開華
足元に広がった模様は、床に染み込むように描かれていく。
円。
花。
見たこともない紋様。
淡く揺れながら、蔵の床いっぱいに広がっていく。
「ちょ、なにこれ」
丹奈が後ろへ下がる。
けれど、もう遅かった。
視界が白く霞む。
反射的に桜子は目を閉じた。
風が吹く。
蔵の中なのに。
花の匂いがした。
春みたいな。
でも少し冷たい匂い。
耳鳴り。
遠くで誰かが何かを言っている。
次の瞬間。
静かになった。
桜子がゆっくり目を開ける。
「……は?」
空があった。
夜空。
でも、祭りの夜とは違う。
星が近い。
近すぎる。
空そのものが透けているみたいだった。
地面は白い石でできていた。
見渡す限り、何もない。
遠くに巨大な花の木みたいなものが見える。
枝が空まで伸びていた。
「え、え、え」
梅依が完全に固まっている。
「どこ、ここ」
「外?」
朝佳が辺りを見回す。
でも違う。
外というより、“世界そのものが違う”。
空気が軽い。
音が変に響く。
それに、色が濃すぎた。
夜なのに、花の色だけ妙に鮮やかに見える。
「うわぁ……」
雪羽が目を輝かせる。
「なにここ、すご」
「はしゃぐなって」
柳羽は言いながらも、少し楽しそうだった。
丹奈が振り返る。
「蔵は?」
なかった。
さっきまでいた蔵も、祭りの音も、町も。
全部消えている。
代わりに、後ろには巨大な門が立っていた。
古い鳥居みたいな形。
ただ、その奥は真っ暗だった。
光すらない。
「天界の外れです」
後ろから声がした。
全員が振り返る。
サクヤヒメだった。
さっきと変わらない表情で立っている。
風もないのに、髪だけが揺れていた。
「……ほんとに来ちゃったんだ」
紫陽が小さく言う。
誰も否定できなかった。
ここはもう、元の世界じゃない。
「亡き色は、この先に現れます」
サクヤヒメが門の向こうを見る。
「本来ならば、もっと早く花は集められる予定でしたが」
「集めるって言い方やめてくれる?」
椿希が眉をひそめた。
サクヤヒメは視線だけ向ける。
「事実です」
「感じ悪…」
「つーかさ」
丹奈が前へ出る。
「うちら、帰れんの?」
少しだけ空気が止まった。
サクヤヒメはすぐ答えた。
「役目を終えれば」
その言い方が妙に引っかった。
でも、深く考える暇はなかった。
門の奥。
暗闇が、揺れた。
ぐちゃり、と。
何かを踏み潰したような音。
黒い影が、ゆっくり現れる。
さっき蔵にいたものより大きい。
人型。
でも腕が異様に長い。
顔がない。
その輪郭は煙みたいに崩れている。
梅依が息を呑む。
「……いた」
亡き色。
それがこちらを向いた瞬間。
ぞわ、と背筋が冷える。
見られた。
そう分かった。
「うわ、普通にキモい」
椿希が前へ出る。
怖がっているくせに、隠そうともしない。
「椿」
桜子が呼ぶ。
「平気平気」
そう言って笑った瞬間。
亡き色が消えた。
「え」
次の瞬間には、目の前にいた。
「っ!!」
椿希が反射的に腕を上げる。
ガンッ!! と衝撃が響いた。
でも、痛みは来なかった。
代わりに、赤い椿の花弁が空中へ散った。
椿希自身が一番驚いていた。
腕を守るように、赤黒い色が集まっていく。
色は液体みたいに揺れながら、一本の形を作った。
細い。
鋭い。
気づけば、椿希の手には刀が握られていた。
深い紅色。
椿の花みたいな色だった。
「…は?」
椿希が呆然と呟く。
「何それ」
「なんで刀?!」
花組が騒ぐ中。
サクヤヒメだけは静かだった。
「適合しましたか」
当然みたいに言う。
椿希は刀を見る。
それから亡き色を見る。
数秒。
そして。
「……ちょっとテンション上がるかも」
笑った。
亡き色が再び腕を振り上げる。
椿希は反射的に刀を振った。
ザッ。
思ったより軽い音だった。
亡き色の腕が斜めに裂ける。
その傷口から、黒い花弁がぼろぼろと零れ落ちた。
灰色の混ざった、汚れた花弁。
地面に落ちた瞬間、砂みたいに崩れて消える。
「……え」
椿希が固まる。
亡き色も数歩よろめいた。
切れてる。
本当に。
「やば」
雪羽が目を見開く。
「普通に戦えてるじゃん」
亡き色が低く唸る。
輪郭が揺れた。




