PLAY150 悪魔、暴走③
今のショーマは危うい。
厳密には危うい状況になってしまった。の方が正しい。
悪魔族ならばもっと注意深く見ておけばよかった。悪魔族のくせに全然悪魔族らしくないショーマに油断していた。
『12鬼士』として弛んでいた。これは自分の責任だ。
デュランは思った。自分の行いを、怠慢を責めていた。
らしくないからと言って警戒を解くなんて甘い考えだった。異国から来た存在で、らしくないといえど悪魔族は悪魔族。
その考え自体がダメだった。
――情けない話だ。こんな初歩の初歩を怠るなど………、あってはならなかった。
馬の蹄を鳴らしながら駆けるデュラン。
頭がない体だがちゃんと頭という概念はある。あるからこそ考えることができる。できるからーー後悔していた。
――後悔しても仕切れないが、今は後悔している時間はない。
――この時間でできることは山ほどある。それを後悔に費やすな。
――費やす暇があるなら、目の前で起きていることを解決に導け。
「それが、今の我にできることだ」
駆け出しながらデュランは言う。今できることをする。後悔はいつでもできるし、これが終わってから反省することだってできる。
最も駄目なことは、できることをしないで後悔し続け、反省してしまうことだ。
できることがあるのにそれをしないという行為は、戦いの世界ではもっともしてはいけないこと。戦えるなら、戦う。動けるなら動く。
それで何かが少しだけ変わるのだ。
その少しだけでもいい。欲を言えば――ショーマの暴走を止めることができれば満点の花丸だ。
デュランはそう思い、駆け出して音の中心地点に向かう。
破壊音はどんどん大きくなっていく。大きくなると同時にアシバの苦痛の声と、色んな岩が飛んできては岩の壁にぶつかり、大小の穴を開けていく。
まるで大きな獣が暴れているような光景。
いいや――相手は悪魔族。
悪魔族の本当の姿なんて誰も見たことがない。デュランでさえも『大罪』の悪魔族の本当の姿を見たのは二人だけ。
『憤怒』の大罪――ベル・エクスタァと最古の悪魔族であり『怠惰』大罪――ベル・ヴェルフェだけだ。
他の悪魔族は人の皮を被っている状態で、あれが本当なのか偽りなのかはわからない。わからないが、デュランはショーマは人であることを祈りながら音の中心部に足を踏み入れる。
人の姿であれば、まだ自我を持っているという事。
もしそれが――悪魔の姿であれば………。
そう思い、足を踏み入れ、小さな小さな希望に縋った状態で中心部を見た瞬間――
「…………………………」
デュランの周りの空気が、より一層重くなった。
重力と言うなの物理の者ではなく、空気的に重くなり、破壊音の中心にいたそれを見て、デュランは息を呑む。呑んで――一言。
「………くそったれ」
と、鬼士らしくない言葉を零した。
彼の無い目に広がる光景――それは、地獄の様な光景だった。
無残に破壊された石の柱や壁、所々に穴が開いて光が差し込んでいるが冷たい空気も入り込んで心地いい空間ではない。その空間の中心で遠くで倒れている人物を見ながら背中を丸めて見つめている何かがいた。
黒い人の姿。その背から出ているいくつもの爪の様な――蜘蛛の足の様なものが黒い人の背から六つも出ていた。関節を外すような音を出しながら、それは周りにある岩の柱や周りの岩を突き刺しては壊し、突き刺さったそれを倒れている人物に向けて投げようとしていた。
砲丸投げの要領ではない。あれは――投擲。
投擲しようとしている光景を見て、デュランは止まっていた思考をすぐに稼働させ、即座に黒い人物の目の前に回り、槍を振るう体制に構える。
構えて――動きを止めようとしたデュランだった。
倒れている人物はアシバで間違いない。今の彼は気絶しているのか、倒れたまま動かない。動かないからこそ、殺してはいけない。これではただの甚振りと同じだ。
そう思ったデュランは黒い人物を止めようと目の前に現れ、攻撃しようと――したが、できなかった。
横に薙ぐだけなのに、それができない。否――できるわけない。
できない………!
そう思ったデュランの目の前に移っているのは――黒い人物の顔。
見覚えがありすぎるその顔には、怒りのそれしか浮かび上がっていないが、見ただけで分かってしまった。わかってしまったからできなかった。
その顔は――ショーマだったから。
ショーマが、悪魔族が被っていた人の皮を剥いでしまった姿。
それは今の黒い姿なのだと――デュランは理解し、同時に、思っていたことが言葉に出てしまった。
「なぜだ………、なぜお前のような正義感溢れる奴が、こんな堕ち方をするっ!? こんな堕ち方をして、お前はそれでいいのかっ!? それで………、倒すことができればそれでいいのかっ!?」
必死の訴えを掛けながら、デュランはショーマの攻撃を阻止するように背中から出ている六つの節足のそれを切り裂く。
切れ味抜群のそれを受け、黒いそれはいとも簡単に切断されてしまう。黒いそれでできていたおかげでショーマは無傷。そして切れてしまったそれらは黒い霧となり、そのまま――ショーマに戻っていく。
まるで砂の体を持った人間が一部を取り戻すような光景だ。
斬れてしまったその場所に黒い霧は集まり、次第に形を取り戻し、元の姿に戻る。
ばきりと、節足の足から聞こえるそれは関節を外す時の音に近いのかもしれない。その音を出しながらショーマは………悪魔族のショーマは黒い節足のそれを一気にデュランに向けて伸ばす。
槍の一突きを繰り出すように、それを六つ一気に!
「――っ!?」
一気に来たそれを見たデュランは驚きはしたが、それでも攻撃――ではなく、防御を止めることなく槍を片手で自在に回し、その回しを駆使して節足のそれらを切り刻む。
器用に回す槍を使い、縦横無尽と言ってもおかしくない規則性のない六つの節足の動きを読みつつ、倒れているアシバに届かないように切り刻みを何度も行う。
何度も、何度も、何度も――
斬って、元に戻り、斬って、元に戻り、斬って、元に戻りを繰り返し、その攻防を繰り返しながらデュランは悪魔族のショーマに訴え続ける。
悪魔族のショーマではなく、ショーマに届くように――
「聞こえているんだろうショーマ! お前はそれでいいのか? お前はこんな力に呑まれていいのか!?」
脳裏によみがえるツグミと和気藹々と話すショーマの姿。
「お前とツグミのことは話だけだが聞いている! 聞いているが、お前は正義感が人一倍強い事は分かっている! 人一倍正義感が強く、そして――親友を大事にしている、仲間想いのやつだ! 悪魔族には滅多にいない存在だ!」
新しく加わった時のコウガ、むぃと一緒になって話すショーマの姿。
「お前が、お前達が親友のことを聞いた時も、お前は言っていただろうっ? 連れ戻すと! 絶対に仲が良かったあの時に戻れるようにすると! その目に、憎しみなんてなかった! 真っ直ぐな目で、正しい方法で連れ戻そうとしていたんだろう!?」
ハンナからメグのことを聞いて驚愕している二人と、その後思いつめるように考えているショーマとツグミの姿。
「お前なりにどうしたらいいのか模索していたことも、それに葛藤していたことも分かっている! お前なりにどうすればいいのか長い時間考えていたんだろう!? それを無駄にしていいのか!?」
ボロボについてから宿屋で休んでいる時も、外の世界を見ながら何かを考えているショーマの姿。
「目の前にいる奴が憎いのか? 親友の人生を壊し、人格を歪めてしまったこいつが憎いのは分かる! わかるが、お前はこんなこと望んでする奴じゃない! いい加減目を覚まして、頭を冷やして考えろっ! こいつを倒しても、こいつをその手で殺しても、残るのは何だと思う?」
そしてこの作戦が決まり、アシバの話を聞いていたショーマの――憎むものを見るその目を思い出した時、デュランは六つすべての節足のそれを切り刻み、何もなくなった悪魔族のショーマに向かって駆け出す。
蹄の音が響き、地面を抉るくらい速度を上げてデュランは手を伸ばす。
槍を持っている手ではない。何も持っていない手を悪魔族のショーマに伸ばし、そのまま首元の服を掴み上げると、デュランは悪魔族のショーマに向けて言う。
お前はそれでいいのか?
それをショーマに訴えて。
「ただの後悔だけだ! 戦場の後悔は命とりだが、お前がしていることは――一生後戻りできない。一生来る住み続ける呪いだ! それを抱えてもいいくらいこいつはお前にとって怨敵なのかっ!?」
デュランは悪魔族のショーマに言う。
一生の後悔を背負ってもいいのか?
こんなやつの所為で、お前の心が壊れてしまうんだぞ?
それを訴えながらデュランは続ける。
背後で起き上がりかけている存在に気付かないまま――デュランは続ける。
「少しは考えろ――単細胞がっ!!」
目を覚ませ!!
そう言おうとした瞬間、デュランの肩をかすめる何か。
それを感じた瞬間、デュランは何が来たのか驚いたが、それと同時にショーマの眉間に突き刺さるそれ。深く、深く突き刺さったそれを聞いた時、デュランは振り向こうとしていた行動を止めてしまうが、その行動でさえも止める出来事が、デュランの背後で起きた。
「何が………、なにが、『それを抱えてもいいくらいこいつはお前にとって怨敵なのか』だぁ………!? ふざけるんじゃねぇぞENPCがぁ………!」
アシバが起きていたのだ。
そして、己の武器でもあるかぎ爪の一本をショーマに投げていた。その態勢でアシバは頭を押さえ、出血するその箇所を押さえながら怒りの眼を向けている。
もうHPは少ないが、その前に倒す。
否――殺す。
その意志が顔で丸わかりと言わんばかりの眼。
アシバの声を聞いて、殺気立つ声を聞いて思ったのは、この言葉だけ。
まずい。
その言葉が心の中で放たれた瞬間、悪魔族のショーマの顔が更に黒くなっていく。どんどん、煤がこびりつくようなそれを、二人は見ていない。
気付かれないまま、悪魔族のショーマの顔が更に暗闇になっていき………。
眉間に刺さっていたそれを、勢いよく引っこ抜いた。




