が眠りについた頃。


神殿の最上階。


月明かりだけが差し込む回廊を、サクヤヒメが一人歩いていた。


足を止めた先には、小さな窓。


そこから遠く、第七区画の森が見える。


「……現れましたか。」


その声は誰にも届かない。


驚きも。


焦りもない。


ただ事実を確認するような口調だった。


サクヤヒメは静かに目を閉じる。


「まだ、その時ではありません。」


そう呟くと、再び回廊を歩き始めた。


神殿には再び静寂が戻る。


だが。


第七区画の森では。


誰もいないはずの大樹の根元に。


白い花がもう一輪。


静かに咲いていた。

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