PLAY152 封印された『八神』②
「ちょ………⁉」
あまりに突然、いいや――これはこうなるかもしれない想定をしてなかった自分の汚点だ。
そうフルフィドは思いながら目の前に迫り、顔面に一本の切込み跡を残そうとしている槍の攻撃を頭を伏せるという形で避ける。
人間がよくやる反射神経の一つで、一つの王道の避け方。
横に避けても攻撃が当たるかもしれない。後ろに避けるという芸当はフルフィドにはできない。ましてやその攻撃をかわすために攻撃を与えるという芸当もできないので、王道に、かつやりやすい行動として伏せることを選択した。
「………っ!」
頭を下げると同時に頭のてっぺんを掠る何か。掠った後で冷たい空気が一気に入り込むような感覚。それを感じたフルフィドは全身の血の気が引くのを感じた。
感じて、自分に特攻してきた人物を見上げて、フルフィドはすぐに行動した。
「こ………のぉ!」
伏せるだけという行動派一般人という名の戦うことをしない人のやり方。
自分は戦うことができる。その術を持っている。持っているからフルフィドは次の行動として、自分の上を通り過ぎようとしている蜥蜴の亜人に向けて黒い煙をお見舞いしようと矛先を向ける。
掃除機のノズルと同じそれを蜥蜴人の胴体に向け、それを一直線に、上に向けて一気に噴射しようとした。
した………のではなく、しようとした。
そう。しようとしたのだが、その前に蜥蜴の亜人が行動したのだ。突き出した槍を持ち替え、それを地面に深く突き刺した後、それを軸にまっすぐだったその特攻を百八十度回転して軌道を変えたのだ。
体のひねりを駆使し、まるでフィギュアスケート選手のジャンプのようにくるりと空中で回り、そのままフルフィドの背後に回って着地する亜人。
すとっと着地の反動を和らげるようにかがんだ状態で。フルフィドのことを殴れる距離に着地して。
「なにぃ⁉」
当たり前に見えるかもしれないこの行動。しかしフルフィドの目から見ても軌道を変えることはとても困難なのだ。
刀の軌道を変えることも困難で、見た限りは簡単に見えるがそうではない。勢いをつけてしまった軌道を変えるという行為となればそれ以上に難しくなる。だがそれを流すように軌道を修正した亜人はそのまま流れるようにフルフィドの背後を取り、そして――
「――っふ!」
持っていた槍をそのまま横に薙ぐ。
大剣を振るうように槍を薙いだ亜人は、フルフィドの首を切るように勢いをつけ、そして切っ先をフルフィドに向けた。
「うっ! ひぃっ!」
突然の行動に、常人以上戦士未満のフルフィドは思わず頭を抱えてまた伏せてしまう。今度は情けない声を出して。
もともと接近戦の戦いが苦手なフルフィドは、ラランフィーナよりも戦えない幹部であり、近い距離でこのような行動をされてしまえば、自分の身を守ることを優先してしまう。
本来彼は護衛のためにディドルイレスと一緒にいたのだ。毒ガスや科学的薬物を使って攻撃することを得意とする彼にとって、今回の敵はあまりにも不向きだった。
だから頭を伏せて自分を守ることを優先する。
優先して、それを避けることに精一杯で、彼は聞こえてなかったのだ。
背後からくる更なる足音に。
避けたフルフィドを見て亜人の青年はフルフィドに向けて――ではなく、フルフィドの背後を見て一言。
「――今だ!」
と叫ぶと、それを聞いて走っていた複数人がフルフィドの頭上を飛び越えて、亜人の横に降り立つと、そのまままっすぐ、下に向かって駆け降りる。
それを見ていないフルフィドはいったい何が起きているのか理解できていなかった。理解したのは――亜人の仲間だと思われる闇森人と人魚族の魔人、そして青髪の天族と………。
「っ⁉ 武神⁉」
そう、このアズールにおいて最強の名を持つ鬼士『地獄の武神』『最強の鬼神』の二つ名を持つ『12鬼士』、ヘルナイトがいたのだから。
(まさか………! ここまで来ていたとは………!)
フルフィドは狼狽する。心の中はまさに大荒れだ。
無理もない話だが、こんな神殿にまさかの人物――『12鬼士』の団長がいて、『六芒星』の元幹部ガザドラ、オグトを倒し (ガザドラは倒していないが『六芒星』の間では倒されたことになっている)、『八神』の浄化を担っていることも聞かされているのだ。
しかも、あの時いた天族の少女を横抱きにして駆け降りているのだ。
(あの時気絶していた少女。まさかと思っていましたが………、やはりあの女が『浄化』の要! その存在を通してしまった………! 一生の不覚です!)
フルフィドの後悔は肥大するばかり。
どころかこの状況において最も通してはいけない存在を通してしまったのだ。後悔のほかに何を抱くのだろう。
抱いて、畜生と思いながらなんとかしようとするのも、人間だ。
フルフィドもそれに当てはまる。当てはまるから――
「………! こんのぉ………! 通しません!」
そう言いながらフルフィドはガスの銃口を後方にいるヘルナイトたちに向ける。いつの間にか亜人の男も奥に向かって走ってしまっている。それを見てさらに後悔と怒りが膨張し、すぐにでも銃口のスイッチを入れようと指を動かした時――
「そうはさせん」
背後から聞こえた声。
その声は亜人の男ではなく、老人の声。
なぜこんなところに老人が? そう思ってしまうと同時に背後に感じる先ほどよりは小さい殺気を感じ、フルフィドは背後を見るために振り向き、同時に持っていたガスの銃口を――金属でできているその場所を盾のように持って後ろを見る。
見て――先ほどと同じように表れる刃。
今度は槍ではない。剣のような………、しかし両刃の武器ではない細長いもの。しかも白銀の金属が目に入る。
入って、これはまずいと思った瞬間、フルフィドはガスの銃口を使わずまた伏せて攻撃を避ける。
頭上で何かがかすめるような、空気を切る音が耳に入る。同時に何かが横切るような音も聞こえてすぐに顔を上げたフルフィドの目に入ったのは――剣ではない武器を天に掲げるように構え、振り下ろそうとしている老人の姿だった。
老人とは思わない引き締まった筋肉、そして鋭い眼光。
「何なのですか………! あなたは………!」
狼狽ながら言うフルフィドはガスの銃口を老人に向けて、そのままスイッチを押そうとした。指がスイッチに触れる、その瞬間――
――しゃりん。
何か音がした。
その音を聞いてフルフィドは「へ?」となんとも間の抜けた声を出して音がしたガスの銃口を見る。見て、言葉を失ってしまった。
なんとガスを噴射する銃口がなくなってしまった――否、切られてしまったのだ。
斜めに切られ、役目を強制的に壊されてしまった銃口の先が、地面に落ちて金属特有の音を奏でる。
その音を聞きながらフルフィドは言葉を失い、同時に悟ってしまう。
これは、完全に詰んでいると。
こんな場所に、自分だけが護衛に来ることは間違いだった。もっと戦力があればよかった。もっと相手の力を警戒していれば、こうならなかったと。
そう脳内で後悔してしまう。
「我々はお前たちを殺さん」
老人は言う。よろけるような声ではない。はっきりとした――勇ましい声で彼は言った。
銃口を見下ろし、言葉を失っているフルフィドに向けて、刀を下した状態で語る。
「殺しをしてしまえば、何も得られないのだ。だからすまないが、ここで儂と一緒に立ち往生してくれんかな?」
安心しろ、武器を向けるほど邪道ではない。
そういう男の言葉は、偽りを感じさせない音色だった。
聞いてわかってしまう。この男は強いが殺意はあの一瞬だけ。今はそんな殺気はなっていない。それをわかってしまったフルフィドは銃口に目を落としていたが、それを手放し、ぶらつくそれを見ようとしないまま老人に視線を向けた。
「あなたは………、あの時フェーリディアンにいた」
「ああ覚えておるよ。『一応オブラートに包んでおいたのですが、はっきり言った方がわかりやすいですね? あなたは意外と頭がお固いことを知りました』と、儂等に対して発言したことも覚えておる」
「………ずいぶん昔に言ったような気がします。それだけ状況が変わっているのでしょうかね?」
「さぁな。だがお前さんが放ったあの煙、思わず吸って体中がしびれたぞ? はんながわしのことを『異常回復』しなければこうは動けん」
「…………………………」
絶望的な言葉を言う。
そうフルフィドは心の中で苦々しく思ってしまう。
自分の中でも傑作といえるようなその毒霧を受けたのに、それをただの回復要因の手によって打ち消されてしまった。
傑作がただの凡作になってしまった瞬間。同時に――あの時非力だと思っていた小娘が、ここまでの力を持っていることを知ってしまった。
「………だからか、『浄化』に選ばれたということか」
「ん? 何か言ったかな?」
「いいえ………何も言っていません。ただ、あなたたちがすごい奴らであることはわかりました」
「そこまですごくない。ほかの者たちと同じだ」
なんて厭味ったらしい謙遜だ。
そう言いながら頬を掻く老人のことをにらみつけたかったが、それはできないと判断したフルフィド。にらんだ瞬間何をされるかわからないと思ったが故の自衛。
無言のままフルフィドは膝をつき、正座をしてフルフィドは老人に言う。
これ以上のことはしない。それを示すように両手を軽く上げて――
「訂正します。『一応オブラートに包んでおいたのですが、はっきり言った方がわかりやすいですね? あなたは意外と頭がお固いことを知りました』が、どうやら柔軟な思考もお持ちのようで、一枚とられました」
「………そう言ってもらえるだけで良しとしよう。相手がよかったな。ここで儂が止める役でなければ、きっと死んでいたぞ?」
「なんとなく、察しています」
あなたは強いが、優しいですね。
そう言って、フルフィドは武器を手放す。背に背負っていたそれを降ろし、それを遠くにおいて再度老人の前に座って手を挙げる。
自分は何も持っていません。無防備ですということを示して。
そんなフルフィドを見て老人は頷き、剣を収めてその場で胡坐をかく。
かいて、フルフィドのことを見て老人はこう言った。
「挨拶が遅れてしまった。儂は虎次郎。ここに封印されし『八神』を止める者たちと同行している『ばらでぃん』だ」
以後、よろしくお見知りおきを。
この場に似合わない挨拶をした老人――コジロウはフルフィドに手を差し伸べる。
差し伸べられたそれを見たフルフィドは一瞬驚いた顔をしたまま固まってしまう。固まり、いったい何が目的なのかと思ってしまう感情を押し殺しながら、フルフィドは言う。
差し伸べられた手を見たまま、防護服越しに呆れながら――
「なぜ、敵に握手を求めるのでしょうか?」
意味が分かりません。
◆ ◆
フルフィド対『武神』とその仲間。
フルフィドの戦意喪失。




