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PLAY148 蝕まれる②

 両親の離婚が決まり、母が家から出て行ったことで、芦馬の生活はがらりと変わってしまった。


 当たり前だが、今まで母がしてきたことを父が行い、時には芦馬も手伝って家の維持を保っていった。


 掃除、洗濯、料理、家の整理や他にもいろいろある。


 いろいろありすぎる中、父と芦馬は慌ただしくも何とかこなしていった。


 だが、芦馬の心には父に対するある心があった。


 それは――純粋な疑心。純粋な………嫌悪。


 あの時、母と離婚の話をしている時、父は母に向けて本性と言う名の本当の自分をさらけ出していた。


 その姿はあまりにも醜く、幼い芦馬が傷ついてもおかしくない様な言葉ばかり吐き捨て、あろうことか――今までの時間でさえも否定したのだから、信じるなんてできない。


『お前は――人間の屑だ! お前の様なやつと一緒になった時間は無駄になった! いいや無駄でなんの生産性も何の利益も生まない時間だった! ただただ自分が愚かだったと思い知らされるだけの………、馬鹿な俺を思い出すだけ! 黒歴史だ!!』


 夫婦としての時間も、何もかもが! 俺の黒歴史だ!!


 何もかもが黒歴史。


 誰にも知られたくない内容と、墓場まで持っていくほどの時間。


 そんな言葉を、芦馬は一枚の壁を隔てて聞いていたのだ。


 涙を流し、膝を抱えながら下唇を噛み締めて――芦馬は父と母の言葉を聞いていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という顔をして接してくる父のことを見上げながら、芦馬は笑顔を向けた。


『二人で頑張ろうね!』


 そう言い残し――


 夜になり、静けさが辺りを包んだと同時に


 芦馬は胃の内容物を全部戻した。


 夜食べたご飯だけじゃない。ほどんどの手料理を全部戻してしまっていた。


 受け付けられることができないくらい、彼は拒絶反応を起こしていた。


 何に? 答えは父だ。


 父と母に対して、幼い彼は差し出された手をひっぱたいてしまうくらい嫌いになっていた。


 全部が気持ち悪い。全部が嘘に聞こえてしまい、頭がおかしくなりそうだった。


 こんなの、よくある話では済まされない。不注意と感情的になって喧嘩した夫婦の所為なのだが、それにさえ気づかないくらい芦馬の両親は熱が上がっていた。


 上がっていたせいで声も大きくなる。大きくなると芦馬の部屋からも声が聞こえてしまい、しまいには丸聞こえになってしまい、聞かれたくない言葉も聞かれてしまう。


 配慮がなかった? もっと冷静に話せばよかった?


 そんなことができれば『夫婦喧嘩』と言う言葉もなければ『修羅魔』もない。人間はしゃべる生き物。異論があればそれを否定して口論する。


 それと同じだ。


 だが芦馬の両親は()()()()()()()()()()()()()()()()()


 感情的になるのは仕方がない。


 だが、その感情の吐露にも限度と言うものがある。言ってはいけない言葉があるのだ。


 それを父も母はしてしまった。


 言葉の刃を作り、その矛先を――小さい芦馬に突き刺した。


 結果、この口論で最も傷ついたのは………芦馬だったのだ。


 この時のことを思い出しながらアシバは考えた。


 ――結局、俺はあの両親にとって、消したい過去なのかもしれない。


 ――おふくろだった人は、あの親父の血を引いた俺を産んだことを。


 ――親父は、おふくろだった人と暮らしてきた、『家族』として暮らしてきた時間全てを。


 ――消したい過去。黒歴史。


 ――俺は………、事故が起きる前までは、そんなこと一ミリも思わなかったのにな………。


 それを変えたのがあの事故。


 事故がなければ………、()()()()()()()()()()、こうならなかったはずなのに………。


 そう思いながらアシバは思い返す。


 離婚した後、父と何とか暮らし、二人だけの生活に慣れてきた一か月後――芦馬のいじめが過激になってきたのだ。


 一ヶ月前に告げられた『懺悔しない奴は禊』という、呪文のように聞こえてしまうそれは、両親の離婚後も続いており、芦馬はそれを両親に報告しないで耐えていたのだ。


 ずっと言われる『懺悔しない奴は禊』と言うパワーワード。


 耳に残ってしまいそうなほどそれは何度も何度も告げられ、一体何に対して懺悔しなければいけないのかわからない。


 何をすればそれを止めてもらえるのか、当時の芦馬は考えに考えていたが、いい案は浮かばず、結局無視することでほとぼりが冷めるのを待ちなが耐えていた。

 

 耐えて耐えて、耐え続けていた。


 教師も芦馬が受けている状況に対して何か言うのが普通だろう。自分が請け負っている学級がとんでもないことになっていると思えば、行動するのが普通かもしれないが、これまた王道の展開と言うべきなのだろうか………、はたまたは学校の命令なのかはわからないが、芦馬を助ける教師はいなかった。


 誰一人と、芦馬のことを気にかける教師はいなかった。


 むしろ――元々ないかのように行動していたのだ。


 ()()()()()()()()()()()()、当時の芦馬でも理解してしまうくらい………、芦馬が通っていた学校の人間たちは腐っていた。


 そう思ってしまっても仕方がないくらい、学校側は芦馬のいじめを黙認していた。


 隠し通そうとしていた。

 

 父に話しても無駄になってしまう――否、離婚前日の出来事から失望しているので話したくない。


 父方の祖父母はいない。


 学校の教師も話しても無駄。もみ消されてしまう。


 何をしても無駄な状況の中――芦馬が選択した行動は『耐える』だけだった。


 耐えるしかなかった。と言った方がいいだろう。


 何を言っても無駄だ。と思ったのも半分。もう半分は味方になってくれないからと言う諦めもあって言わなかった。


 言ったとしても、誰も自分の味方にならない。心の底から味方にならないだろうと知ってしまったから。


 教師はともかく………、父に相談しても、味方にならないだろう。


 だって自分は『黒歴史』だから。


 離婚前日の喧嘩なんて聞かなければよかったかもしれないが、聞いてしまったから相談なんてできない。したくない。


 しても、面倒くさそうに答えるだけだ。


 そう思いながら芦馬は耐え続けた。


 耐えて耐えて耐え続けて――中学校に上がった直後、新たな事件が起きた。


 ………いいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それでも、中学生になった芦馬にとって大きな事件だったのがこれだ。


 芦馬が中学校に上がってすぐ、とある訪問者が家に来たのだ。


 訪問販売員か? それとも勧誘か? 新聞か?


 そんなことを思いながら芦馬は訪問してきた人を見る。じっと、凝視せず、さり気なく見て………。

 

 家に来た人物は一人だが、着ている服はみすぼらしい物で、シャツの首元のゴムはよれよれになり湾曲の波ができてしまっている。よく見ると来ているシャツのいたるところに繊維の玉ができている。


 かなり着込んでいることが見てわかる服で、下のズボンもみすぼらしくよれよれで、ジーパンと言う素材なのに膝に大きな穴ができている。それを塞ごうとしてアップリケを張っていたのだろう。それも壊れて余計にみすぼらしさが際立っている。


 全てにおいてみすぼらしいその人物は女性で、女性は芦馬に笑顔を向けていた。


 にっこりと、張り付けた笑みと言う言葉が正しいその顔を芦馬に向けて、女性はただただ玄関の前で立っていた。


 手に持っている何かのパンプレットを携えて。


「あの………何の用ですか?」


 芦馬は聞く。だが女性は答えない。


 答えないどころか張り付けていた笑顔の彫を更に深くただけ。


 笑顔に更なる笑顔を加えたという悪循環の様な行動を見て、芦馬は思った。


 気色悪い。そもそも笑顔のまま玄関前に立っているだけで気持ち悪いのに、更に笑顔を深くして何がしたいんだ? 


 そもそもパンフを持っている時点で宗教の勧誘だ。


 聞かない方がいい。


 そう思った芦馬は小さく溜息を吐き、『用事がないなら帰ってください』と言って扉を閉めようとした。


 因みに――芦馬の家のドアはマンションによくあるドアで、閉まる時はゆっくりと動いて閉まるのだが、それすら待てない芦馬は力づくでドアを引っ張り、力づくでドアを素早く閉めようとした。


 ごり押しにも感じてしまう様な光景だが、この方がいい。


 待っているよりも、力づくで閉めて遮断した方がいい。


 しまったらこっちのもん。すぐに鍵を閉めて無視すればいい。


 そう思った芦馬は行動に移した――のだが。


 ――がっ!!


 と、足元から聞こえた音。


 その音を聞くと同時に、引っ張っていたドアが止まってしまった。


 まるで何かに止められたかのような――石か靴を挟めてしまったかのような感触。


「!?」


 思わず引っ張っていた状態のまま尻餅をつきそうになる。ずっと後ろに向かって体重をかけていたのだから無理もない話かもしれないが、もう中学生になった芦馬は何とか持ちこたえて、音がした足元を見ると、芦馬は顔をしかめた。


 ドアの隙かに入り込むように足が顔を出しており、それを行ったのが訪問してきた女性であるとわかった瞬間、芦馬はすぐに自分の足を使って押し出そうとしたが、それをする前に――声が聞こえた。


「あなた………、反省していますか? 後悔していませんか?」


「?」


 声の主はドアの向こう。


 つまり――ドアの向こうに板張り付けた笑顔の女の声。女が芦馬に向かってドア越しで話しかけているのだ。


 女は言う。明るく聞こえるが、何故か警戒してしまいそうな雰囲気を漂わせて………。


「あなた、後悔していませんか? 反省していますか? 懺悔、していますか?」


 何が言いたいのだろう。何を言っているんだ?


 芦馬は思った。思い、すぐに馬鹿馬鹿しい勧誘方法だと思いながら短く……「いいえないです。間に合ってます」と言って再度ドアを閉めようと足を使って女の足を押し出そうとする。


 少し時間はかかってしまうかもしれないが、それでもこれ以上会話をする必要はない。


 芦馬は足を使って女の足を押し出そうとする。ぐっとつま先同士が当たり、痛くない程度に押しだし、足がなくなったらそのまま閉めよう。


 そう思い足同士で相撲をするように押し出そうとした。


 瞬間、芦馬の足を力一杯踏みつける女の足。


「――っ!?」


 あまりの重さ、そして勢いに驚き、思わず痛みを訴えそうになったが、それを何とか堪えて芦馬は女のことを見る。ドア越しではあるが女のことを見て、しつこすぎんだろ………! と思いながら睨みつけると、女は芦馬に向かって言ったのだ。


 ドアの向こうから、明るくて、どす黒い音色で言った。


「あなた、後悔していませんか? 反省していますか? 懺悔、していますか?」


 同じことを繰り返し聞いて来た女。そしてすぐに芦馬に向かって言ったのだ。


 明るい音色と共にドアの隙間からとあるパンフレットを差し入れて、彼女は言った。



「あなたの後悔は分かります。あなたの苦しみは分かります。でもその原因を作ったのは、あなたのことを苦しめてきた人です。その人達に――罰を与えたくないですか? あなたのことを苦しめてきた人に、因果の槍を突き刺したくないですか?」


 あなたの苦しみ、私達に分けてくれませんか?



 理解できない様な内容を聞き、理解に苦しむ様子を嘲笑っているかのように見える女のことをドア越しで見ながら、芦馬は言いようのない何かを感じていた。


 人ではある。


 だがその裏に、何か………どす黒い何かを隠しているような、そんなものを感じながら………。

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