PLAY150 悪魔、暴走①
「なん………だ? あれ………」
その頃、アシバとショーマの戦闘を見ていたツグミは、ショーマの姿を見て唖然とした言葉を零してしまった。
アシバが使っているチートツールの所為で思う様に体が動かないが、言葉だけは何とか発することができるようになった。
痺れも時間経過でよくなるものだったのかはわからない。
だがもっとわからないことが起きている。
それが――ショーマの変化だった。
背中から黒い翼を生やし、額には小さな紫の角。顔や体に彫られていたアバターの刺青は模様を変え、悍ましい形へと変わっている。
何もかもが違うその姿を見て、ついさっきまで見ていたショーマとは違う何かを見て、親友で幼馴染のツグミでも言葉を失ってしまう姿だった。
雰囲気は同じだ。でも――
ツグミは思う。
あれは、何かが違うと。
ショーマだがショーマではない何かが隠れているような………。
「ど、どう表現すれば、いいのかわからないけど………、あれは、ショーマ、だよね?」
体もだんだんと言うことを聞くようになり、起き上がり、座る状態になることができたツグミは近くで未だに倒れているコウガに聞く。
コウガは現在進行形でうつ伏せになっており、頭だけでその光景を見ていたが、辛そうな顔をしているが、ショーマの姿を見て一言。
「だ、ろうが………。って、言いてー、けど………なんだ?」
肯定からの疑問。
この言葉から分かる通り、コウガも理解できていない様子で、且つツグミが抱いている疑問を、コウガも抱いていたのだ。
いつものショーマは単純で頭の回転が悪いが、誰よりも真っ直ぐでどんなに傷つけられても立ち上がる様な、悪魔族なのに悪魔とは思えない――真っ直ぐすぎる少年。
それが崩れてしまいそうな姿が、今のショーマ。
姿だけが変わっているのならそれでいいが、もし、中身も変わっているのなら………。
そんな不安がツグミとコウガに重く、何かに憑りつかれたかのようにのしかかって来る。
今必死になって、動けない自分達の代わりに戦っているショーマはショーマだ。だが何かが違う。そう感じてしまうのは、思考までおかしくなってしまったのか?
そう思ってしまうくらい違和感があったのだ。
「コウガさんも、そう言うん………ですね。僕も、同じ………です」
あれは――ショーマだよね?
不安が混じるその言葉は、ツグミが滅多に言わない。口で発しない音色だった。
力がないその声を聞いてコウガは何も言わない。否――言葉を発する力がないから温存しているだけで、実際は言いたいことがたくさんあった。
本当にショーマなのか? それに的確な正解を言う自信はない。かといってあれをショーマではないと断言することもできなかった。
ショーマの面影はある。でも何かが違う。
そう思いながら二人はショーマのことを見ていた。
今まさに掴みかかろうとする構え。それを見ていたアシバは舌打ちを零し、少しでも離れようと、少しでも考える時間を作って攻撃の流れを組み立てようと足を動かした。
ざりっ。と、わずかだが足が動くと同時に靴底に転がっていたのか、小さな小さな砂利が音を出して存在を知らせる。
知らせを聞いたのはアシバと――ショーマ。
音が聞こえたその場所に視線を落とすアシバと、その音を聞いて………。
低い跳躍でアシバに急接近したする黒い何か。
「――っ!?」
それは一瞬だった。一瞬過ぎて理解が追い付かなかった。と言うよりも、瞼を閉じて開けた瞬間、もうそれはアシバの胴体に向かって突進し、ぶつかるまであと一センチの距離だった。
何が何だか理解できない。同時に自分の危機を察知したアシバはすぐに手に装備している『マッドドック』の力が付与されている爪を黒いそれに向ける。
向けて、背中に大きな風穴でも開ける勢いでそれを丸く、槍のように鋭く指を細めた。
貫手の形にして、攻撃しようとした時――黒いそれとアシバの眼が、かちあった。
かちあうと同時に、アシバの感情の奥底から吹きあがったのは――恐怖。
ブワリと全身の毛が逆立つようなそれは、アシバの心を、神力を大きく削ることになり、攻撃しようとしていた手も止まってしまうくらい、アシバは――恐怖してしまったのだ。
恐怖し、止まったと同時に来たのは………腹部の強い衝撃と胃に来る圧迫感。そして吐き気。激痛。
最初に出てきたのは吐き気。
ごぼっ! と口から零れ出る胃の内容物達はそのまま地面に向かって放物線を描きながら落ちていき、対照的に攻撃をした者とされた者はそのまま暗闇へと消えていく。
流れ星のように――と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は黒い何かがアシバの胴体に向けて頭突きを繰り出したことで一直線に飛んで行ってしまっただけのこと。
しかしそれだけでも威力は絶大。
単純な攻撃でも速度があれば、威力も跳ね上がる。
それを受けたアシバは衝突を受け、理解できないままショーマに掴まる。
顔を鷲掴みにされ、そのままボールを投げる要領で引っ張られたかと思ったが、同時に掴まれていた感触がなくなる。無くなったかと思えば体中に広がる衝撃と激痛の嵐。
どれも彼の体感からすれば追いつけない連続の感覚だが、頭では理解していた。理解していたから、ショーマの行動――否、ショーマの強さが格段に上がったことに驚きを隠せなかった。
「っ! ………痛ってぇ、痛ってぇなぁ………!」
地面に衝突し、広く、浅いクレーターの真ん中で仰向けになりながら頭を押さえるアシバ。
行動は単純だった。
そう思いながらアシバは痛みに耐えながら起き上がる。
――頭突きのあとで俺の顔を掴んで、そのまま石でも投げるように俺を投げて地面にたたきつけた。
――あの馬鹿が、あの似非正義野郎がこんなことをするとはな………。
――だけど、これは何度も受けたら身が持たない! 受けたら受けたで耐えられねぇ強さだ!
やっとの思いで起き上がり、流れる動作でバングルに視線を落とす。
バングルの赤の帯線は半分以下………三分の一しか残っておらず、数値を見ても千を切っていた。
それを見たアシバの鼓動が早くなる。
変な汗も吹きだし、衝撃で言葉が出ない。
その間にも、たたきつけた張本人はふらついた足取りだが、しっかりと地面に足をつけてアシバに近付いている。ゆっくりと、重い息を吐いて――
至極簡単なことだ。頭突きとたたきつけだけで体力がなくなった。それ以外にもHPが削られることはあったが、それでもまだ余裕があった。まだ赤い線がはっきりと、視界の端でも捉えることができるくらい長かったものが、一気に短くなった。
そう、一気にHPが削られたのは、ショーマに黒い翼と刺青、角が生えた後。
つまり………。
「一撃一撃が危ないってことか? それじゃ………全部避けて攻撃しろっていうのかよ………?」
震える口が放った言葉。
全部避けて、攻撃を与えろ。
言葉では簡単だが、それを行動で行えとなれば話は別だ。
自分の体が追い付くのかもわからないとか、そんな次元の話しじゃない。
今目の前には芦馬に近付いて来る黒い何か。
それの攻撃を一撃でも受けてしまえば、死ぬのだ。
厳密には死ぬことはない。ただ『デス・カウンター』が出て、一分後に強制ログアウト。そのあとは生き地獄。
「………回復薬の一つでも、買っておけばよかったか?」
後悔の言葉なのか、アシバは力ない声で呟くが、心の中でその言葉を即座に否定する。
――いいや、そんなものがあったとしても、その行動も妨害されちまう。蘇生薬も一人じゃ無理だし、詰んだってこう言うことを指すのか?
「っは」
半ば呆れる様な、諦めのそれを吐くように鼻で自分のことを笑ったアシバ。
そのままよろけながら立ち、左手の装備に目をやると、その手を徐に自分の口に伸ばし、その指先で犬歯を撫でる。
かりっ。
尖った犬歯を尖った爪で撫でたせいか、歯がほんの少しだけ削れる音が聞こえる。削れることは仕方がない事だ。
仕方がない事で、今のアシバはそのことすら気にする余裕がなかった。
なにせ――これから攻撃を受けずに避けて、且つ攻撃をするという無理難題の行いをするのだから。
できるかできないか?
そんなこと聞くこともできない。選択肢はイエスしかない。
できないんじゃない。できるかなではない。
やらないと――殺される。
今目の前にいる黒い悪魔に。
「マジもんの裏ラスボスってか………?」
鬼畜かよ。
そう呟いた瞬間、ショーマは駆け出す。
………否、もうショーマなのかもわからない。自我を持っているのかも疑問だ。そんな存在がアシバに向かって駆け出す。
地獄の使者の名にふさわしい姿で駆け出し、翼を羽ばたかせながら――
◆ ◆
遠くから大きな攻撃音――衝撃の音が聞こえ、その音を聞いていたツグミとコウガはお互いの顔を見合わせ、もう一度音がしたその場所を見つめる。
どうなっているのかはわからない。音しか拾えない世界で二人は生唾を飲み込む。
激しい音が聞こえる。
それが何回も聞こえるのだから、一体何がどうなっているのか気になるのと同時に、ショーマがどうなっているのかと言う不安にも駆られる。
先ほどの姿もあり、ショーマは一体どうなってしまったんだ?
そんな不安が二人の心に芽生えた時――
「やはり悪魔族の性なのか」
低い声で呟くデュラン。
その声を聞いたツグミは思考を一旦手放し、デュランがいるであろうその場所に視線を向けると、倒れ込んでいた状態が、嘘のように立ち上がっている姿を見せるデュラン。
体も震えていない。どころかそれすらなかったかのように音がしている場所を見つめる (顔はないが見ているに違いない)デュランに向けてツグミは驚きながら聞いた。
「デュラン! 体の痺れは、大丈夫なの………?」
ツグミの心配の声を聞いたデュランは「ああ」と言いながら自分の手を見降ろし、握ったり広げたりを繰り返しながら答えた。
「少し痺れは残っているが、動けない状態からは何とか脱したようだ。難しい動きは分からないが、通常の攻撃ならできるほどには回復した。治ってないがな」
「………マジで化け物だよ。魔王族は」
「つーか………『12鬼士』が異常なんじゃ、ねーの………?」
デュランの恐ろしい回復力に驚き、若干引いた顔をしながらデュランのことを見上げるツグミと、それを見上げていたコウガも目元を引き攣らせながら声を震わせる。
三人共同時に攻撃を受けたのだが、直りが最も遅いのはコウガらしく、それを見てツグミは内心………個人差があるのかな? と思っていると、デュランは二人の名前を呼び、次にこう言ってきた。
はっきりとした声で、残酷な言葉を二人に突きつけて。
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないぞ。体が動けるならすぐに臨戦態勢をとれ。ショーマが来たら、殺す気で挑め」
「あ………?」
「は?」
一体何を言っているんだ?
二人はそう思った。こことが一つになった嫌な瞬間でもあり、受け入れたくない言葉だった。
殺す気で挑め。
それは――殺せと言っているのと同じだから。
「なにいってるのさ。あいつを殺せって言いたいの………? いくらあの姿がやばいからって、殺すのはちょっと………」
「我は本気だ。本気で殺せと言っているんだ」
デュランの音色は本気だ。
冗談でも何でもない。嘘偽りのないその言葉を、残酷で簡単にわかってしまうその言葉をツグミとコウガに向けたのだ。
衝撃のあまりに目を見開いてしまうくらい、言葉を失ってしまうくらい二人は困惑してしまった。
同時に、どうしてなんだ? と言う疑問も出てしまう。
なぜ殺さないといけないのか。どうしてあんな姿になったショーマを、殺さないといけないのか?
疑問がどんどん湧き水の如く沸き上がる。
言葉にできない困惑も相まって、すべてがわからなくなる。呼吸もしずらい。
なぜ?
なぜ?
なぜ?
この二文字が頭の中で隙間なく湧き上がり、理解したくない気持ちとデュランに対して感情をぶつけたい本能。怒鳴っては駄目だという理性がぐちゃまぜに絡まっていく。
何もかもが絡まっている状態で、どうすればいいのかわからなくなっているツグミは、ただただ音が響いているその場所を見つめることしかできない。
コウガに至っては痺れがとれない。
そんな二人を頭がないその目で見降ろしたデュランは、呼吸を一回行う。
吸って、吐いて――という当たり前の動作をしながら、デュランはツグミ達に言う。
自分の記憶に残る………真っ直ぐな少年の姿を思い出しながら。
「『この世界の悪魔は皮を被っている』」
「「?」」
「教訓の様なものだ。悪い事をしたらダメだということを教える言葉に、こんな言葉があるんだ」
疑問を顔に出す二人を見ず、衝撃音が聞こえるその場所を見ながらデュランは続けた。
「『悪い事をするな。悪い事をすれば悪魔たちが仮面を捨てて攫いに来るぞ』」
「『悪魔族を怒らせたら、黒い黒い本当の悪魔族が跡形もなく食べてしまうぞ』」
そうだ――これがそうなんだ。
そうデュランは言い、最後にこう言った。
「あれは………、本当の悪魔の姿だ」




