帰れない夜
「食事は用意できます」
そう言ったサクヤヒメに案内され、花組の八人は花の庭の奥へ向かっていた。
巨大な桜のさらに奥。
今まで気付かなかったが、木々の間に建物が見える。
和風にも見えるし洋風にも見える。
古い神社みたいでもあり、旅館みたいでもあった。
「神様の家ってもっとこう……」
丹奈が周囲を見回す。
「金ピカかと思ってた」
「偏見すごぉ」
朝佳が呆れる。
「だって神様だよ?」
「分からなくもない」
椿希が頷いた。
サクヤヒメは前を歩いたまま言う。
「金はあまり好きではありません」
「聞こえてた」
「聞こえる距離でしたので」
真顔だった。
雪羽が吹き出す。
柳羽も少し笑う。
建物の中は意外と普通だった。
木造。
廊下。
障子。
どこか落ち着く匂い。
「なんか旅館来たみたい」
梅依がぽつりと呟く。
その言葉に桜子は少しだけ胸が痛くなった。
旅館。
旅行。
夏休み。
本当なら。
今頃みんな祭りを楽しんでいたはずだった。
そんなことを考えていると。
「桜子」
朝佳が声を掛ける。
「大丈夫?」
「え?」
「さっきから黙ってる」
桜子は少し笑う。
「考え事」
「珍しいね」
椿希が言う。
「失礼だな!」
少しだけ笑いが起きる。
重かった空気が少し軽くなる。
食事の用意は既にされていた。
大きな机。
湯気の立つ料理。
見たことのないものもある。
でも普通に美味しそうだった。
「ほんとに食べられるんだぁ」
丹奈が感心する。
「むしろお腹空いてた」
雪羽が席につく。
その瞬間。
ぐうううう。
また朝佳のお腹が鳴った。
今度は全員が聞いた。
数秒。
静寂。
そして。
「朝佳」
「言うな」
「さっきより大きい」
「言うなって」
珍しく大笑いが起きた。
朝佳は机に突っ伏した。
その横で菊音まで肩を震わせている。
桜子も笑っていた。
本当に少しだけ。
だけど笑えた。
食事が始まる。
不思議と味はちゃんとしていた。
天界の料理なのに。
普通に美味しい。
「これ何?」
梅依が聞く。
「分かりません」
サクヤヒメが答える。
「分かんないの?!」
丹奈が思わず立ち上がる。
「作ったの誰なの!」
「昔からあります」
「怖い怖い怖い!」
再び笑いが起きる。
食事が終わる頃には、みんな少しだけ落ち着いていた。
疲れもあった。
椅子にもたれたり。
机に頬杖をついたり。
そんな中。
柳羽がふと聞く。
「そういえば」
「ここって夜あるの?」
全員がサクヤヒメを見る。
確かに気になっていた。
空はずっと夕暮れみたいな色だ。
暗くもならないし。
明るくもならない。
サクヤヒメは少し考えてから答えた。
「あります」
「あるんだ」
「ただ現世とは少し異なります」
「神様って説明が毎回ふわっとしてるよねー」
雪羽が言う。
サクヤヒメは否定しなかった。
紫陽が窓の外を見る。
巨大な桜が見えた。
相変わらず花びらが舞っている。
止まる気配がない。
「あんなに舞ってて花弁無くならないの?」
ぽつりと聞く。
サクヤヒメは首を横に振った。
「散ります」
「え?」
紫陽が振り返る。
「でも無くなりません」
「もっと分かんない」
丹奈が頭を抱えた。
その時。
椿希が急に立ち上がる。
「そうだ」
「何?」
朝佳が聞く。
椿希はサクヤヒメを指差した。
「サクヤヒメ様ってさ」
「はい」
「何歳なの」
一瞬静かになる。
「そこ聞く?」
桜子が笑う。
「気になるじゃん」
椿希は悪びれない。
サクヤヒメは少し考えた。
「分かりません」
「また〜?」
雪羽が笑う。
「正確には数えていません」
「大体でいいから」
丹奈が言う。
サクヤヒメは少し考え込む。
「千年以上は経っていると思います」
全員固まった。
「え」
朝佳が最初に声を出す。
「え?」
「え??」
丹奈も続く。
「そんな反応になりますよね」
珍しくサクヤヒメの方から言った。
「なるよ!」
雪羽が即答する。
「私のご先祖様より余裕で年上じゃん!」
「当たり前じゃね」
「なんか腹立つ」
また笑いが起きる。
さっきまで重かった空気は少しずつ薄れていた。
少なくとも今だけは。
亡き色も。
石碑も。
遠い話みたいだった。




