PLAY149 片鱗④
「はぁ、はぁ、はぁ」
そのころ――むぃは一生懸命走っていた。
猫特有の走り方で、辺りを見渡しながらむぃは走っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息が切れる。もう喉も干からびているのかと思ってしまうくらい渇いている。あまりに渇きすぎてどこかの肉とくっついて、それが剥そうとするたびに微弱な痛覚が彼女の喉を襲う。
喉が渇いている時に起きている現象らしいが、それでもむぃは走ることを止めない。どころか周りを見渡しながら何かを探し、それを迅速に行っていたのだ。
「はぁ、はぁ。はぁ」
――早く………!
むぃは思う。
もう猫の手足に力が入らなくなってきているような………、肉球が傷ついているような感触を感じながら、止まるということをしないでむぃは走り続ける。
――早く、止めないといけない………!
あのチートは、最悪だ。
あのチートを止めるために、状況を打破するために、何か、道具か、武器を探さないと………!
何がいいかなんてわからない。だってチートと言うツールで、この世界だと形なんてない。
『詠唱』よりも厄介で、最悪の代物だ。
「は、早く……、早くなんとかしないと……!」
駆け出しながら辺りを見回し、まるで大きなホームセンター内をぐるぐる回りながら目的の代物を探す子供のように彼女は駆け出す。
真っ直ぐだけではない。曲がったり戻ったり、更にはUターンもして――だ。
ありとあらゆるところ。見落としがあるかもしれないところをくまなく探して。
虱潰しで探して。
むぃは、打開策になるものを探しに探していた。
正直――チートを使っている相手に何ができるかわからない。
チートが力になって作用しているのなら、チートを使っている人の方が有利になるのは当たり前だ。MMOでもVRMMOでもチートは存在している。
公式が出している大会ならば、チートツールを暴くこともできるが、こうなってしまったらどうなのだろうか?
VRの世界に閉じ込められている状況は、例外と言うものなのだろうか?
走りながら考えるむぃ。
考えて、考えて、少しずつ頭が痛くなり、次第にその痛みが増してきたところで考えることを止めた。
事例がない。そんなこと記憶している記録にない。
膨大な情報と言う記憶の中で探したが、事例はなかった。
事例がないからと言って、無理と決めつけるのは駄目だ。目の前で起きていることが現実でも、何とかしなければいけない。
「なんとか………! 何とかしないと! あいつを何とかしないと………!」
むぃは思い出す。あの時、空気が持続する薬を飲んでからどのくらい経過しているのかを思い出して。
「あと………一時間で、何とかしないと………!」
一時間。
長く感じる様な時間だが、戦いとなれば、探すとなれば短すぎる。
タイムリミットがあるからこそ早く探さないといけないから。
早く探して、みんなと合流するとなれば………、迅速な行動が必要だから。
◆ ◆
おさらいとして――今アシバが使い、ツグミ達を苦しめているチートツールのことについてもう一度説明しよう。
まず………『マッドドック』はRCが作ったものではない。
MMOチートツールと言うVRMMOが主流となった時代に於いて問題視されているもの。
勿論『マッドドック』以外にも色んなチートツールはあるが、殆ど廃棄され、制作した者達は悪事がばれて逮捕されている。
逮捕された人数は数えきれないほど。
現代よりも数倍になっているチートツール制作の逮捕者は、この時代でも年々増加の一途を辿り、犯罪件数の中でも上位に入りそうなくらいだ。
因みに言うが、この時代における犯罪件数ナンバーワンは殺人である。
話しを戻そう。
『マッドドック』の製作者の名前はウィリパム・セーバ。イギリスのプロゲーマーで、主にMMOの対戦格闘ゲームで上位にランクインするほどの強者だったが、年々衰える技術。次々と現れる実力者の登場により、彼のプロゲーマーの栄光が廃れるという降下に向かっていくことになった。
だがそれでも諦めきれなかったウィリパムは、とうとう悪魔に魂を売ってしまった。
勝つために、どんな手段も択ばない方法として――『マッドドック』を作ってしまった。
『マッドドック』は攻撃した人物に解毒不可能な毒を与えるという簡単だが恐ろしい効果を持っている。これを考え、作り上げたウィリパムは――何を考えていたのだろうか?
それは彼しか知らないことだが、知りたくない一面でもある。
『マッドドック』は一撃でも、掠ってHPが一減っただけでも付与でき、じわりじわりと体力を削り、最終的に残りのHPが十になった瞬間、急激な全身の激痛と幻覚、幻聴。最悪自害行為を行って、自ら命を絶つというバグを起こすことができる。
何故自ら命を絶つというバグを付与したのかも理解できない。
普通に毒を受けてHPがゼロになればそれでいいのではないか。
そんな疑問を持ったチート使用者もいたはずだ。
メリットがありすぎる反面――使用した者のメンタルを削る様なものだ。
前もって言っておくが、実際に死ぬのではなく、ゲーム上で命を絶とうとするのがこのチートツールだ。
対戦格闘ゲームに於いて接触は避けて通れないもの。
それを逆手に取り使用したのがこの『マッドドック』
しかもこれだけにとどまらず、そのバグで死ぬことはできない。HPは一分に一マイナスと言う速度で減り続け、十分間と言う地獄を味わうという拷問を加えた代物だった。
格闘系ゲームで使う代物ではない。
だがそれを使ったのがウィリパム。
何度でも言おう。何故この仕様したのかはわからない。
誰もウィリパムの心境を知る者はいないが、その分このチートツールに興味を引く者も多かったのも事実。
特にPVPができるMMOで使われることは多く、ログアウトもできない仕様と言う事もあって、使用者はとてつもない優越感に浸っていただろう。
同時に――受けてしまった物には更なる地獄が待っていた。
ツールを受けた対象はログアウトができないという謎仕様だったが、体力がゼロになったらもうそれも関係なく、やっとログアウトできる。
だがそのログアウト語が更なる地獄になってしまったのだ。
後遺症。同時にPTSDを発症するという最悪の事態。
『マッドドック』の攻撃を受けた者――総計二十六人が被害者になってしまったのだ。
これも製作者の手の内だったのか、想定の範囲内だったのか。それは後に判明するが、狭い世間の中でこの事態は大きな事態へと発展してしまい、全世界に知れ渡ってしまうという最悪の事件へと変貌を遂げることになる。
詳しい事件の詳細は幸田。
二十六人中十七名は社会人。中には新卒者もいたが全員PTSDを発症。
ふとしたことで自害行為を行ってしまい十七名の内十五名が自ら命を絶ってしまい、生き残った二名は現在もPTSDの治療を受けながら存命している。
引き込もりながら、あの時受けた苦痛と苦しみに立ち向かい、戦いながら、時には苦しみ、泣いて――戦い続けている。
この事件が大人の間で起きていたのであればこれで終わるはずだった。だがそれで終わらない理由があったのだ。
二十六人中九名の中に――学生がいたからだ。
しかも未成年。中には小学生もいた。
その九名もPTSDを発症し、歳を重ねていくうちに悪化、当時未成年だった九名全員、十五名と同じような末路を辿ってしまうという最悪の事態を招いた。
これは今の時代だけではない。VRの時代に於いて稀に見ない史上最悪のゲーム関連事件と言われ、『狂犬ゲーム事件』として名を残すことに。
この事態と事件を機に、全世界の政府はVRと言うゲームに年齢制限を設けることを制定。同時に未成年に対してのVR使用を固く禁じる政策を進め、今の時代を築き上げてきた。
最も――人類に於いてこれは歴史の一ページにも書き記すことはないものなのだが、ゲームをこよなく愛する者やゲームと言う世界を仕事にしている人物からすれば、この政策はいいやり方だというだろう。
そしてこの政策を設けると同時にチートツールを制作した者達、使用した者達には思い罰が下されることになったのは言うまでもない。
最悪の事件の首謀者――ウィリパムも逮捕され、彼は今世紀に於いて、『ゲーム関連』の死刑判決を受けた一人目となったことは、世間をほんの少しだけざわつかせた。
そもそも――なぜ彼がこんなものを作ったのか、なぜこのようなチートツールを作り、二十六人の人生を奪い、壊したのか。
ゲーム界隈をにぎわせた狂人・ウィリパムはこう答えた。
『僕だけで十分だから』
たったそれだけ。
自分だけで十分と言う言葉を聞いた誰もが、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
だが――彼の弁護をした弁護士、そして検事はこの時………、ウィリパムの狂気の底を一瞬見たと、当時のことを話していた。
裁判官も、傍観していた者達も皆、一瞬の理解不能から、すぐに理解した。
『僕だけで十分だから』
それは簡単な理由。
自分の栄光を、賞賛を自分だけのものにしたかったから。
年々増えていく新参の強者の所為で、昔浴びていた脚光が遠のく恐怖を感じたウィリパムは、それを取り戻すために、そして二度と新参者が出ないように、そして脚光を浴びていた新参者にも苦しみを与えるために、彼は造ったのだ。
自分は何もしなくても、受けたものは苦しみ、使用した者の心をごっそり削る。
この時言語を担当していた弁護士は思った。日本にある『コドク』だと。
厳密には『蠱毒』ではない。最後に生き残った者を使わない。
蠱毒を行った者が戦い、死んで逝く者達を見下ろす。
『マッドドック』
狂犬と言う名では収まり切れない感情の表れが――この『マッドドック』なのだと。この時裁判所にいた誰もがそう思った。
感情は単純なものだ。だからこそ、それがむき出しになってしまえばとてつもない何かに変貌を遂げてしまう。人間の人格をも変えてしまうほど、歪める力を持っている。
この裁判が終わった後、ウィリパムは終身刑が下され、今もなお服役している。
齢九十八になった今もまだ、己の栄光が再び輝く時を夢見て………。
そして、この狂人が作った『マッドドック』は、ある一つを除いて破棄されている。
ある一つ――破棄される前に偶然見つけたアシバを除いて………。




