PLAY151 悪魔の心、抉れる④
それぞれの戦いが終わり、『風獣の神殿』内の内戦も佳境に入っていたその頃。
ロゼロ、ラージェンラ、ラランフィーナ、アシバとは別行動をしていたフルフィドとディドルイレスは、『風獣の神殿』の最深部に向かっていた。
最深部――否、『八神』が一体にして『風』のシルフィードを封印しているその場所に、ディドルイレスとフルフィドは向かっている。入り組んだ内部の構造に翻弄されながらも、二人は何とか最深部に続く場所に向かって足を進めている。
進めているというよりも、場所から場所へと転移しては戻って、また転移して惑ってを繰り返しているだけ。それだけなのだが、それでも労力を使う。体力も減る。
減るから………、最深部に着いた頃には、簡潔に言うとヘロヘロになっていた。
「ふぅ………、ふぅ………、ふぅ………」
「大臣様。ここまで休まずに来ましたが大丈夫ですか? そろそろ休まないと………お体に障ります」
「だ、黙れ………! 私は、大丈夫だ………!」
足が生まれたばかりの小鹿のように小刻みに揺れ、肺に入れる空気の量も少なくなっていく中、ディドルイレスは醜態を晒しながら壁伝いに歩いている。
その後ろを歩いているのはフルフィドだが、彼は酸素ボンベをつけているおかげであまり息は上がっていない。否、疲れていないの方がいいだろう。
普段から戦いに明け暮れている者と、そうでない者の差がここで浮き彫りになってしまっている。悲しい真実だが、そんなこと今はどうでもいい。
ディドルイレス自身も、そんなことわかっているから彼等を護衛として、用心棒として雇っているのだ。
自分一人ではここに来れないことは分かっている。わかっているから――強い人物を雇い、野望を完遂するために、必要な事なのだ。
用心棒も、シルフィードも。
「私はな………、他の種族とは違う! 私は………竜人族なのだ! お前のように、虫のように群がる人間族ではない………! わかるか? 貴様のような存在に………、心配されるほど落ちぶれていない………! そもそもお前達のことを隠して私はお前達を雇った………! 雇ったからこそ、報酬に見合った成果を出してくれ………!」
ディドルイレスの言葉を聞いて、フルフィドは黙る。
黙ったままディドルイレスの息が上がった背中を見つめ、肩で息をする光景を見降ろして――
「分かりました。このまま進むのですね。承知しました」
淡々とした口調で伝えるフルフィド。その声色には強弱などない。怒りも悲しみも一切ない声色。よく聞けば一瞬恐ろしく感じてしまうかもしれないが、ディドルイレスはフルフィドの言葉を聞いて鼻で笑い――「分かればいいんだ」と言いながらゆっくりと最深部に向かって歩みを進める。
ゆっくりと、がくがく揺れる足を酷使しながら壁に手を突いて歩みを進めるディドルイレスを見て、フルフィドは内心、溜息を吐いて思ってしまう。
――こんな役割、本当はしたくなかった。
正直な思い。
正直にフルフィドは思っていた。
本当はディドルイレス用心棒なんてやりたくない。命令だから仕方なくやっているが、それでもやりたくない方が大きい。もっともやりたかったこと――エリックの………ロゼロの傍で護衛をしたかった。
普段と変わらない。今までと変わらない護衛をしたかった。
そうフルフィドは思っていた。こんな老いぼれの竜人族ではなく、主のために戦いたかったと、そう思いながらフルフィドは歩みを進める。
薄暗く、長い洞窟内に足を踏み入れ、足音を立てて歩み進めると足音が反響して鼓膜を大きく揺らし、普段とは違う何かに僅かな好奇心が疼く。
疼くが、それだけ。
それだけの音を聞きながらフルフィドは再度ディドルイレスの背中を見る。
相も変わらず、息を荒くしながら下へ、下へと歩みを進めている。ぜぇぜぇ息を立てながら歩くその光景はまさに老人だ。
ここに来るまでの間、一度も休んでいない。休んでいない所為もあるのかもしれないが、息のあれ具合は少し違和感を覚える。
そう思ったフルフィドは洞窟内を見渡し、自分が装着している酸素が出る機械――現実世界で言うところの酸素マスクを指でなぞりながら理解した。
――ああ、そうでした。私は酸素マスクをつけているから苦しくない。逆にラージェンラ様や大臣殿は、アイテムを使って酸素を維持しているんでしたね。時間が制限されているアイテムでしたが、もうそろそろ時間なのでしょう………。
フルフィドが言っているアイテムと言うのは――ハンナ達が使っているアイテムと同じで、このボロボにいる『空気』を操る魔女の血液とボロボの医療技術で作り上げた薬なのだ。空気を凝縮した薬の名は『空気凝縮薬』
持続時間は三時間半。
空気が最も薄い『風獣の神殿』内では必要不可欠のアイテムだ。
時間制限などなければすごいアイテムなのだが、そんなものがあればこんな状況に苦など存在しない。むしろ――一生空気を持続させることなど、不可能であることは分かっていた。
――空気が薄い空間の中で強制的に空気を持続させる行為は、まさに我がマキシファトゥマ王国では到底できない技術。
――できるとすれば空気を取り込んだ機械の中に入って操縦することしかできないが、生憎ここは人一人が入れる様な空間。
――そこまで巨大な空間などない。むしろそんな大人数を乗せてこの神殿内を歩いてしまえば、落ちることは確実。即死です。
――技術では到底できないようなことを魔法と言う力と研究によって生み出したボロボの技術は凄まじい。
――たった三時間半でも、この空気が薄い世界を歩くことができるのだから。
そう思いながらフルフィドはゆっくり、ゆっくりと歩みを進めるディドルイレスの後を追いながら思う。
今は亡き祖国マキシファトゥマ王国では到底できなかった空気の維持を実現させたボロボ技術。その技術があれば、どれだけの人を救うことができるのか、どれだけ世界に貢献できるのか。
その技術の使い方を、我々にも教えてほしかった。
本当に、同盟でも組んでいれば………。
あの時、バトラヴィア帝国の襲撃がなければ、運命は変わっていたのか………?
もう帰ることができない事実を考え、変わることができない、想像の未来を考えながらフルフィドは思う。
もっと、別の未来があればよかったと。そう思った時、下から涼しい風が優しく吹きあがる。
「!」
洞窟の岩の隙間を縫うようにそれは吹き抜け、服を掠め、撫でながら、風が彼等の体をすり抜ける。
その風を防護服越しから感じたフルフィドは、驚きながら足元を見つめ、同時にそれを感じていたディドルイレスは、荒い息を整えながらくつくつと喉を鳴らして言う。
小さく、緩く描かれていた笑みを鋭く、鋭利にとがらせて………。
「もうすぐだ………! もうすぐ、この先にいる!」
「もうすぐ………。と言うことは」
ディドルイレスの言葉を聞いてフルフィドは息を呑んで自分の足元………否――下へと続く道を見ながら言うと、ディドルイレスはフルフィドの言葉を汲み取り、「そうだ! そうだそうだ!」と興奮冷め止まない声と荒い息遣いをした状態で言う。
洞窟の先を――下へと続くその世界を指さしながら………。
「この先にいるんだ! 封印されたシルフィードが!」
ディドルイレスの言葉が多い割るや否や、優しかった風が突然牙を剥き、彼等を吹き飛ばさん勢いで立ち向かう。
向かい風。
否――突風だ。
目元を覆わないと渇いてしまうくらいの風速と巻き込まれていく砂。それを受けながらディドルイレスの醜い笑いを上げ、防護服越しにその光景を見ていたフルフィドは困惑しながら風が舞う世界を見つめる。
封印されて、まだ到着していないのに、この風の力。
このままでは吹き飛ばされてしまうだろう。
なにより自然の力の一部を力任せに使っているような危うさもある。
「風は、力があればあるほど爪痕を残す」
ぽつりと、フルフィドは呟く。
自然界の中でもトップクラスの災害の力を持つ『風』の力。
その片鱗を目の当たりにし、本当に操ることができるのかと疑問を抱きながら、フルフィドはそれを受け続ける。ディドルイレスの醜い笑いを耳に、背後から聞こえているであろうそれに気づかないまま、彼は思う。
この風は――まだ牙を剥いていないと。




