師匠
翌日。
居間は妙に静かだった。
サクヤヒメがいつものように立っている。
その横に。
誰かがいた。
「紹介します」
サクヤヒメが言う。
「本日から皆さんの訓練を担当する方です」
全員の視線が集まる。
そこにいたのは。
小柄な老人だった。
背中は少し曲がっている。
杖をついている。
白髪はぼさぼさ。
一見すると、完全にただの年寄り。
椿希が小声で言う。
「……大丈夫?」
その瞬間。
コツン。
杖が椿希の頭に軽く当たる。
「いっ」
「見た目で判断するでない」
老人の声は思ったよりはっきりしていた。
サクヤヒメが続ける。
「花守 玄灯です」
「げんとうって言うんだ」
丹奈が呟く。
花守玄灯は全員を見る。
ゆっくり。
でも目だけは妙に鋭い。
「ふむ」
「今年の花組は……騒がしいのう」
「いやまだ何もしてないんだけど」
雪羽が言う。
「しておる顔じゃ」
即答だった。
居間が少しざわつく。
花守玄灯は杖を軽く床に突く。
コツン。
「明日から訓練じゃ」
「いきなり?」
朝佳が聞く。
「戦いは待ってくれん」
「いやそれはそうだけど」
菊音が小さくうなずく。
花守玄灯はゆっくり座る。
見た目と違って、動きは無駄がない。
「まずは一つ教える」
全員が少し身構える。
「おぬしらは“個人”ではない」
「花組じゃ」
沈黙。
「昨日の戦い見たがの」
「バラバラじゃった」
図星だった。
誰も言い返せない。
花守玄灯は続ける。
「死ぬぞ、そのままじゃ」
あまりにも軽く言う。
でも軽く聞こえない。
サクヤヒメは横で静かに見ているだけだった。
花守玄灯は立ち上がる。
杖を一度だけ鳴らす。
コツン。
「明日は朝から走る」
「え」
「天界一周じゃ」
「天界って広いよね?」
「広いのう」
即答。
「じゃあ無理じゃん」
「無理でもやる」
それで終わりだった。
椿希が小さく呟く。
「見た目詐欺すぎるだろ……」
花守玄灯はそれを聞いて、少しだけ笑う。
「よう言うた」
「あとで倍やるかの」
「え?」
静かに終わる。
誰も助けてくれない。
サクヤヒメも何も言わない。
ただ一言だけ。
「よろしくお願いします」
それだけだった。




