いそいで戻れ
「少し急ごう。」
桜子が言う。
全員が歩く速さを上げる。
「いや。」
雪羽が周りを見回した。
「歩くより早い方法ある。」
全員の視線が集まる。
「ワイヤー。」
「あ。」
丹奈が手を叩く。
「それだ。」
「でも十人だよ?」
菊音が聞く。
雪羽はにやっと笑った。
「やったことないけど。」
「やるの?」
朝佳が少し眉をひそめる。
「たぶんいける。」
「たぶん。」
椿希がその一言だけ繰り返した。
「大丈夫大丈夫。」
雪羽は腰のワイヤーを取り出す。
一本。
二本。
三本。
次々と木へ張っていく。
「あそこまで一気に飛ぶ。」
「途中で落ちないよね?」
梅依が聞く。
「落ちたらごめん。」
「嫌なんだけど。」
「冗談。」
……たぶん。
誰も信用していなかった。
「丹奈、一番後ろ。」
「なんで?」
「重り。」
「誰が重り!」
笑いが起きる。
少しだけ緊張が解けた。
「桜子と紫陽は前。」
「柳羽、その後ろ。」
「朝佳、蓮唯、菊音、椿希、梅依。」
「順番に掴んで。」
全員がワイヤーを握る。
「いい?」
頷く。
雪羽は大きく息を吸った。
「行くよ!」
次の瞬間。
全員の体が前へ引っ張られる。
「うわぁぁぁ!」
丹奈の声が山に響く。
風が一気に吹き抜ける。
木から木へ。
雪羽は次々とワイヤーを繋ぎ替えていく。
「右!」
「木!」
「頭下げて!」
「えぇ!?」
椿希が慌ててしゃがむ。
枝の下をすり抜ける。
「速っ!」
桜子が思わず声を漏らした。
歩く何倍もの速さ。
景色がどんどん流れていく。
「雪羽!」
紫陽が声を上げる。
「次、左!」
「見えてる!」
ワイヤーが飛ぶ。
木へ絡む。
全員が弧を描くように方向を変える。
誰一人離れない。
誰も手を放さない。
しばらくすると。
木々の隙間から神殿の屋根が見えた。
「あ!」
雪羽が笑う。
「着いた!」
最後の一本。
ワイヤーを放つ。
勢いを殺しながら地面へ着地する。
全員が何とか足で踏ん張った。
…一人を除いて。
「止まらないぃぃ!」
丹奈だけ勢い余って前へ転がる。
ゴロゴロゴロ。
そのまま神殿の階段の前で止まった。
静寂。
「……生きてる。」
丹奈が親指を立てる。
「だから重り。」
雪羽が笑う。
その時。
神殿の入口が開く。
サクヤヒメと玄灯が姿を現した。
「ずいぶん急いで戻ってきましたね。」
サクヤヒメが穏やかに言う。
桜子は息を整えながら一歩前へ出た。
「サクヤヒメ様。」
「祠が一つ……おかしいんです。」
その言葉を聞いた瞬間。
サクヤヒメの表情から、笑みが静かに消えた。
玄灯も何も言わず、桜子を見つめていた。




