蔵の灯り
夜も更けた頃。
町は静まり返っていた。
虫の鳴き声だけが聞こえる。
桜子の祖母は、一人で家を出た。
提灯を片手に。
ゆっくりと歩く。
向かった先は、家の裏にある古い蔵だった。
重い扉の前で立ち止まる。
「久しぶりだね。」
誰に言うでもなく呟く。
ギィ……。
扉が開く。
中は薄暗い。
棚には古い箱や道具が並び、一番奥には木箱が一つ置かれていた。
祖母は迷わずその木箱の前に座る。
蓋を開ける。
中には、布に丁寧に包まれた一本の巻物。
花組について記された巻物だった。
祖母は布をほどく。
けれど。
巻物は開かない。
正確には。
開かなかった。
「……そうだったね。」
苦笑する。
「勝手には読ませてくれないんだった。」
何年経っても変わらない。
花組に選ばれた者か、サクヤヒメだけ。
そうでなければ、中身を見ることはできない。
祖母が知っているのは。
自分の祖母から。
そのまた祖母から。
代々、口伝えで受け継がれてきた話だけだった。
「花組は必ずこの町の子たち。」
「サクヤヒメ様がお選びになる。」
「そして。」
祖母は巻物をそっと撫でる。
「帰ってくる者もいれば、帰れない者もいる。」
その言葉を口にすると。
胸が少しだけ痛んだ。
桜子達には言えなかった。
言うつもりもなかった。
あの子達は。
笑って送り出したかった。
だから。
何も話さなかった。
巻物を元の布へ包み直す。
蓋を閉める。
提灯を持って立ち上がると。
蔵の入口から月明かりが差し込んでいた。
「帰っておいで。」
小さな声だった。
返事はない。
それでも祖母は、少しだけ笑う。
「みんなでね。」
そう言って蔵の扉を閉めた。
カタン、と静かな音が夜に溶けていった。




