食卓
神殿へ戻ると、辺りはすっかり夕暮れになっていた。
花畑を吹き抜ける風も少し涼しい。
「お腹すいたぁ……。」
雪羽が真っ先にそう言った。
「今日はさすがに限界。」
丹奈も肩を回しながら歩く。
「修行よりご飯。」
「それは毎日でしょ。」
朝佳が呆れる。
食堂の扉を開けると、木の香りと温かい湯気が広がった。
大きな机。
そこには十人分の料理が並んでいる。
白いご飯。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
漬物。
それに野菜のおひたし。
派手ではない。
でも、どれも湯気が立っていた。
「いただきます!」
雪羽が一番に席へ着く。
「待て。」
玄灯の一言で動きが止まる。
「サクヤヒメ様がまだじゃ。」
「あ。」
全員が入口を見る。
ちょうどその時。
サクヤヒメが静かに入ってきた。
「待たせました。」
優しく微笑む。
その後ろを玄灯もゆっくり歩いてきた。
二人も席へ着く。
「いただきます。」
その一言で、ようやく箸が動いた。
「美味しい!」
丹奈が一口目から笑う。
「今日の味噌汁好き。」
菊音も頷く。
「この煮物も。」
柳羽が静かに口を開く。
普段あまり喋らない分、その一言にみんなが少し驚く。
「柳羽が褒めた。」
椿希が笑う。
「珍しい。」
柳羽は少しだけ照れたように視線を逸らした。
その横で。
桜子がふとサクヤヒメを見る。
「あれ……?」
目の前には湯呑みだけ。
料理は並んでいない。
「サクヤヒメ様、食べないんですか?」
その言葉に、みんなの視線が集まる。
サクヤヒメは穏やかに笑った。
「私は必要ないのです。」
「え?」
雪羽が首を傾げる。
「お腹空かないんですか?」
「空きません。」
「いいなぁ……。」
「そこ羨ましがる?」
朝佳が突っ込む。
サクヤヒメは小さく笑うだけだった。
今度は丹奈が玄灯を見る。
「玄灯じいちゃん、それだけ?」
玄灯の前にあるのは。
小さな茶碗に少しの白米。
具のほとんど入っていない味噌汁。
それと漬物が二切れ。
以上だった。
「足りるの?」
「足りる。」
即答。
「肉は?」
「いらん。」
「魚は?」
「いらん。」
「えぇ……。」
丹奈は自分の焼き魚を見る。
玄灯は静かに箸を動かしていた。
一口。
また一口。
ゆっくり噛む。
無駄がない。
雪羽が小声で桜子に話しかける。
「仙人みたい。」
「聞こえとるぞ。」
玄灯が普通に返した。
「うわっ。」
雪羽が肩を震わせる。
「地獄耳。」
「鍛えた。」
「そこ鍛えられるの?」
食堂に笑いが広がる。
玄灯は少しため息をついた。
「食事も鍛錬じゃ。」
「どういうこと?」
梅依が聞く。
「腹八分。」
玄灯は答える。
「食べすぎれば動けん。」
「でも食べないと力出ないじゃん。」
丹奈が反論する。
「だから八分じゃ。」
玄灯は味噌汁を飲む。
「足りぬと思うくらいが丁度いい。」
「私には無理。」
丹奈がご飯を頬張る。
「三杯いける。」
「五杯。」
雪羽が言う。
「張り合うな。」
朝佳が呆れる。
その様子を見ていたサクヤヒメは、小さく笑みを浮かべていた。
戦っている時とは違う。
張り詰めた空気もない。
言い合って。
笑って。
ご飯を食べる。
そんな当たり前の時間を、サクヤヒメは静かに眺めていた。
そして玄灯もまた。
何も言わず、いつも通り質素な夕食を食べ続けていた。




