4.【出題編】終わりと始まり②
エルデンハースト伯爵夫人は午後3時半の少し前にやってきた。
和やかな挨拶が済んだ後、伯爵夫人は出された紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「改めて爵位継承おめでとうございます。レディ・メラヴェル、ミセス・グレンロス」
2人の女性は祝福の言葉に丁寧に礼を述べた。
エルデンハースト伯爵夫人は穏やかに微笑むが、その瞳はアメリアを静かに見つめていた。
アメリアは、エルデンハースト伯爵夫人はこの喪服に隠れた彼女の本心まで見透かすことができるんじゃないかしらと思った。
「当分はケンジントンにお住まいですのね」
「ええ、メイフェアの男爵家のタウンハウスは改修に時間がかかっておりまして……でも、7月には移れますかと」
ミセス・グレンロスは控えめに答える。
アメリアは一旦やりとりは母親に任せて、ただ、伯爵夫人の今回の訪問の意図を探ろうとティーカップ越しに密かに彼女を観察した。
「まあ、ずいぶんかかりますのね。でも、近代化は必要ですから仕方ないことですわね。我が伯爵家のカントリーハウスも――」
伯爵夫人は以前先代メラヴェル男爵の葬儀の相談の際に会ったときと同じ優雅でありながら芯を感じさせるトーンで話している。
服装は、落ち着いたすみれ色のアフタヌーンドレスに、同じすみれ色ではあるが色調が異なる手袋を合わせていて、頭には上品な羽がついた帽子を乗せている。
年齢はミセス・グレンロスよりも少し上と見えて、髪はほとんど白髪になっているが、ブラウンの知的な瞳は依然として輝いている。
「ところで、服喪期間はいつまでおとりに?」
「6か月間と考えています。先代男爵とレディ・メラヴェルは親子ではありませんが、前代のご当主ですので……」
それを聞いた伯爵夫人は、彼女の問いに答えたミセス・グレンロスではなく、アメリアの方を目を細めて見た。
「実はね、私、レディ・メラヴェルを私のお友達にご紹介したいのですよ。そのときに喪服ではちょっと困るわね」
「しかし、喪の期間が短すぎると、世間の目にどう映りますやら」
ミセス・グレンロスはあくまで冗談のように言ったが、その顔には落ち着かない笑みが浮かんでいた。
「大丈夫。気にせず3か月で切り上げておしまいなさい。文句など誰にも言わせませんから」
伯爵夫人は何げなく言ってまたティーカップを口に運んだ。
母子はどうしたものかと密かに目線でやりとりをする。
「特にね、来月6月末のウェクスフォード侯爵家のご長男――ロスマー子爵――の婚約披露パーティーにはぜひお連れしたいの」
「ウェクスフォード侯爵と言うと、セント・ジェームズのあの大きなタウンハウスの?」
ミセス・グレンロスは目を見開いて言う。アメリアも少し眉を動かした。
アメリアは服喪期間中の時間的余裕を活かして、上流階級に参画するにあたって必要な知識をグレンロス家ゆかりの教区司祭を家に招いて学んでいた。
司祭は最新の社交界の動向にこそ疎いものの、他の貴族家の由緒や歴史については詳しく、特に名門とされる有力貴族については、アメリアの方から帰宅時間を仄めかさない限り語り続けていた。
司祭の話の中でも、ウェクスフォード侯爵家は特に印象に残っている家の一つだった。
ウェクスフォード侯爵家は、イングランド貴族の中でも、初代侯爵が国王の首席大臣として多大なる貢献をしたことで陞爵を重ね、15世紀初頭に遂に侯爵位を授けられたことを始まりとする名門中の名門で、サセックスに広大な領地を持っている。
特に、当代のウェクスフォード侯爵――つまり、今度婚約するというロスマー子爵の父――は、若いころ貴族院議員として大層ご活躍で、年老いた今では表舞台に立つ機会は減っているものの未だに保守党の重鎮と言われているらしい。
「ええ、でも、大きいと言ってもロンドンで5番目くらいなものよ。いくらウェクスフォード侯爵家でも公爵家には敵いませんもの」
伯爵夫人は母子の緊張を感じ取って軽やかに笑う。
「レディ・メラヴェルはまだお若いわ。女男爵として周囲から認められるには、なるべく表に出て、そのお人柄を知ってもらう必要があります。ご理解いただけますわよね?ミセス・グレンロス?」
伯爵夫人ははっきりとした口調で言う。その不思議な威厳がグレンロス家の応接間を既に支配していた。
「当然、私がお目付け役として同行します。ご心配なさらないで」
そう言うと伯爵夫人は話は終わりとばかりに軽く微笑んで、席を立つ。
グレンロス家の母子は何も言えないまま立ち上がり、辞去の挨拶に応じるしかなかった。
どうやら喪の期間はもうすぐ終わりのようだ。




