PLAY148 蝕まれる④
〓〓『懺悔の輪廻会』が行う祈り〓〓
悪い事、後悔してもしきれない様な罪悪感を『懺悔』することで赦しをもらう。
『懺悔』すればこの世の摂理を見ている存在 (以下『理の主』)が赦しの光を与え、幸せの日々を約束する。
『懺悔』しなければならない罪を持っているにも関わらず、『懺悔』を行わない者は『咎』になり、『懺悔』しても救われない。
『咎』になったものを戻すためには『禊』を行わなければいけない。
これが一通り見た『懺悔の輪廻会』の大まかな内容。
内容を見ただけで思うことは――これで本当に救われるのか? と言う事。
本来の宗教 (芦馬の偏見も混じっているが)ならば『お布施』と言うものが必要と言うことを聞いたことがある。だがその布施に関してのことは一切書かれていない。
一見すれば何も求めず。ただただ苦しい人を救いたいという想いで立ち上げた団体。と言う視点になるが、そんな視点に芦馬はならなかった。
やることの内容を見てから不信感は上がり続け、ちゃんと明記していないところを見て不信感がさらに上がる。決定的と言えば目の前で張り付けた笑顔を向けている女の狂気。
彼女がどこまで狂っているのか。
どこまでこの宗教団体に心酔しているのかわからないが、芦馬は即座に理解した。
これはやばい団体だ。
この団体に入ったらだめだ。標的にされたらもっと駄目だ。
頭がおかしくなるどころかおかしくされてしまう。
関わってはいけない。
関わったらだめだ。
この時、芦馬が考えたことを思い出しながらアシバは思っていた。
あの時の自分の判断は正しかったんだ。
あの判断は正しい。正しいからこそ正常に判断出来て、そして――追い返すことに成功したんだ。
あの時の俺は、正常だった。
そう。俺は――
『興味ありませんので帰ってください』
芦馬はパンフレットを女に返し、そのままパンフレットと一緒に女の体を掴んで押し出す。
狭い空洞で足しか入らないその空間に無理矢理手を突っ込み、女の貼りつけた笑顔に泥を塗るように手を付けると、そのまま力の限り押し出し、女との距離が開いたところでドアを閉めた。
力任せに閉めだし、そのままロックをかける。
『がちゃんっ』と言う音が聞こえ、安堵する間もなくドアについているチェーンロックを急いでかけると、ドアの向こうで誰かが叩く音が聞こえた。
ドンドン。ドンドン。
『賀来さーん。開けてくださーい』
重いくせによく響く反響音。
ドンドンドン。ドンドンドン。
『賀来さーん。『懺悔の輪廻会』に入りませんかー?』
拳でドアを叩く音を聞きながら、芦馬はドアから距離を置く。
一歩。一歩――
ゆっくりとした足取りで、後ろに後ずさりするように、芦馬はそのまま部屋に向かおうと踵を返そうとした。足を捻り、体育でよくやる『回れ右』を行おうとした――
その時だった。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『賀来さーん。怖くないですよー? 出てきてくださーい』
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『賀来さーん。警戒することはとてもいい事だと思いますけど―、お話だけでも聞いてくださーい』
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!
『怪しい団体じゃないですよ~?』
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『賀来さーん。開けて~? 開けてくださ~い』
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『か~く~さ~ぁ~ん??』
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『――っっ!?』
鼓膜が破れるのではないかと思ってしまうくらい強く、強く叩かれる鉄のドア。叩く音の隙間を通るように聞こえてきた女の声。
とても陽気で、笑っているようなその声を聞きながら、芦馬は後ずさりして距離を取る。
すり足歩行をしながら移動していたこともあり、踵に何かがぶつかる様な感覚が芦馬に襲い掛かり、同時にバランスを崩して玄関とリビングに繋がる廊下に向かって転んでしまった。
左肩と左腕に重みがかかり、衝撃も相まって芦馬は痛みを小さく訴えてしまう。
突然のことと衝撃で腕を押さえながら痛みを和らげようと体を丸めようとした時、響くドアを叩く音。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
『か~く~さ~ぁ~ん??』
『――っ!』
叩く音と女の声を聞いた瞬間、芦馬は上ずる様な情けない声を上げ、痛い腕を押さえながら後ずさりを再開する。
音を出さずに――という細かいことなど頭からすっぽり抜けてしまい、走って自室がある部屋に転がり込み、そのまま布団にくるまって終わるのをじっと待つ。
今思い出すと、格好悪いと思うが、そのくらいあの時の俺は怖かったんだろうな。
正直、今思い出すだけでホラーだもんな。
包まった後じっとしていたけど、しばらくは鳴り続けていたし。
そう思い出しながらアシバは再認識する。やっぱり『懺悔の輪廻会』は異常だと。
同時に、『懺悔の輪廻会』をことを甘く見過ぎていたと思った。
実際――この時の芦馬は女の恐怖にあてられ、痛かった腕や肩の痛覚が鈍くなった気がした。そして女の声とドアを叩く音は、一時間も続いたのだ。
常軌を逸している狂気を体感していた。
その言葉が正しい体験をした芦馬だが、その一時間後にはようやくだろうか――近隣住人が通報したのだろう。男の声が聞こえたかと思うと、女の声がどんどん荒げるそれに変わり、次第に小さくなっていくの声を聞いた後、芦馬は体中の力が抜け、痛みが再発した後湿布を貼った。
帰って来た父に湿布のことを聞かれたが、芦馬は曖昧に返事をして誤魔化した。
父に心配を掛けたくない――ではなく、父に言ったところで何も変わらないと理解しているから、言わなかった。
これがアシバの嫌な記憶の一つ。
母と父の離婚前日の話しも然り、事故や母の真実もアシバにとって嫌な記憶でしかない。
父や母………否。元母の言葉を借りるのであれば、『黒歴史』だ。
――俺がこの家に生まれた時点で黒歴史だったんだ。
――昔の言葉で『親ガチャ』? に失敗したって言葉があるが、まさに俺もそうだと思う。
――本当に、別の親から生まれてくればこうならなかったんだろうな。
アシバは思う。
この時体験した恐怖が序の口であり、ここから本当のどん底を体験することになる。それを………、思い出したくない気持ちを押し殺して思い出そうとする。
あの恐怖体験から一か月後――
父がリストラにあった。
父曰く、人員整理の対象になったと言っていたが、真相は分からない。
だがこのリストラを皮切りに、父は荒れに荒れまくった。
テンプレ通りのアルコールに溺れる日々。少ない貯金を湯水の如く使う。
まさに悪循環の様な日々が続き、芦馬も高校に通いながらバイト生活をすることになってしまった。
本当は仕事をいっぱいして金を貯めなければいけないが、世間はそんな芦馬を雇わない。
中卒で働ける環境など、芦馬の時代にはない。高卒でなんとかできるラインであり、高校在学の芦馬はバイトでしか稼ぐことしかできなかった。
世知辛い世の中だ。
これは酔っていた父がよく言っていた台詞。
まるで自分だけ辛いと言わんばかりの言葉だ。
酔いながら言った父のその言葉を聞いて、芦馬の頭の中の何かが切れ――そうになった。
――この時、切れてしまえばどれだけ楽だったか………。
アシバはそう思いながら自分の行動に少しだけ後悔したが、過去を変えることはできない。何度でも言うが本当に変えることはできないのだ。
父の言葉を聞いて怒りが込み上げてきたのは事実だ。だが殴る選択はしなかった。
自分のことを育ててくれた親だから――ではなく、殴って何になる? 殴って何かお得なものが舞い込んでくるのか?
酒に溺れているこの男を殴ったところで、損しかない。
いいや――損得よりも、殴る価値などないと思ったから芦馬は殴らなかった。
損得は後から考えたこと。
純粋に――殴ったり怒ったりしても無駄だと思ったからやめた。バイトをしているせいで疲れていたこともあって、怒る気力などあまりなかったのも本音。
だから怒らなかった。父の言葉に対して――曖昧な返事も返さなかった。
無視した。
無視して、いない者として芦馬は過ごしてきた。
酒に溺れている父はいるだけで邪魔な存在。
ならいない風に接していけばいいと、この時は思った。
だが――その判断が誤りだった。
あの時、父の言葉を聞いて殴っていれば、正直に怒りを吐露すれば運命は少しだけだが変わっていたかもしれない。
だが大筋を変えることはできない。
きっと――こうなることが運命づけられていたのかもしれない。
アシバは自嘲気味になりながら思う。
変えることができない。だから父も溺れたのだ。
酒に溺れた後――父は次の溺れ先として選んだのが………。
あの時、芦馬に恐怖を植え付けた女が所属している宗教団体――『懺悔の輪廻会』だったのだから。




