PLAY152 封印された『八神』⑥
放たれる貫手を見たディドルイレスは、常人と同じように一瞬固まった後、すぐに年老いているとは思えないような甲高い声を上げて貫手から逃れようと頭を押さえながら体を縮める。
普通の人が行うそれだが、それでも放たれた瞬間に伏せたことが功を奏したのか、鬼の男が放ったそれはディドルイレスの頭があった場所を通り過ぎ、そのまま空気を割く音を繰り出す。
ボッ! という空気の爆発音を聞きながらディドルイレスは地面を這い、鬼の魔の手から逃れるようにそそくさと、蜥蜴のように足と手をせわしなく動かして距離をとる。
「はぁ! はぁ! ひぃ!」
がさがさと地面を這いながら逃げるディドルイレス。
そんな彼を見ながら貫手のそれをほどかない鬼の男。
這って逃げるディドルイレスのことをにらみつけ、次に氷の檻に封印されているシルフィードを見る。目を細めて、眉をひそめながら男は思う。
――こんな奴を、こんな志向を持ったやつを救うために、命を張ったのか?
「無駄なことなのに」
ぽつりと吐かれた言葉は失望のそれが吐き出されたかのような、そんな音色と雰囲気だった。
こんな奴や、多くの者たちのために。
そんな思いを抱いているような、まさに呆れに近いような、絶望も混じっているような、憎々しい感情も込められている複雑で、黒い感情だった。
小さな声すら聞こえなかったディドルイレスは、這いずる行動をやめ、そのまま鬼の男を見るようにしりもちをついた状態で見て、荒い息を整えながらディドルイレスは言った。
青と水色、そして白の三つの角を生やし、肩まである青と水色が混ざっているかのような髪の毛、顔を隠せるほど前髪が長い男性は後ろで一つにゆるく縛り、白い着物の上に黒い羽織を羽織った状態の男を見て、ディドルイレスは叫ぶ。
「き、貴様………、貴様は鬼の一族だな!? なぜこんなところにいる? なぜ私を殺そうとした!? これはれっきとした殺害罪だぞっ! 大臣である私を殺そうとして、国の者たちが黙ってないぞ! 何が目的なんだ!?」
「目的? お前、どの口でそんな言葉を吐いているんだ?」
だが、ディドルイレスの叫びとは裏腹に、それを聞いた鬼の男はディドルイレスの方を向きながら、ゆっくり、ゆっくり足を進めて言葉を続ける。
歩むと同時に吹き上がる風。その風に乗って雪が舞い上がり、冷たい氷の刃が、何個も、何個も風の中で形作り、彼を守るように、ディドルイレスにその矛を向けるように形を変えながら男の周りを飛ぶ。
ぱき、ぱき。
氷が鳴るその音を聞きながら男は言う。
「お前が今していることは、この国の王と鬼族の男がしてきたことを台無しにする行為だ。国のために守ろうとした二人の覚悟を、命を懸けて守ろうと覚悟したことを壊す、お前はそれを今、しようとしているんだ」
パキパキ、ペキ。
男の言葉に呼応するように風の中で形作られていく氷は。小さな刃となり、大きな刀へと形を変えていく。
大まかに形作られていくそれを見ながら、その視界に入るディドルイレスを見ながら男は近づいて言葉を続ける。
「国を守るために葛藤した王と、国を守るために王にすべてを任せた鬼の、最後の希望なんだ。その希望が今目の前まで来ている。その希望を壊すようなことをするなら、いくら大臣でも俺は許せない」
「ま。まてまて。何を言っているんだ? 守るため? 等価交換でこの封印をしたんじゃないのか?」
「等価交換?」
その言葉を聞いた瞬間、鬼の男はハッを鼻で笑い、再度シルフィードを見て歩みを止める。
――こんな厄災めいたやつを封印するために、王に等価交換のようなことをしたあの野郎が言う言葉だな。
――呪いに近いようなことを言って、俺に残して勝手な行動をしたあいつの口癖だ。
そう思いながら男は言う。視線はディドルイレスに向けず、シルフィードを見たまま。
「そうだ。等価交換だ。あまりにもつり合いが悪い等価交換だと思う。自分の命と引き換えにしてこの国を救った。お前のような輩ばかりの国を救うために、あいつは命を懸けた。俺たちのこれからを王に託して、自分は英雄になった気でいる。本当に独りよがりだ」
男の言葉を聞きながらディドルイレスは思う。
――等価交換?
――国を救うり代わりに、否………人柱になる代わりに見返りをということではないのか?
――何がどうなっている? まさか………まさかと思うが………!
――そこまで日和っていたのか? アダム・ドラグーン………!!
自国の王がここまで日和主義者だったことに、驚きと同時に呆れと怒りが込み上げてくるディドルイレス。
自分が組み立てた仮説が間違っていたことにも衝撃だったが、まさか不釣り合いと言える様な等価交換を行ってこんなことをしていたことにも驚きだ。
何が王だ。
何が『英知の永王』だ………! 日和の弱者じゃないか!
心の中で思いながら怒りを蓄積していくディドルイレスを横目に、鬼の男はシルフィードを見ていた視線をディドルイレスに向けて、再度歩みを進めて氷の刀や刃を作っていく。
パキパキなる氷の音を聞き、ディドルイレスは上ずる悲鳴を上げながらしりもちをついているy像体で後ずさるが、すぐそこに壁あがあったせいで逃げることができず、壁に視線を移し、すぐに鬼の男に視線を向けて手を向け、『まて』と何度も、何度も懇願するが、鬼の男は止まらない。
ゆっくり、ゆっくり歩みを進めながら男は言う。
気のせいか、周りの空気が低くなった気がするのは、気のせいなのか………?
「『独りよがりかもしれない。叶わないということも理解しているが、私の命一つで世界が救われれば、それはそれで名誉あることだろう?』とぬかして『私は、平和と鬼族の架け橋になりたい』とか言って、『縛』を使った。馬鹿な親父だったよ。本当に」
――親父………。そうか!
ディドルイレスは気づく。シルフィードを封印しているそれは鬼族に伝わる呪法だと。
鬼の一族に伝わる封印――『縛』
『縛』は鬼族に代々伝わる呪法なのだが、その封印に必要なのは、一人の鬼の命が必要らしい。
一つの封印に一人の命を使う。
まさに人柱。
合点がいった。
シルフィードを封印しているこれは『縛』で、人柱になった鬼族の魔祖が『縛』に影響を及ぼし、いい方向に広がってしまった。
――『縛』を使ったのか………! それなら辻褄も合うし、この余波にも話がつく。
――『縛』は生贄となった鬼族の力に反映される。その反映された力がシルフィードの力を抑え、弱らせ、ドラグーン王の封印と重ねた結果、シルフィードを抑えることができた。
――この余波はおまけなのだろうが、それもいい方向に反映され、シルフィードは活動することができなくなっていた。ということか………!
『風』の力を持つシルフィードにとって、『氷』の魔祖は弱点。
その弱点を突かれたことによりこの二重封印は、まさに永遠の牢獄。
――鬼族の『縛』と、王位継承具『永劫ナル氷菓剣』の封印がここまで相性がいいとは思わなかった!
――ならこの封印を解くために必要なことは………!
ディドルイレスは考える。
考えて考えて、周りを見て考える
実際――『縛』と一緒に封印を解くほど『永劫ナル氷菓剣』は性能が良くない。否――スペックがない。
『永劫ナル氷菓剣』を使って解けるものは、『永劫ナル氷菓剣』が作り出した封印だけ。
『永劫ナル氷菓剣』を使っても、『縛』の封印を解くことは不可能。
もともと違う封印を二重にしてかけているのだ。
鍵穴にあうものを入れないと開かないのと同じように、同じものを不委員を解くカギにしないとほどくことなど不可能なのだ。
ディドルイレスはどこに突破口がある? どこかにあるはずだと思いながら鬼族の男の進行を止めるために、現在進行形で『まて』と言いながら止めようとしているが、男は止まらない。どんどん歩みを進めて、出来上がった刀に手を伸ばそうとしている。
伸ばし、吹き上がる風をディドルイレスにぶつけ、祖風の強さが感情の強さを表しているかのように、鬼族の男は魔祖を高める。
高めて、凍っていくそれを見せつける。
見せつけられているディドルイレスは凍っていく水を見て、冷たい風によって急速に冷えていく空間を肌で感じながら思った。
――なぜ、あの男の周りに風がまとわりついている?
――この空間は確かに氷の魔祖と風の魔祖が混じり合っている。そのおかげで遠くの場所から冷たい空気が舞い上がっていた。
――だが、それはシルフィードの『風』と『縛』と『永劫ナル氷菓剣』の『氷』の力だ。
――しかし、この男は自分の鬼の力を使って、角に集約された魔祖を使って氷の剣と刃を作って………。
と思った瞬間、ディドルイレスは気づく。
気づいて、鬼の男のことを………否、鬼の男の角を見て理解した。
そう――鬼族は角に魔祖が集約し、それを力として放つことができる一族。
自然界の魔祖を使うことができる数少ない一族であり、今はその角が金目的に集めている者たちによって絶滅しかけている。
角の価値が金だけしか見ていない人であればそれだけだが、ディドルイレスは違った。
目の前で氷の刀を振るう鬼の男を見て、ディドルイレスは気づいた。気づいてしまった。
――あいつの角は三本。
――鬼の一族は角一本しかない種族。そしてその角一本に魔祖が集約している。何年も、何十年も、何百年も前から鬼の角は一本だったが、まれに二本角が生まれたりする。それは一本に一つの魔祖しか入っていない状態が変質した結果。混ざり合った結果――異例が生まれてしまった結果と言われている。
――火の魔祖と水の魔祖を持った鬼族が子を成した時、この鬼の魔祖はたいてい火か水だが、混ざり合い変質すれば熱湯の魔祖か、水蒸気の魔祖を持った鬼が生まれる。
――それを考えれば、この鬼が持つ角は三本。つまり三つの魔祖を持っているということになる。
ディドルイレスは考える。考えて、周りを見て――鬼の男が一体どんな魔祖を持っているのか考える。
ゆっくり、ゆっくり歩みを進めている男のことを踏まえて、早めに考えを巡らせる。
――あの時この男が作り出したのは氷。氷はわかる。そしてそれを形成するために固体に変えていたということは、水の魔祖。あと一つは………この男がまとっている風。
――つまり。この鬼の小僧が持っている魔祖は、氷と水、そして風。
――風は氷が混ざりあって冷たい風となっているようだ。それなら合点がいくし、操作している氷の刃や刀も頷ける。
ディドルイレスが考えている間も、鬼の男の歩みは止まらない。どころか氷で作った刀を振るい、刃となっていたそれを空いている手の指に挟めて手裏剣のように持っている。
攻撃する一歩手前の光景を見て、ディドルイレスは尻餅をついた体制を解き、屈んで立ち上がる体制になりながら考える。
老体の体では早く動くことはできない。できないが――できることがある。
それを頭に入れて、ディドルイレスは狙いを定めた。
――とすれば、あいつが持っている魔祖が込められている角を、シルフィードに差し出せば………、魔祖を与えれば、シルフィードも力を取り戻し、復活するのではないか?
今は氷の魔祖による封印のせいで動けないが、シルフィードが司る『風』の魔祖を供給すれば、どうにかなるのではないか?
ディドルイレスはそう思い、思い立ったら即行動の勢いで、賭けに出た。
鬼の男が行動する前に、重い体を動かし、一生懸命――若い時のように素早くはないが、自分なりの素早い動きで男に襲いかかる。
まるで竜とは思えない獣のように口を開け、牙をむき出しにし、爪を立ててディドルイレスは鬼の男に襲い掛かる。
「――!?」
突然の襲い掛かりに驚いた鬼の男は、指の間に挟めていた氷の刃を手裏剣のように投げ、ディドルイレスの体に傷をつけようとした。
した。が――
ぶわりと、ディドルイレスを守るように強い風が氷の刃の軌道を変えてしまう。
まっすぐだったそれが斜め下に向かって落ちていき、地面に突き刺さる光景を見た鬼の男は、驚きの顔のまま迫りくるディドルイレスに氷の刃を突き立てようとしたが、それも意外な邪魔のせいで一瞬遅れてしまう。
鬼の顔に降りかかるように、強い向かい風が襲い掛かってきたのだ。
視界を遮るように、目を急速に乾かすように襲い掛かる風。それを受けた男はうなり声をあげて目を一瞬つぶってしまう。
目をつぶり、ディドルイレスの進行を許してしまったと同時に、ディドルイレスの思いっきり手を伸ばし、鬼の男の、額から出ている角を力強く掴んだあと、そのまま勢いをつけて前に押し――
――べきり!!




