PLAY150 悪魔、暴走④
勢いよく引き抜かれたそれを掴んだ状態で、悪魔族のショーマは視線をデュランからアシバに変えて――持っていたそれを逆手に持ってデュランの拘束から抜け出した。
拘束から抜け出したと言っても、首根っこを掴まれているので、その掴まれている服を斬っただけ。斬っただけだがそれを行うのと行わないのとでは行動の判断が違う。
即座にそれをしなかったら、別の未来が見えていたかもしれない。
しかしその未来はいとも簡単に消え去り、ショーマは服を斬り裂き、ボロボロの服のままデュランの肩に足を乗せたかと思った瞬間――その場で跳躍したのだ。
低い跳躍で、速度が速い跳躍を。
「――っ!」
「あ?」
驚くデュランは頭の無いそれで振り向き、迫り来る悪魔族のショーマのことを見て『何が起きている』と言わんばかりの顔をするアシバ。
迫って来る悪魔族のショーマのことを見たまま逃げることも、隠れもしなかったアシバは、この時何も理解していなかったのだろう。
この悪魔族のショーマが、あのショーマではないことを。
そして真っ直ぐすぎる思考もねじ曲がっていることも理解していなかったに違いない。
だから反応が少し遅れた。
悪魔族のショーマの背中から出ている六本の内の二本がアシバの足に向かって伸びて、刺突を繰り出そうとしていたのだ。
一気に、空気を裂くような音を出してそれは伸びて、それを見たアシバは反応してその場から転がるように横に避けた。
避けて、当たるか当たらないかのところでなんとか回避できたアシバ。来ていた服に大きな穴が開いてしまったが、体に傷は一つもついていない。
その穴が裂ける音を聞きながらアシバは避けた後転がり、同時に聞こえた破壊音を聞きながらすぐに立ち上がろうと地面に手を付ける。
転がったままでは危ない事は分かっている。
戦いの世界で立ち上がらないでいることは命取りになることはもう常識だ。
常識だからアシバは転がりながらもすぐに立ち上がろうと手を地面につけ、立ち膝になって土煙が立ち込めるその場所を見る。
底はさっきまで自分がいた場所。
そして――悪魔族のショーマがぶつかった場所。
「っは! 真っ直ぐ突進てか? そんなことしても無駄だっての! 馬鹿の一つ覚えのように真っ直ぐ立ち向かうなんてお前ぐらいだ! 馬鹿が!」
パラパラと石の破片が落散る音を聞きながらアシバは笑いながら叫ぶ。
デュランはその光景を見て言葉を失っている。否――心配の面持ちでその場所を見つめている。
そんなデュランの………ENPCの行動を見てアシバは内心舌打ちを零しながら呆れのそれを心の中で零す。
――なんだ? あのコンピューター野郎。なに人間みてーに心配してんだよ。
――お前は所詮データなんだ。心配する素振りなんてどこまで人間の真似をすれば気が済むんだ? 欠伸が出そうなくらいあほくせぇ。
――まぁ、そうインプットされてんなら、それでいいけどな。
――どの道、これでお前を殺すからな。
そう思いながらアシバは残ったかぎ爪を研ぎ澄ませる。
指と指同士で擦り合わせ、爪を研ぐようにそれを鳴らしながらアシバは立ち上がる。
土煙の中にいるであろうショーマに最悪の一撃を与えてやる。その後であのENPCをぶっ壊す。負けた屈辱を取り戻すために。
そう意気込んでアシバは五指の内四本のかぎ爪に力を入れて、一歩前に足を踏み出す。
「俺が装備している『マッドドック』で体が………、あ?」
と言ったところで、アシバの足に違和感が生まれる。
些細どころの話ではない。大きな違和感と、そこだけ無くなってしまったような、喪失感。
それを感じたと同時に、アシバは思った。痛みよりも先に疑問が出てしまい、その疑問に集中することで痛みを和らげていたのだ。
意味があるのかと聞かれれば、意味がないと言われてもおかしくないが、それでもアシバは疑問に集中することにした。喪失感となり、感覚も無くなってしまった足を気にする暇もないまま――そのまま膝から崩れ落ちながらアシバは思った。
――あれ? マッドドッグって、体中が痺れるはずだった。その痺れと共に体力も無くなるはずだった。なのに、なんであいつは動いているんだ?
アシバは思う。
どうして? どうしてなんだ? そう思いながらアシバは地面に手を突き、考える姿勢を崩さないまま続けて思う。
――あいつは、俺の『マッドドック』を受けた瞬間、動けなくなっていた。ちゃんと効果もあった。聞いていたはずなのに、なんで動けるんだ?
――頭に突き刺さっていた。毒が入っているそれが頭に刺さったのに、どうして動ける?
疑問が膨れ上がる。失ってしまった片足がバングルに表示されてもなお、彼は動くことができずにいた。否――足がないから動けない。動けないから逃げることなどできない。
もう――遅い。
――おいおい。マジか?
アシバは思った。今まさに目の前にいる悪魔族のショーマの怒りの形相を目の当たりにし、本当に自分のことを殺そうとしている彼のことを見て、アシバは悟った。
――俺は、死ぬのか?
片足が無くなり、目の前に迫るのは――大きな大きな口。
まるでサメの口の中を見ているかのような大きな口を見てしまい、それが自分を覆ってしまうほど大きく開かれていることに気付いた時には遅く、あと少しで胴体と下半身と言う境界線ができる。
死ぬと思ったその時………。
――ざしゅっ!
『――がぁっ!』
「!」
突然ショーマの肩を抉る槍の刃。
それが肩を貫通した瞬間、悪魔族のショーマは痛みを訴えるような声を出して一瞬噛む行動を止める。止めたと同時に背後にいたデュランはショーマの肩を掴み、そのまま首根っこを掴み上げて後方に向けて勢いをつけた投げを繰り出した。
「うぅぅううおおおおおおおおおおっっ!」
ぐるぅんっと、横回転を加える砲丸投げのように、ショーマをアシバから引きはがした。
引きはがされ、飛ばされた悪魔族のショーマはそのまま岩の壁に向かって飛んで行き、大きな音と共に激突して地面に突っ伏する。突っ伏したと同時に岩の壁が崩れ、崩れたそれはショーマの上に落ちてショーマを下敷きにしていく。
がらがら音を立てて落ちていく光景を見ていたアシバは、茫然としながらその光景を見て、自分を助けてくれたENPCのことを見上げる。
定まっていない瞳孔が朧気だがENPCのデュランを捉えると、アシバは先ほどの短い出来事を思い出して目を見開いて行く。
――こいつ、俺のことを助けた?
目を見開いて、やっと思考が良好になった時、第一に思ったことは――混乱だった。
なぜこいつが自分のことを助けたのか。
どうして何の得もない自分を助けたのか。理解できない。
理解できないままデュランのことを見上げると、デュランはアシバのことを見ずに一言――
「いけ」
と言った。
はっきりとしたその人ことを聞いて、アシバは「あ?」と疑問を抱く声を出したが、その言葉の返答をすることなく、デュランは荒げる声でアシバに向けて言った。
「早く行けと言っているんだ! ここはもう安全じゃない! おまえがいなくなれば、狙いは我だけになる! 早くここから離れろっ!」
「あ、あぁ? 何言って」
「いいから早く行けと言っているんだ! ああなってしまったショーマ相手に、守りながら戦えるか正直わからないんだ! 本当なら、ショーマの自我があれば声をかけて止めたいが、それが出来なければ戦うしかない。そうなるとお前は邪魔なんだ! 今すぐどこか遠くに行ってくれ!」
頼む。
そうデュランはアシバのことを見ずに言うが、その行動を見て、言葉を聞いたアシバは、心の底から怒りが込み上げていた。
デュランの言う事はアシバのことを思っての言葉だ。
ひどい言葉に聞こえるが、犠牲を出したくないデュランの心境を察すれば、それも不器用な優しさと思えば可愛いものだ。
だが、アシバはそれを優しさと捉えなかった。
とらえた意味を――彼は間違えてしまったのだ。
「なんだと………? 邪魔だからどこか行け? つまり、あんな馬鹿相手でも負けるって言いたいのか? 俺があの馬鹿よりも弱いって言いたいのか? 馬鹿にするなっ! 俺は秘密兵器があるんだよ! 歯にも! 指にも! そして『ドラッカー』の所属を使えばあんな奴イチコロだ! 一撃で殺せる!」
「待て………! 我はそう言っていない! あいつは今危ないんだ。あの時のショーマではない。別のショーマのような存在だ。そんな存在に勝てると思っている時点で危ないんだ! 危険だから離れてくれと言っているのに」
どうしてそうなるのかわからない。
デュランはアシバの言葉に困惑しながら振り向かずに言うと、アシバは鼻で笑い、無くなった足を見て驚きながらもアシバの顔には強気のそれが残っている。その顔を晒しながらアシバは言う。
関係ない。
そう言わんばかりの気持ちを露にして――
「分かんねぇのはお前の方だ。ENPCのくせに人間みてーに言葉を発しやがって、機械なら機械らしく、従順なおもちゃのままでいろっ! 俺はまだ」
と言った時、デュランは背後に殺気を感じ、その殺気が悪魔族のショーマが放っているものと理解した瞬間、槍を強く握りしめ、大きく薙ぐように槍を振るう。
振るい、ショーマの脇腹に当たると同時に、それをもう一度、遠くに投げるように振るい回すと、その威力に負けて悪魔族のショーマはまた吹き飛ばされてしまった。
今度は少しだけ遠くに吹き飛び、遠くにあったのであろう――岩か壁に当たる音がした後、デュランはアシバの方に向き直り、槍を持っていない手でアシバの首元に、手刀を落とす。
とすん、と軽く叩く音がアシバの首元に衝撃として伝わり、そのままアシバは目を上に向けて、白目をむいたまま倒れ込む。
「気絶だ。死んでない」
安心しろ。
それだけ言い、デュランはアシバを岩の柱の影になるように隠す。
抱えて、そのまま体を丸めて隠すという簡単なものだが、これなら少しの間は見つからないとデュランは思い、遠くからくる何かの音を聞いてまた槍を構えて迎え撃つ体制を整える。
整えて、来るであろうショーマの姿が見えた瞬間、デュランは人馬の足を前に出し、地面を蹴り上げて駆け出す。
倒すのではない。止める。
それだけを胸に。




