PLAY148 蝕まれる⑥
父が『懺悔の輪廻会』に入ってしまった。
それは芦馬の人生において大きくもないが小さくもない人生の下り坂だった。
急降下の方がいいだろう。
きっとこの急降下は両親の離婚前日よりかは下がり具合が緩やかだが、それでも急降下したことは事実。
あれから芦馬は数少ない友人の家に上がり、一週間と言う期限付きで泊まることにした。
幸いなことに、小学校よりも中学校の方が芦馬の気持ちは穏やかで、友人もできたこともあり芦馬のメンタルが安定していたが、その友達も友達と言う名の悪友と言う関係で、普通の学校生活を送りながらも芦馬は自分を保っていた。
自分の友達――嘉山義信と有久蘭、笹名木めいあに武藤円次という仲間のお陰で、芦馬は壊れそうなメンタルを維持していた。
自分を見失わず、自分と言う存在を自分で守って生きてきた。
今回の一件もそうだ。もし悪友たちが居なかったら駄目だったかもしれない。
一人で生きることはできるが、その先に不安もある。何よりあの時の芦馬は中学生。不安が勝るのも無理ないだろう。
そうアシバは思い出す。
思い出しながらアシバは更に思い出していく。
あれらがなかったら、俺はまだまだ自分なりの普通の生活が遅れていたはずだった。
俺の人生を狂わせた存在達の所為で、俺の人生はずっと最下層だ。
折れ線グラフが地面すれすれのところで踏ん張っている状態を維持しているだけの――人生のどん底スレスレ人間のひとり。
そうだよ………。あれとあれがなかったら、俺の人生は上がっていたはずだった。
最下層から、少しずつ上がるはずだったのに………。
俺の人生は、どうしてここまでうまくいかない?
俺の人生を壊した奴らの所為で………! 俺は! 今! 不幸のどん底だ!!
◆ ◆
父の元から出て行き、悪友の家に上がり込んで泊まることになった芦馬。
一週間限定なのだが、それでも芦馬から擦れが有難い事で、泊めてくれた分の代金も払おうとしたが、それを止めた悪友は『そのお金は一人暮らしをする時に使えよ』と言い、お金を受け取らなかった。
正直なところ――芦馬にとってもこれは痛手と思ったこともあり、悪友のひとり――嘉山の言葉に感謝して芦馬は自分で稼いだお金を懐にしまった。
こんな時に頼りになる存在が悪友なのはおかしい話かもしれない。
普通ならば親かもしれないが、母は離婚後どうなったかわからない。父は父で別の意味で壊れてしまった。
両親には頼れない。
――でも、あの時親父が言っていた言葉、どこかで聞いたことがあるんだよな………。
悪友の言葉に感謝し、自分の両親がどれだけ愚かなのか考えていた時、ふと芦馬は思い出したのだ。
出ていく時、父が繰り返し言っていたあの言葉。
お願いします。ごめんなさい。
何に対して嘆願していたのか。何に対して謝っていたのか。
そんなこと考えたくもない。
簡単に予想できるが、それでも想像したくなかった。
偽物の神様に対して頭をたれ、蹲るように祈りを捧げていた父の姿を………、あまりにも情けない姿を思い出してしまうから想像したくなかった。予想もしたくなかったが、何故か聞いたことがあると――芦馬は思っていた。
どこで聞いたのか? と聞かれても分からない。
思い出せないの方がいいかもしれないが、思い出そうと自陣が覚えている限りの記憶を巡ったが、結局思い出せない始末。
だが聞いたことがある。
誰かがその言葉を口ずさんでいた。それを頭が記憶していたのかもしれないが、誰がそれを口ずさみ、それをどこで聞いたのか。それが思い出せない。
思い出せないことをいつまでも思い出そうとしても時間の無駄だ。
そう芦馬は思ったが、この時、もっとしっかりと思い出しておけばよかったかもしれないと、アシバは後悔した。後悔して、あの時、どうすればよかったんだと頭を抱えそうになるほど、彼は後悔した。
嘉山の家に泊まりながら学校生活を送っていたある日――嘉山の家に帰った時の出来事だ。
突然嘉山の母が嘉山と芦馬に向けてこんなことを言ったのだ。
『ねぇ義信。ちょっと相談があるの』
真剣で、沈んでいるようなその音色を聞いてか、嘉山は自分の母の言葉に頷き、芦馬に『悪いんだけど………部屋に戻ってて、ゲームあるからそれで時間潰せよ』と、比較的明るい音色で言う嘉山の言葉に、芦馬は運づくことしかできなかった。
嘉山の母は芦馬の境遇を理解している。
だから止まった代金も取らず、どころか衣食住を提供しては家族同然のように接してくれた。
いい母親だと思う。嘉山の母は芦馬の母親とは全然違う。本当にいい母だと認識していた芦馬。
優しくて暖かくて、何よりこっちまで元気になってしまいそうな笑顔を向けて来る。そんな嘉山の母親が――神妙で沈んだ声を出して嘉山に言ったのだ。
何かが起きたのか。
そう思いながら芦馬は嘉山の部屋の中で体育座りをしながら嘉山が来るのをじっと待った。
なにか家族の間に危ない事でも起きているのか? これ以上長居をしてはいけない。そろそろ別の悪友たちの家に行って泊まろうか?
迷惑を掛けたくない。それだけを思い、芦馬は自分の手荷物に手を伸ばし、荷物をまとめようとした時――ドアが開いた。
開いた音を聞いて、芦馬はドアがあるその方角に首を回す。
振り向き、嘉山が返って来たと思った瞬間――芦馬の顔から笑顔が消え、同時に………言葉を失った喪失感の顔になった。
嘉山の顔を見て――絶望のどん底にたたきつけられたかのような悲しい顔をしていたそれを見た瞬間、俯いたまま瞳孔を開き、その目から流れるそれを拭うこともしないで立っている彼を見て、芦馬は理解してしまった。
あぁ、嘉山は悲しい事があると俯いて茫然としちまう。
テストの点が最悪な時とかよく見る光景だ。
嘉山はショックを受けるとわかりやすい。わかりやすいからこそ、黙ったまま泣いている彼を見て、緊急事態で、重い話だと気付いた芦馬は、彼に駆け寄って肩を掴み――脳内で言葉を選び、組み立てながら言葉を発しようとした。
変なことを聞いたら決壊してしまう。
そう思ったから、芦馬は駆けた言葉は――これだけ。
『座って、落ち着こうぜ?』
それしか言えなかった。
それだけしか言えない自分にも苛立ちと腹ただしさを覚えたが、それでも嘉山の耳には入ったらしく、俯きながら彼は嗚咽を吐き、制服の袖で涙をぬぐい、出て来てしまった鼻水を拭いながら座り込む。
泣きじゃくる小さな子供のように泣く嘉山。
母親譲りの明るいそれしか見ていない芦馬からすれば衝撃の光景だった。
ショックを受けて茫然としてしまうのはよくあるが、泣くことは絶対になかった。
絶対になかったからこそ、嘉山の絶望を垣間見た芦馬は――どうするべきか迷っていた。
話を聞こうにも、これは家族間の問題だから聞いては駄目だろう。
でも嘉山がここまで憔悴しきっている。友達として助けてあげたい。
自分の中で二つの天秤が揺れに揺れ動く。
自分はどうすればいい? 俺は………、どうしたらいいんだ?
そう思いながら泣いている嘉山の背を撫でながら慰めていると、嘉山の学校のカバンから一枚の何かが顔を少しだけ出していた。
少しだけ厚い紙なのだろう。くしゃくしゃになったせいで折れ目が目立っている。
それを見て、芦馬の息が止まった。止まったと同時に芦馬は嘉山のカバンからそれを取り出し、書かれているそれを見て、目を見開き、体中を震わせて言葉を零した。
『嘉山………、まさか………! これ………っ!』
芦馬の言葉に嘉山は驚きの顔のまま固まり、涙をながらしながら芦馬のことを見ている。芦馬はそんな嘉山に向けて、嘉山のカバンから取り出したそれを嘉山に見せると、芦馬は詰め寄る声で聞いたのだ。
『お前………! まさかさっきの話しって………!!」
心音がどんどん大きくなる。脂汗も吹きあがる。息がつまり、呼吸ができなくなるような感覚。喉の奥で何かが絡まっているかのような感覚だ。
それを体験しながら芦馬は嘉山に聞いた。
芦馬の手の中にある――嘉山のカバンから取り出したパンフレット。
『懺悔の輪廻会』のパンフレットを。
◆ ◆
一旦――ここで時間を現実に戻そう。




