PLAY152 封印された『八神』⑤
「やっと………! やっと………! やっと私の悲願が成就される! やっとここまでこれたのだ! やった………! やったぞっ!」
目の前で氷の檻に閉じ込められているシルフィードを見ながら歓喜に打ち震えているディドルイレス。
まるで風を妖精の姿にしたような、幼い顔を持った姿。しかも人間の数百倍大きなその存在を氷の卵の中に閉じ込められている姿を見て、恐れるどころか喜びを体で表現している光景は――異質だろう。
異常と言ってもおかしくない。
そんなディドルイレスの声など聞こえてないシルフィードは死んだように目をつぶって寝ている。寝ているかのように黙っているシルフィードを見て、ディドルイレスは心の中で『やはりな』と思いながら己の手の中にある剣を見つめる。
もともとはドラグーン王が持っていた代物であり、王位継承具という『氷』の魔祖を宿している『永劫ナル氷菓剣』を見ながらディドルイレスは思った。
――自然界の魔祖はそれぞれ苦手な魔祖と特異な魔祖がある。火は水に弱いが氷に強い。水は火に強いが雷に弱い。雷は水に強いが土に弱い。土は雷に強いが風に弱い。
――これは八大魔祖の力の循環と言われているが、光と闇はお互いを相殺しあい、共存しあっている。厳密にいうと光と闇以外の六大魔祖の循環と言われている。
――シルフィードは『風』の八神。
――風は土に強いが氷か弱い。
――つまり、ドラグーン王が持っていた王位継承具は、万が一封印するとき有効な『氷』の魔祖を宿している『永劫ナル氷菓剣』を持っていた。
「………やはり、万が一封印できるようにそれぞれの王は『八神』が苦手とする魔祖の武器を持っていた。仮説を立てずともわかっていたことだが、まさかここまでの力だとは思ってもみなかった」
ディドルイレスは言う。
たった一つの武器だけで、『終焉の瘴気』に侵されている『八神』を封印している光景を見て、自分が持っている王位継承具はとてつもない力なのではないか? と思ったが、ディドルイレスは思った。
――いや、違う。
ディドルイレスは王位継承具の力がすごいという仮説をすぐに切り捨て、白い雪の空間の中で考えるしぐさをしながら思った。
――いくら王位継承具の力がすごいといえど、空間内を一面雪の世界にするのは、おかしくないか? あまりにも範囲が広すぎる気がする。
ディドルイレスは思い出していた。
あの時――この場所にたどり着く前から感じていた冷気を。下に向かうにつれてどんどん寒くなり、白い雪が積もっていく光景を思い出しながらディドルイレスは思った。
――確かに王位継承具の封印の力はすごい。なにせ神である『八神』を、暴走している『八神』を封印するために作られたのだから。
――だが、それでもこの規模は異常だ。
――私自身その現場にいたわけではないが、ここまで広範囲の規模まで封印の余波が来るものなのか?
――いいや、それはあり得ない。
――封印は封印だ。封じるためだけに作られたのであれば、規模は最小限にしないといけない。だがこの封印は最小限ではない。むしろ無理やり範囲を広げているかのようだ。
「封印したが、『八神』の力を見誤っていた? だから範囲を広げた? いいやそうじゃないな」
ディドルイレスは考える。
考えていることが声に出てしまうほど考えに集中し、自分の世界に閉じこもるようにいろんな感覚をいったん遮断して考えを巡らせる。
不必要な味覚と嗅覚を除いた視覚と触覚以外の聴覚を遮断して。
音をなくした状態でディドルイレスは考える。
この封印は何かがおかしい。何かが変だ。その疑問を解消するために考えて――
「広範囲に及ぶ封印。本来の封印は最小限の規模が前提だ。封印に力を入れすぎて自然界に影響を及ぼすのであればそれも問題になる。封印は最小限の規模で、自然界や世界に影響を及ぼさない程度にしないといけないが………、この空間内はそれを超えている」
――越えなければいけないくらいシルフィードの封印が危うかったのか?
――だが、この王位継承具にそれほどの力があるのか? と聞かれてもわからない。わからないが、きっとこれほどの規模はないだろう。
――魔法は魔力を持たない者にとってすれば喉から手が出るほど欲しい力だが………、自然界の魔祖を使えるものは数多くない。
――使える者は魔王族くらいだ。聖霊族と死霊族、鬼族は例外だが………。
「…………待てよ? 鬼族?」
ふと、ディドルイレスは思った。
そういえばというふと思い出したことだが、ディドルイレスは今思い出したことを頭の中に再度叩き込むように整理する。
――鬼族も使い方は違うが、自然界の魔祖を使う。
――自然界の魔祖を使う魔法は高等な技術に等しい。だか魔力がない者たちは聖霊族の『瘴輝石』を使って炎や水の魔法を使う。
――しかし鬼族は違う。角に集約されている魔祖はほとんどが自然界の魔祖。
――その魔祖を使って攻撃や防御に使うこともできれば、陽動など多彩な戦い方をする。
――一人の鬼族に一つの角。その角には膨大な魔祖が込められているせいで狙われているが、今思うと、こう考えればこれほど広範囲の封印の余波が出ていることにも頷ける。
ディドルイレスは仮説を立証するために考えをまとめる。
これが正しければ、もしかしたら………。そんな恐ろしい想像をしながら、今目の前で封印されておとなしくなっているシルフィードを見上げながら………。
「もしかすると………、普通にシルフィードを封印するとなれば大丈夫だったが、予想外に威力がすごいシルフィードに対抗するために、重ねがけをして封印をした………?」
それなら合点がいく。
ディドルイレスは考え、さらに考えを巡らせてシルフィードの封印の範囲の広さを紐解いていく。
もしこれが証明であれば、正解であれば………悲願成就どころの話ではないかもしれない。その憶測を肥大させながら。
――ドラグーン王は鬼族に対して温厚な立場だった。
――ほかの重鎮たちの意見を突っぱねるほど、鬼族のことを考えていた。
――ただ魔祖を使うことができるだけの異端に、あそこまで手をかけるとは思っていたが、もし、もしその恩恵に対価があるとしたら? 王国側から頭を下げないといけないくらいの条件を提示し、その提案に鬼族が賛成したとすれば? 対価に見合った条件が今の状況なら?
――それなら………、それなら合点がいく。
――つまり、この『氷』の魔祖はシルフィードの力が異常だったから! その異常を見て王は鬼族の力を借りた! 交換条件として今の状況を作り上げた!
「………なんと傲慢な一族だ。だから根絶やしにされた方がよかったんだ」
仮説を立てたディドルイレスはシルフィードを見上げて舌打ちをこぼし、小さな声で黒い感情を零す。
実際、これが正解なのかはディドルイレス自身わからない。わからないが、これしかこの異常な封印の余波は考えられない。
王位継承具『永劫ナル氷菓剣』の力がここまでではないことを想定すれば、これしか考えが浮かばない。
風はどの世界にもある自然の力。
人のためにもなれば、人の脅威にもなり、救いにもなる。
そんな風の力を持っている『神』であれば、さらに言えば『終焉の瘴気』のせいで力が増幅していたなら、王位継承具だけで封印するのは困難かもしれない。
苦肉の策………。否、苦渋の決断として、鬼族の力を借りた。
ドラグーン王は鬼族の力を借りて『氷』の魔祖の力を増幅させ、『風』の魔祖を持つシルフィードの力を弱めて封印した。
これなら辻褄が合う。
内情に関しては憶測にすぎないが、それしかこの状況に説明がつかない。
この大きな封印の余波は鬼族の力が合わさった結果だ。そうディドルイレスは結論付け、再度シルフィードを見上げ、王位継承具『永劫ナル氷菓剣』を見つめて小さく零す。
小さく………、不安混じるその言葉を。
「これだけではだめだ」
それは、悲願成就を邪魔する弊害を理解した言葉。
このまま普通に封印を解いてもだめだと理解したディドルイレスはシルフィードを見上げて言う。
誰に聞かせるわけでもない。ただの独り言として、自分に言い聞かせるようにディドルイレスは言った。
「このまま封印を解いたとしても、『氷』の魔祖の力がでかすぎて、動くどころか凍った状態で目を覚まさない可能性が高い………!」
余波が空間内から漏れ出ていたのだ。よほどの力を込めて封印したのだろ。
しかし、それが今となっては弊害となってしまっている。
ドラグーン王からすればいい結果かもしれないが、ディドルイレスからすれば有難迷惑な話だ。
「封印を解いたとしても、この魔祖のせいでシルフィードが力を発揮できない………! どうすれば………、どうすれば………!」
頭を抱えてしまいそうになるくらい考えを絞り出そうとするディドルイレス。だがどんなに考えても考えが浮かばない。魔力を持っていればの話だが、あいにくディドルイレスは魔力を持っていない。
この世界で魔力を持っているものは『魔女』と魔王族と悪魔族。例外として聖霊族と死霊族。そして――異国の冒険者と鬼族。
「『魔女』は八大魔祖の力を持っていない。魔王族や悪魔族は無理だ。聖霊族の『瘴輝石』もこんなところに都合よくあるわけない。残るは…………、冒険者をさらって『風』の魔法を出させるか………、王が使ったことを踏襲して鬼族を………、いやそれでは時間がない! 今しかないんだ! 今しか」
このままでは悲願どころか計画が台無しになってしまう。一刻も早く何とかしないとと思いながら頭を抱えたとき――背後から雪を踏みつける音が聞こえ、その音を聞いた瞬間振り向いたディドルイレスの目に映ったそれは、ディドルイレスに牙を向けていた。
直進の跳躍とともに、貫手を作った状態でその矛をディドルイレスの目に向けて繰り出そうとしていた。
青と水色、そして白の三つの角を生やし、青と水色が混ざっているかのような髪の毛が肩まであり、顔を隠せるほど前髪が長い男性は後ろで一つにゆるく縛った――鬼の男が。




