狂い咲く伝説
夏祭りは中断されていた。
さっきまで響いていた音楽も止まっている。
屋台の明かりだけが、妙に明るかった。
「まだ見つからないの?!」
「川の方は?!」
「山道も探せ!」
町中が騒がしかった。
警察。
消防団。
近所の人達。
懐中電灯を持って、名前を呼びながら探し回っている。
「桜子ちゃーん!」
「椿希!」
「朝佳!」
声だけが夜へ吸い込まれていく。
その中で。
年配の人達だけは、別の話をしていた。
「やっぱり……」
「まさか……」
「サクヤヒメ様じゃ……」
「花祭りの夜だぞ……」
若い人達はそんな話を信じていない。
でも、お年寄り達の顔は本気だった。
青ざめている。
その頃。
桜子の祖母は、祭り会場を離れていた。
足早に。
転びそうな勢いで。
向かった先は古い蔵だった。
昔からある蔵。
花祭りの準備の時以外、滅多に開けない場所。
「まさか……」
震える手で扉を開ける。
暗い。
湿った空気。
そして。
奥に置かれた巻物。
開いていた。
床に、花びらが落ちている。
祖母の顔から血の気が引く。
ゆっくり近づく。
そこには。
腕時計。
髪飾り。
祭りで身につけていた小物。
花組の少女達のものが残されていた。
祖母はその場に崩れ落ちる。
「……あぁ」
声が震える。
「そんな……」
巻物は静かに開いたまま。
古い紙には、花の模様が浮かんでいる。
祖母は唇を押さえた。
「あの子達は……」
そこで言葉が止まる。
目を閉じる。
深く息を吸う。
そして次の瞬間には、立ち上がっていた。
顔を上げる。
涙は止まっていなかった。
それでも、もう声は震えていない。
祖母は蔵を出る。
急ぎ足で家へ戻る。
桜子の母親が駆け寄ってきた。
「お義母さん!桜子は?!」
祖母は静かに首を横に振る。
その顔を見た瞬間。
母親の顔色が変わる。
「……花組たちの親御さんをここに集めて」
低い声だった。
「私は、あそこへ行く」
それだけ言って、また家を出る。
台車を押しながら走る。
向かった先は山の裏手だった。
木々の奥。
外からは見えにくい場所。
そこに、大きな温室がある。
ガラスと白い骨組みで出来た古い建物。
普通のビニールハウスとは違う。
もっと静かで。
もっと神聖な雰囲気があった。
祖母は鍵を開け、中へ入る。
湿った空気。
花の匂い。
そこには。
季節外れの花が咲いていた。
枝いっぱいに咲く桜。
深紅の椿。
鉢いっぱいに広がる朝顔。
黄色い菊。
水鉢に浮かぶ蓮。
紅梅と白梅が不思議と混ざっている枝。
揺れる雪柳。
青紫の紫陽花。
牡丹。
全部ある。
一年中。
季節なんて関係なく。
この場所だけは、ずっと咲かせ続けている。
祖母はゆっくり花へ近づく。
桜は小枝ごと。
椿は花ごと。
朝顔は小さな鉢ごと。
菊を一輪。
蓮は浅い水鉢ごと。
白梅の枝。
紫陽花をひとかたまり。
牡丹。
雪柳だけは、二房。
双子だから。
最後に紫陽花へ触れた時、祖母の手が少し震えた。
それでも全部抱えて、家へ戻る。
家にはもう人が集まっていた。
花組の親達。
誰も落ち着いていない。
泣いている人もいる。
「おばあちゃん、桜子は?!」
「うちの子はどこなの?!」
責めるような、でも今にも泣きそうな声。
祖母は静かに花を机へ並べた。
全員が黙る。
色とりどりの花。
祭壇みたいだった。
祖母はゆっくり口を開く。
「……この町には、昔から伝承があります」
静かな声。
「花祭りの夜、サクヤヒメ様に選ばれた子ども達は、“花組”となる」
誰も動かない。
「亡き色と呼ばれる災いと戦い」
「町を守る」
親達は理解できない顔をしていた。
当然だった。
でも祖母は続ける。
「これは昔話じゃない」
「本当にあったことなんです」
部屋の空気が変わる。
祖母は花へ視線を落とした。
「この花は、あの子達です」
誰かが息を呑む。
「昔から、花組となった子の花は、この町で咲き続ける」
静かな声だった。
そして。
少しだけ言葉を止める。
「……この花が枯れた時」
そこから先は言わなかった。
でも。
誰もが意味を理解してしまった。




