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21.【出題編】紐解き①

 一通り実験を終えたアメリアとアルバート卿はヘイスティングス警部を探して、大ホールから玄関ホールへと続く廊下を歩いていた。

 先ほど見つけたハンマーを警部に届けようと近くを通りかかった警官に彼の所在を聞いたところ、玄関ホールに行ったと言われたのだ。


「今、ちょうど午後5時半ですね」


 懐中時計を確認したアルバート卿の灰色の瞳が一瞬揺れる。

 彼の明朝の<クロニクル>に載るはずの原稿の締切まであと1時間半しかない。

 アルバート卿が最初に新聞社に電話したときに、担当者を侯爵家のタウンハウス近くのパブで待たせておくと言われたそうなので、あと1時間程度でタウンハウスの封鎖が解ければ間に合うだろうが、まだ事件解決の兆しはない。


 彼を励まそうとアメリアが口を開きかけたとき、廊下の反対側からミス・ジョーンズが一人でやってきた。

 俯き加減でグリーンの瞳が不安そうに彷徨っている。


「ミス・ジョーンズ、ジョンとは会えましたか?」


 彼女の浮かない表情に気づいたアルバート卿が呼びかけると彼女は力なく首を振った。


「先ほど失礼は承知でお部屋まで行ってみたのですが、従者に取り込み中と言われてしまいました」


 アメリアとアルバート卿は揃って眉を上げた。

 1時間ほど前に子爵に会ったときにはもう髪の毛の砂糖も落ちていたのに、どうして取り込み中なんてことがあるだろうか?


「お二人は何をしていらしたの?」


 ミス・ジョーンズは作ったような明るい声色で尋ねた。

 

「ヘイスティングス警部を探していたのです。少し気づいたことがあったもので」


 アメリアは少し迷ったが、隠す理由もないので正直に答えた。

 

「警部さんなら玄関ホールにいらしたわ。実は私ショーケースの鍵を預かっていたのだけど、もう意味もなくなってしまったし、さっき警部さんにその鍵を返してきましたの」


 <王女の涙>が収まっていたショーケースの3つの鍵のうち、ミスター・リーが持っていた分は失くなったが、ミス・ジョーンズの分は今まできちんと彼女の手元にあったらしい。

 そうすると、犯行に使われたのはミスター・リーが失くした鍵なのだろう。

 さすがに警部が失くすことはないと思いたい。


「お二人が気づいたのはどんなことですの?」


 ミス・ジョーンズに問われたときアメリアの頭にあるアイデアが浮かんだ。

 宝石商の娘であるミス・ジョーンズに今回の発見を打ち明けて意見を聞くのだ。

 アルバート卿に視線を送ると、彼も意味ありげな視線を返した。

 どうやら同じことを考えているようだった。

 そこで、アメリアは話し始めた。


「実は、私たち<王女の涙>が展示されていたショーケースの近くで不審なハンマーを見つけたのです。ミス・ジョーンズは宝石にお詳しいから教えていただきたいのですが、例えば、ダイヤモンドはハンマーで割れるものでしょうか?」


 アメリアはこんな突飛な質問は一笑に付されてしまうかもしれないと思っていたが、予想外に彼女は真剣な顔で考え込んだ。


「そうねぇ……まず無理でしょう。でも、角度によっては割れるかもしれないわ。実際に割れた話を聞いたことがあるの。ただ、可能性は低いと思いますわ」


 ミス・ジョーンズが真剣に検討した結果、「可能性は低い」というのならやはりあのハンマーでダイヤモンドを破壊したということはまずあり得ないのだろうとアメリアは思った。


「それにしても、ミス・ジョーンズはダイヤモンドにお詳しいのですね」


 アメリアは感嘆を隠さなかった。


 ――アメリカ人のレディは皆こんな風にご自分の確かな知識をお持ちなのかしら?

 

「ええ。元々、父は私にアメリカで夫を持たせて夫婦で家業の宝石商を継がせようと考えていたのです。なので、色々と仕込まれました。特にダイヤモンドは赤子のときから見ていますのよ」


 ミス・ジョーンズはおかしそうに笑うが、その口元には誇りと自信が滲んでいた。

 素人目にもミス・ジョーンズの知識はただの宝石商の娘というよりも、宝石商そのものと言った方が合っているように思えた。


「銀行員のミスター・ブルックから聞いたのですけど、今日<王女の涙>を飾る場所もあなたがお決めになったのでしょう?私、ダイヤモンドに日光やシャンデリアの明かりが悪いとは知らなかったわ」


 アメリアのその言葉を聞いたミス・ジョーンズのグリーンの瞳が揺れた。

 それを読み取ったアメリアの方がかえって動揺してしまうほどはっきりとした揺れだった。


「え……ええ……そうね……」


 返答する声は明らかに震えている。


「大丈夫ですか?ミス・ジョーンズ?」


 アルバート卿が心配そうに尋ねるが、ミス・ジョーンズはただ唇を引き結んで俯いた。

 そして、暫しの沈黙の後、口を開いた。


「……お二人ともごめんなさいね。やっぱり私ジョンと話さないといけないわ」


 ミス・ジョーンズはきっぱりと言うと、新緑色のドレスを翻して来た道を戻っていった。

 残された二人はただ顔を見合わせることしかできなかった。

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