咲き乱れる庭
気が付くと、景色が変わっていた。
いつの間に移動したのか分からない。
門も。
戦場も。
亡き色の残骸も。
何もない。
広がっていたのは花だった。
どこまでも。
見渡す限り。
桜。
椿。
菊。
紫陽花。
梅。
牡丹。
季節も違うのに全て咲いていた。
名前も知らない花まで咲いている。
風が吹くたび、花々が揺れる。
空は夕方みたいな色なのに、太陽は見えない。
夜でも昼でもない空だった。
「……綺麗」
朝佳が思わず呟く。
「さっきまで化け物と戦ってた場所と同じ世界?」
丹奈が眉をひそめる。
「同じです」
サクヤヒメはそう答えた。
その中央。
一本の巨大な桜の木が立っていた。
あまりにも大きい。
枝は空を覆うほど広がっている。
花びらが絶えず舞っていた。
まるで世界の中心みたいだった。
「うわ…」
桜子が見上げる。
「でっか……」
椿希も珍しく言葉を失う。
木の根元には石造りの広場があった。
全員が自然とそこへ集まる。
疲れていた。
座り込む者もいる。
丹奈はその場で大の字になった。
「もう無理ぃ」
「行儀悪い」
菊音が即座に言う。
「さっきまで死にかけてたんだから許して」
「死にかけてはない」
「いや普通に死にかけてたっしょ!!!」
その横で。
雪羽は柳羽の肩を見ていた。
赤い花弁はもう止まっている。
傷も薄くなっていた。
「治ってる」
「ほんとだ」
柳羽自身も驚いていた。
サクヤヒメが説明する。
「花組の傷は自然に修復されます」
「便利じゃん」
丹奈が即答する。
「ただし限度があります」
その一言で空気が変わる。
サクヤヒメは続けた。
「花弁が失われ続ければ、当然戻りません」
誰も何も言わない。
自分たちの赤い花弁。
あれが何を意味しているのか。
みんな薄々理解し始めていた。
桜子が静かに聞く。
「……あの花弁って何なの」
サクヤヒメは少しだけ黙った。
風が吹く。
桜の花びらが舞う。
そして。
「命です」
誰も反応できなかった。
あまりにもあっさり言われたから。
「え?」
梅依が聞き返す。
「命?」
「はい」
サクヤヒメは頷く。
「花組は血の代わりに花弁を持っています」
静かな声だった。
「花弁が失われれば失われるほど、あなた達は弱ります」
丹奈の顔から笑顔が消える。
雪羽も。
柳羽も。
誰も喋らない。
「全部なくなったら?」
椿希が聞いた。
サクヤヒメは少しだけ目を伏せた。
「消滅します」
風が止まった気がした。
広場が静まり返る。
「……消滅?」
朝佳が小さく呟く。
「死ぬってこと?」
「概ね同じです」
誰も笑わなかった。
さっきまでの戦い。
肩の傷。
首の傷。
赤い花弁。
全部が急に重くなる。
桜子が視線を落とす。
自分の手を見る。
傷はもうない。
でも。
あの時確かに赤い花弁が落ちた。
「なんで私達なの」
今度は紫陽だった。
初めて自分から質問した。
サクヤヒメは紫陽を見る。
そして静かに答えた。
「適合したからです」
「意味分かんない」
椿希が即答する。
「私も紫陽と同じ意見でーす!」
丹奈も頷く。
サクヤヒメは少しだけ困った顔をした。
たぶん今日初めてだった。
「花組は選ばれた存在ではありません」
「え?」
「誰でもなれるわけでもありません」
「どっちだよ!」
椿希が突っ込む。
少しだけ空気が緩む。
サクヤヒメは巨大な桜を見上げた。
「昔から、この町には花組がいました」
全員が顔を上げる。
「今のあなた達が初めてではありません」
風が吹く。
桜の花びらが舞う。
「何代も前から、何度も繰り返されています」
静かな声だった。
「亡き色が現れ」
「花組が戦い」
「そして」
サクヤヒメはそこで言葉を止めた。
ほんの一瞬だけ。
「……?」
桜子が首を傾げる。
でもサクヤヒメは続きを言わなかった。
代わりに。
「聞きたいことはありますか」
そう尋ねた。




