PLAY149 片鱗②
※今回の物語には宗教関連のことが描かれていますが、完全なるフィクションです。ご理解いただけると嬉しいです。
「そんな宗教の長の娘と一緒に行動していたお前達は! 俺たちにとって! 今ここで死んでほしい奴だよっ!」
アシバの言葉を聞いた瞬間、ショーマは止まってしまった。
逃げなければいけない時に、彼は動くことを止めてしまい………、そのまま背後にいるアシバを見るためにゆっくりとした動作で振り向いた。
錆びついてしまった機械仕掛けの人形のように、動きが軋んでしまったその動作は芸でも何でもない。コミカルな描写でもない。
衝撃のあまり、動きが固くなってしまった証明。
その顔に浮かび上がっているものは――茫然と衝撃。
言葉にできない様な衝撃を受けてしまい、どんな顔をすればいいのか迷ってしまっている顔だ。
そんな顔の状態で、振り向いた後で放った言葉は………。
「は?」
だった。
たった一文字のそれは、今のショーマの心境を物語り、同時に混乱していることを相手に教えてしまう結果になった。
なんだそれ?
そんな言葉がショーマの思考を支配し、遠くで聞いて、見ていたツグミの思考をも支配していた。
――宗教の長の娘?
――誰だよそれ?
――何の話をしているんだあいつ………。
理解できない言葉がツグミの思考をどんどん混濁させて………否、これはツグミが勝手にそうしているだけで、実際は分かってしまったのだ。
――いいや、あいつの言っていることは分かる。
――でも、それを受け入れてしまったら、だめだ。
理解したくなかった。
そうじゃないと信じたかったから、思考を遠ざけているだけだった。
――あいつが言う娘。そして僕達との接点。
――アシバと僕達の接点は、あの日しかないし、その日がなかったら、お互い交わることはなかった。つまり、あいつは僕達のことを恨んでいる。
――あの日、あの時………、全部あの日が運命の日だったんだ。
――僕達があの時、いじめられていた彼女を助けなければ、アシバ達の言う計画は完遂されただろう。
――でも同時に、僕達は罪悪感に苛まれることになったかもしれない。
本当は分かってしまった。
でもそんなことありえない。
そんなこと一度も聞いていないからありえない。
きっと勘違いだ。
そう思いたかったが、アシバがこので嘘をつく理由にならない。
むしろここで攪乱させるために、ショーマを混乱させるための作戦なのかとも思ってしまうが、それはないだろう。
あの顔を見れば、嘘なんてついていないとわかってしまう。演劇派でもない限り、それはあり得ない。
だから考えたくなかった。
結論なんて、でなければよかったと思ってしまった。
――結局、どっちに転んでも………、結果は最悪のままだった。
――どれが最善なんてない。
――どうなったとしても、こうなることは、必然の流れだった。
ツグミは思う。
この結果は遅かれ早かれ訪れる出来事。
あの出来事が小さな転機で、大きなどん底の始まりにもなる。
結局――何をしても最悪に結びついてしまう出来事だったんだと、気付いてしまった。
「わかんねぇのか?」
アシバは近くで茫然としているショーマに歩み寄り、金棒を地面に突き刺しながら言う。
まだわかんねぇのかよ? そんな苛立ちを含んだそれで。
「それじゃ、簡単に、わかりやすく教える。脳にしっかりと、皺として刻めよ」
匍匐前進している姿のショーマの頭に自身の足を乗せ、踏みつける力を少しずつ加えながらアシバは語る。
否――告げる。
わかりやすく、ショーマでもわかるようなストレートな言葉を。
「お前が助けた蓮舫恵はなぁ――実は『懺悔の輪廻会』の理の主の声を聞くことができる代行者様………、つまりは教祖様だな。その教祖様の娘なんだよ。あいつは。教祖の名は蓮舫始。そいつはいるはずのない理の主の声を聞き、信者を導く声の代理人をしているって言うが、そんなの嘘に決まっている。嘘のことを言いふらして、金を巻き上げ、その金を使って私腹を肥やしてんだよ。娯楽としていじめていた奴の情報も晒して、社会的に抹殺して! 笑っている! そんな奴の娘があいつ――蓮舫恵!!」
お前達が親友と思っていた女――そいつなんだよ!!
◆ ◆
親友と思っていたメグが、あの時助けたメグが、『懺悔の輪廻会』の教祖の娘。
それは衝撃だった。
いいや、ショーマ達にとってすれば、複雑な感情だった。
『懺悔の輪廻会』のことについてはショーマ達も耳に挟んでいるが、まさかこんな近くまで範囲を広げているとは思っていない。むしろ縁遠い話だと思っていた。
宗教関連の話はその存在が大きくなればなるほど情報が入ると思うが、実際はそうではない。
世間一般の見解で話すと、世界には色んな宗教があるが、世界に大きな被害をもたらした宗教は例外だ。
被害が大きかった事件。
暗殺事件がきっかけで色んな宗教の存在が世界に知れ渡り、世界がそれを知識として、怖い認識として記憶に刻む。
それがなければ、きっとほとんどの世界の人たちが認識しなかっただろう。
警察や国を動かす存在達は例外だが、きっと注意深く調べることなどしない。勧誘や何かがなければ知ることなどあまりないだろう。
むしろ、知らない方がまだ幸せだ。
知ってしまい、それにどっぷりと浸かってしまえば、もう後戻りなどできない。
いいや、そこしか居場所がないと思ってしまう。
みんな――心の隙間に付け込まれ、心の拠り所を得て、理解者ができたと安心してしまうから。
理解者ができることはいい。拠り所を得ることもいいが、場所が問題なのだ。
『懺悔の輪廻会』もそのうちの一つ。
信者を金のなる木としか思っていないという事。
教祖が事態が金目的で動いているのだ。信者の金などあっという間に搾取される。同時に信者の家族を不幸にし、奥深い絶望へと叩きつけるのだ。
そんな極悪な集団の教祖の娘がメグ。
それを知ったショーマは言葉を失いながらアシバを見上げ、ツグミは言葉を失い、思考も停止した状態で、それを受け入れることしかできなかった。
メグはそんな片鱗を見せなかった。
見せなかったから――わからなかった。
何もかもが衝撃過ぎる内容に、二人は言葉を詰まらせ、茫然とすることしかできなかった。
ショーマの頭上に迫り来る、アシバの足に気付かず。
◆ ◆
「――バ、カヤロウ!!!」
突然聞こえたコウガの叫び。
毒に侵され、体中に走る痺れを感じながらも、コウガはショーマに向かって叫ぶ。
思い浮かんだその言葉を口にし、ショーマの気を引くように………否、ショーマの意識を現実に引き戻すために叫んだ。
叫びを聞いたショーマは息をのむと同時に意識を現実に戻すと、視界に移り込むアシバの足を見て、すぐにそのまま横に向かって――転がった。
転がろうとした瞬間を逃さないアシバは、そのまま勢いをつけた踏みつけを行い、少しでもショーマの何かに当たるように勢いと速度を上げたそれを振り下ろした。
どんっ! と、地面を抉るそれはなく、ただただ踏みつけただけで、地面が割れるようなことはなかった。だが、これを見たデュランは更なる疑問を頭の中で構築する。
金棒を振った時はあんなにも破壊力があった。
それは『力』関係の瘴輝石が関係しているか、それとも武器の性能なのか? と思ってしまったが、アシバの足の踏み付けを見るに、力を込めたがそこまで攻撃力はないみたいだ。
力は常人だが、金棒の攻撃だけは異常。
アンバランスにもほどがある。
――あのアンバランスの攻撃で、体の強化を担う『身体強化』の瘴輝石はないようだ。
――しかも近くにそれを補佐するアイテムも、『エンチャンター』もいない。他の気配もないということは、こいつは単体。
――単体であの力を出していた。が、体の方が普通。
――爪に仕込まれた『チーと?』と言う変な薬? のせいでこうなってしまったが、それを抜けば常人だ。
――常人………、なんだが、違和感がある。
違和感。
そう考えたデュランはショーマとアシバ。特にアシバのことを見ながら観察を続行する。
勿論痺れを何とかしようとしている。だが今はアシバの違和感にも視線を向けなければいけない。そうでもしないといけないと、魔王族の勘が囁いている。
――あれは、通常の異国の魔法ではない。
――ましてや魔王族の魔法でもなければ『八大魔祖』の力でもない。
――元バトラヴィア帝国の『秘器』と言う力でもない。
――当てはまるものと言えば………もしかしたら、あの力は。
そう思いながらデュランは最悪の予想を頭の中で浮かべてしまう。
まさか………ありえない。
ありえないと思いながらも、時間は止まることはない。
ショーマに攻撃したアシバの行動が止まることはなく、避けたショーマのことを目で追い、そのまま獲物を捕らえていた足を軸にしてショーマが避けた先に、反対に足を地面につける。
だん。
力強く踏みつけて――
「驚いているな? 驚くよなぁ?」
踏みつけた後、アシバはよろけながら逃げようとするショーマの後を追いながら後を追う。
逃げるショーマのことを見て嘲笑いながら、自分が優位に立っていることへの優越感を体感しながらアシバは歩む。
マスクで隠されているが、その内側は笑みがこぼれている状態だ。そんな状態で彼はショーマに追いつけるか追いつけないかの歩幅と速度を維持しながら歩む。
「お前達が良い事と思って助けた奴が、まさか悪い事をしている奴の娘だったんだ。驚く以外の感情なんてないよな? あ、いやあるか。他の感情」
よろめきながら走ろうとするショーマを見下ろしながらアシバは続ける。
「罪悪感」
その三文字を、声にすれば六文字のそれを強調するように言うアシバ。
僅かだが、ショーマの肩が跳ねる。はねたそれを見てアシバは更にマスクの中の笑みを深くする。
より笑顔に。より彫を深くし、それが伝染したかのように目元も歪めて笑う。
笑い、更なる優越感に感動、快感にして言い続ける。
「罪悪感! お前は警察庁のトップの息子だから、まさか犯罪者を助けてしまったなんて、思ってもみなかったんだよなぁ? わかるよ! お前は単純明快で何より正義感って言うものに憑りつかれている馬鹿だ! わかるわかる。お前の正義はまさに良い事だ! 悪者から弱い人を守ったんだ! でもその弱い奴こそが真の悪者で、お前は悪者を守っていた! 悪者の一人になっていたってことだ! とんでもない野郎だよお前は!」
衝撃と罵りの言葉を吐きながら、アシバは言いようのないそれを受け止めていく。
脳が麻痺してしまう様な、もっともっとと要求する気持ちを高ぶらせながら、アシバはその欲に忠実になる。
それは優越感を得た結果――罵るという行為といつでも勝てる余裕と、あの時の恨みを晴らせるという嬉しさ。同時に目の前にいる奴を自分の好きなように甚振れるという興奮の所為で、加虐心が芽生えたのかもしれないが、それでもこれは異常だ。
アシバ自身そんなことを考える冷静さはとうに失っている。
失いながらも、その欲に忠実になり、止めることを拒み、受け止めたい欲望に負けてアシバは続ける。
これが――勝者の視線なんだ。
勝った奴の、負け犬を見下す光景なんだ。
「どうだ? 自分の選択で多くの人たちが苦しんでいると知った瞬間、お前は何を思った?」
ショーマは答えない。
逃げる背を見つめながらアシバは続ける。
「お前の所為で多くの奴らが『懺悔の輪廻会』の餌食になった。食い扶持にされた! それもこれも、あの時俺達の正しい行いを『間違った行い』と言って止めたお前達の所為だ!」
ショーマは答えない。
「お前達が………、お前が! あいつを助けたせいで! 全部全部壊れ」
「――全部メグの所為じゃないだろうがっ!!!」
ショーマは、腹の力を使い、できる限り大きな声で、痛む身体に鞭を打ちながら答えた。
否定として。
アシバの言葉に反対の意を示して――
「メグ、は………! いいや、メグ、も………! 被害者だ!」




