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22.【出題編】紐解き②

 2人が玄関ホールにたどり着くとヘイスティングス警部はすぐに見つかった。

 警部は部下の刑事たちと何やら話し込んでいたが、2人が警部に目線を送ると警部の方から話しかけてくれた。


 「どうかされましたか?ご子息様と……ミス・"法廷弁護士のご令嬢"?」


 意外にも警部はご機嫌なようで、アメリアへの呼びかけには明らかに冗談が混じっている。


 「ヘイスティングス警部、何か進展があったようですね?」


 この好機を逃すまいとすかさずアルバート卿が問いかける。


 「いや、実はですね。割れてしまったケーキの台座を私の優秀な部下が復元したところ、細工が見つかったのです。あれは4本の脚が付いた台座だったのですが、その内2本の一部が切り取られていたのですよ」


 アメリアもアルバート卿もその情報に反応する。

 そうだとすると、やはりケーキの倒壊は仕組まれたものだったのだ。


 「切り取られた台座の下に何かをかませておいて、どこかのタイミングでそれを取り去ればケーキが倒れてくるという寸法です」


 警部はその日初めての笑顔を見せる。


 「それでお二人はどうされたのです?」


 アルバート卿は警部の問いに軽く頷くと、モーニング・コートのポケットから例のハンマーを取り出して警部に渡した。


 「実はこれをショーケースが置かれていたテーブルの下で見つけたのです」


 警部はそれを受け取って様々な角度から観察している。


 「なるほど……しかし、ショーケースは壊されていなかったし、一体何に使ったのでしょうな」


 "ショーケース"という言葉を受けて、アルバート卿は気になっていたことを質問した。

 

 「ショーケースと言えば、当家の執事が預かっていたショーケースの鍵を失くしたと言っていました。結局その鍵は見つかったのでしょうか?」

 

 「見つかりましたよ」


 警部はあっさりとそう言って、ハンマーを持っていない方の手で上着のポケットから3本の鍵を取り出して見せた。


 「あのショーケースの鍵は3本ありましてね。1本は私が、もう一本は執事のミスター・リーが、最後の一本をあのアメリカのお嬢さんミス・ジョーンズが持っていました。私とミス・ジョーンズは失くしたりなどしませんでしたが、ミスター・リーは失くしてしまった。しかし、なんてことはない。大ホールに落ちていましたよ」


 警部は3本の鍵を手で少しもてあそんでからまたポケットに戻した。


 「もし、<静かなる猫>が鍵を入手して<王女の涙>を取り出したのだとしたら、使い終わった後だとしても、わざわざ大ホールに鍵を落としていくでしょうか?どうも慎重な彼ららしくないように思われる……。おそらく、単純に鍵を盗ったのではなく、我々には想像がつかないようなもっと壮大なトリックが使われたのでしょう。なので、ミスター・リーにはあまり気に病まないようにしていただきたいですな。鍵を失くした責任をとって辞職しかねない勢いでしたから」


 警部は呆れたように息を吐いた。

 先ほど警部とミスター・リーはガラス片の片づけをめぐって言い争っていたのに、意外な思いやりを表す警部をアメリアは少し見直した。

 今日の警部は口論したり叱責したりしてばかりだが、本当は懐の深い人なのかもしれない。


 「しかし、目下の謎はこのハンマーですね。いったい何のハンマーなんでしょうか?頭部の一方は平たいのにもう一方はくちばしのようだ……おーい、エヴァレット巡査部長はいるか?」


 警部が玄関ホールにいた部下たちに呼びかけると、チャコールグレーのスーツを着た細身の若い男性が駆け寄ってきた。

 彼がどうやらエヴァレット巡査部長らしい。


 「お呼びでしょうか、警部?」


 刑事らしからぬ穏やかさのあるエヴァレット巡査部長は、「どうも、ご子息様、お嬢様」と言ってアメリアとアルバート卿にも礼儀正しく微笑んだ。


 「君は先日例の事件――ハンマーで男がひどく……いや、ハンマーが何に使われたかは女性の前では言うまい。とにかく例のハンマー事件で世の中のあらゆるハンマーについて調べていたな」

 

 「はい、英国中のハンマーについて詳しくなりました」

 

 「これが何のハンマーかわかるか?そこのお二人が大ホールのショーケースの近くで見つけたらしい」


 警部は巡査部長に例のハンマーを手渡した。

 巡査部長も先ほどの警部と同じようにハンマーを様々な角度から見ている。


 「なるほど……片方が平らで、もう片方は尖っていてくちばしのようだ……サイズは中くらいで重量は軽め。おそらく、ガラス職人が使うハンマーでしょうね」


 アメリアはガラス職人が使うハンマーというものがあることを知らなかった。

 それはアルバート卿はもちろん、警部でさえも同じようだった。

 巡査部長も当然それに気が付いて説明してくれた。


「これはガラス職人がガラスや鏡を木の枠にはめ込むときに使うハンマーですよ。普通の人は持っていない専門的な道具です」


 巡査部長はハンマーを警部に手渡しながら、更に続けた。


 「ショーケースの扉が工具で開けられた可能性もあるので、つい先ほど実際にこのお屋敷の工具箱も調べたのです。しかし、何もなくなっている物はないと工具箱の管理者の下級執事も言っていました。なので、このハンマーも元々このお屋敷にあったものではなさそうですね」

 

 「そうすると、<静かなる猫>はわざわざこのハンマーを外から持ち込んで、ショーケースを開けるために使ったのかもしれないな……どう使ったかは不明だが」

 

 「もしくは、ただの予備的な道具かもしれませんよ。〈静かなる猫〉はやはり単純にミスター・リーの鍵を盗ってショーケースの鍵を開けた。しかし、首尾よく鍵を入手できなかった場合にはそのハンマーでショーケースを壊すつもりだった、というのはどうです?」


 巡査部長の見解を聞いた警部がうなる。

 

 「どうも私にはそう単純には思えんのだよ。経験から来る勘ってやつだな。一体このハンマーで何を叩いたのか、もしくは、叩こうとしたのか……。まあ、後で賢いやつらを集めて議論することにしよう」


 警部はそう言うとハンマーをポケットにしまった。


 「さて、あなた方からの報告は以上ですかね?」

 

 警部は話を打ち切ろうとするが、アメリアは意を決して警部に問いかけた。


 「あの、警部、このタウンハウスの封鎖はいつ解かれるのでしょうか?」

 

 「そうですね……<王女の涙>か犯人が見つかるまではとは思っていますが、日没になる午後9時が限度でしょうな。しかし、公爵夫妻もいらっしゃるということで、上からの指示で午後8時くらいには皆さまにお帰りいただかなくてはならないかもしれない。私としては悔しいですがね」


 アメリアはアルバート卿の方をちらりと伺った。

 彼は表情は変えていなかったが、右手で直す必要のないタイの角度を直していた。

 午後8時では原稿の締め切りには間に合わない。

 アメリアは今すぐに彼に何か言葉をかけたい衝動に駆られるが、もう一つだけ警部に聞かなければならないことがあった。

 彼らが事件に貢献する発見をしたこのタイミングを逃したらもう警部は答えてくれないだろう。


 「もう一つだけ、すみません。今回の警備方法――衆人環視の下での警備――というのは誰が言い出したことだったんでしょうか?」

 

 「最終的に決めたのは警察です。しかし、少なくとも私が言い出したわけではなかったはずですよ。銀行と侯爵家との会合でどなたかがおっしゃっていて、<静かなる猫>対策としてはとても説得的だったので採用したのです」

 

 アメリアは直感的にこれでほぼすべての情報が集まったのではという気がしていた。

 しかし、それらをどう組み合わせれば謎が解けるのかはまだわからなかった。

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