PLAY152 封印された『八神』①
洞窟内の奥から吹き上がるそれは、優しくも牙をむいているような風。
風は人の心に寄り添うように、突き放すように、包み込むように………、傷つけるように吹き上がる。
優しい風も、向かい風も、冷たい風も暖かい風も、強い風も――人に影響を及ぼす。
今フルフィドたちが感じている風は、その中に属さない何か。
優しい風なのに、どこかとげとげしいような、黒いそれを感じてしまうような風。
その風を感じながらディドルイレスは笑みを浮かべながらゆっくりとした足取りで前へ前へと足を進めている。
このまま進めば、『風』のシルフィードにたどり着けると。
その腰に携えているドラグーン王から奪った氷の剣を握りしめ、歩みを進めながらディドルイレスは言う。
「もう少し、もう少しなんだ………! あと少しで、私は、この国の………、王に、なるんだ!」
今までずっと、その願いを胸に動いてきたのだ。動いてきたからこそここまで来た高揚感。そしてそのあと満たされるであろう達成感を想像しているに違いない。
歩みながら涙を浮かべる姿を見て、フルフィドは呆れた溜息を吐いて――
(どこまでお花畑なのでしょうか)
と思い、呆れはしたものの、任務を遂行しなければいけない意思を優先して歩みを下へ、下へと進めていく。
下りながらフルフィドは頭を抱え、やれやれと心の中で呟きながらディドルイレスのことを、彼の背中を見る。
(脳内環境がお花畑なのは良しとします。そんな人がいてもおかしくないです。よく言えば夢見がちで努力家であるという言葉が正しいのでしょうが………ディドルイレス様は、大臣殿は違います)
(彼はボロボの王になるために息を切らして行動している。ですがその行動を国民のために使うべきだと私は考えます)
(祖国の国王も国のために、民のために尽力なさっていた。民が喜ぶ顔こそ、民が幸せであることが、国にとって、王にとって最高の宝物だからだと。そう言っていました)
(その笑顔はまぶしく、眩く感じてしまうくらいまっすぐで明るいものでしたが、ディドルイレス大臣が求めているものに、民の喜びなど一切ない)
(私利私欲。自分さえよければそれでいい)
(まるであの砂の国の愚王と同じだ)
(我が国を滅ぼした輩と同じ。こんな奴が王になるなど、考えたくもない)
脳内に呼び起される祖国を焼き尽くす炎。そして阿鼻叫喚。
王と王妃が殺される瞬間。最後に聞こえた――下種の高笑い。
全部が思い出したくない記憶であり、フィリクス――否、今はロゼロの無残な姿を思い出すだけで、心臓が締め付けられる。思わずこみあげてくる記憶を消したい声がこぼれてしまう。
頭を抱えてしまうくらい、拒絶したい記憶。消したい記憶を思い出してしまうフルフィド。思わず声を出して気持ちを爆発しようとする感情を抑え、二、三回ゆっくり呼吸をして気持ちを整える。
息を吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
吸って………、吐いて………。
防護服越しで行っていることもあり、その声が漏れることはない。ないが、フルフィドは己の手を見て呆れるような笑みをこぼす。
自分の手なのに、震えていることにも気づいていなかったことに呆れ、小さな声で彼はつぶやく。
何をしているんだ。そう思いながら………。
「私は………、このままでよろしいのでしょうか」
「あぁ? なんか言ったか………⁉」
小さくつぶやいたはずの声をなぜか拾ってしまったディドルイレス。
息を荒くしながら振り返るその顔を見て、もういつ倒れてもおかしくないような顔をしているその顔を見て、フルフィドは思った。
(あぁ。やはりこの男も、あの下衆と同じだ)
と――
そう思い、思わず重ねてしまうその姿を忌々しく、見つめないように細心の注意を払い、平静を装いながらフルフィドは答える。
「いいえ何も言っていません。先に進みましょう。時間も惜しいのですから」
「あ ああ………そうだな!」
いたって平静に答えたこともあり、ディドルイレスは何も言わず再度前を向いて歩みを進めていく。先ほどまで柔らかかった風も、今は少しだけ強く向かい風になっている。
少しずつだが、封印されている場所に近づいていることを示している。
それに気づいたフルフィドはディドルイレスの後をゆっくりと、歩きながら追いかける。
本当にあの愚王似ている。そう思いながらフルフィドは思う。
(フィリクス様、私は本当に、この男の護衛をしてよろしいのでしょうか?)
(私は、私はあなたのご命令とあらば従います。あなたは私の主。私はあなたの従僕です)
(今までもそうでした。私はあなたの命令に従います。あなたの望むことであれば、絶対に逆らいません)
(逆らいませんが………この命令は、どうなのでしょうか………?)
今までもそうだった。ロゼロの命令は絶対。自分が最も従おうと思った人だから。唯一無二の存在で、失いたくない人だから。だから従ってきた。
どんな命令にも従い、疑問なん手持たなかったのに、それが揺らいでいる。
この命令は、本当に従っていいのか?
本当に従って、その先に未来は明るいのか?
そんな思いが込み上げてきて、しまいには足を止めてしまう。
止めて、風を受けながらフルフィドは思う。
否………、彼は思ったことを、言葉にしてしまう。
「フィリクス様、私は今………、あなたの言葉に疑問を抱いています」
どうして、あの男のことを守らないといけないのでしょうか?
あの下衆と同じ存在を、命を懸けて守る理由が――どこにあるのでしょうか?
純粋に思った言葉。
それは言葉となって、風に乗って消えていく。
誰もに聞かれていないフルフィドの本音は、そのまま彼の後ろを通り、そのまま外に向かって吹き上がる。
背後にいる彼らの耳にそれが届くこともなく、その言葉はフルフィドだけにしか聞こえない幻の言葉になった。
「………こんなことを言っても、なにも………、?」
いっても無駄なこと。わかっているからこそ呆れた溜息を吐いてかぶりを振るフルフィド。
振って、任務に集中しようとしたその時、何かを感じた。
その気配は背後から、背後から何かを感じたフルフィドは視線を後ろに向けず、そのままの状態で背中に背負っている機械の吸引部を掴む。
掃除機の口のように円柱になっているそれを銃を持つように構えて、もう一度気配を感じる。
(やはり、気配は背後から感じる)
(まさか………フィリクス様がここまで?)
(いいえ違いますね。これは………百パーセントの確率で)
そう思った瞬間、フルフィドの背後から電撃のようにほとばしる黒い何か。それがフルフィドの全身を刃で突き刺すように襲い掛かってきたのだ。
「――っっ!!」
なにもされていないのに感じたそれは、フルフィドの全身に寒気を帯びさせ、思わず足がすくんでしまうような恐怖を植え付ける。
このまま尻もちをついてしまうそれを、何とか踏ん張り、任務遂行のためにフルフィドはその場で踵を返して、背中の機械の装置のボタンを押し、その矛先を――背後に向けて放った。
掃除機の口のようなそれから出てきたのは――黒い煙。
その煙は向かい風になっているおかげもあり、フルフィドの黒い煙の速度を速めることになり、急加速で入り口に向かって飛んでいく。
背中の機械から熱が生じ、今もなお出し続けているフルフィドは強張る息を整えながら思う。
(あれは、殺気ですね)
(誰だか知りませんが、あんな悍ましい殺気を放って、私を戦意喪失させるつもりだったのでしょうけど、そうはいきません)
(いくら迷いがあれど、『はい負けました。どうぞ』と道を譲るほど、私はよくできていません。できていないから私は妨害するのです)
「なめないでください………。私も一応、戦えます」
ぐっと握りながら言うフルフィド。
疑問があったとしても、任務は任務。
私情を挟んではいけない。今は任務に集中しないといけない。
そう思いながらフルフィドは機械の力を酷使して黒い煙を放出し続ける。
し続け、背後にいる者たちが倒れたるのをじっと待つ。
まだ殺気は消えていない。まだ駄目だ。まだ放出し続けないといけないと思いながらフルフィドは放出している機械の口を持ち直す。
まだ消えてないそれを感じて、いえるその時を待ちながらフルフィドは待ち続ける。
幸い――風が力になっている。この風を使ってどんどん煙を放出し続けよう。そうすれば、近いうちに全員倒れる。
(この黒い煙は改良を加えた全身神経毒霧。ひとたび呼吸すればすぐに全身を突き刺すようなしびれが彼らを襲い、そして動けなくなる。ほかの輩どもを使って実験しましたので、即効性や効果は折り紙付き。私が作った毒霧の中でも傑作に入る)
(呼吸をするものであれば、だれでもかかってしまう毒霧)
(呼吸した瞬間終わり。終わり………なのに、なぜなのでしょか?)
自分が作った毒霧の効能を疑っているわけではない。信じてないわけではないのだが、フルフィドの感情の雲行きはくすんだ曇りのまま。
どころかどんどん怪しくなるそれを感じながらフルフィドは思っていた。感じていた。
雲行きがどんどん怪しくなる原因は、背後から感じた殺気のせい。その殺気のせいで彼は放ったのだ。
自分の傑作ともいえる毒霧を放ち、呼吸して倒れると思っていたそれを放っても、消えないのだ。
放っても放っても消えない殺気。
それを感じ、まさか効いていないのかという不安を抱きつつあるフルフィド。
こんなに長く放ってしまったら、いずれ煙もなくなってしまう。
そうなればこっちの手駒がなくなるという更なる不安を抱いてしまったが、フルフィドはかぶりを振ってそんなことはないと自分を正当化する。
実験でも確信している。ちゃんと実証されている。
確証もあるのに、そんなことありえない。そう思いながら再度視線を前に向けた瞬間――
「は」
フルフィドは声を出してしまう。
呆けた声を出して、放っていたそれを手放しそうになってしまったが、それを何とか持ちこたえて再度握りしめる。
握りしめ、目の前に現れた存在を見て、言葉を失う。
理由は簡単だ。
何せ――目の前に蜥蜴人のしっぽをはやした人間交じり………亜人の青年がフルフィドの目の前に現れて、手に持っていたであろう槍の切っ先をフルフィドに向けていたのだから。




