PLAY147 『懺悔の輪廻会』④
アシバの過去を語る前に、まず話さなければいけないことがある。
それは『懺悔の輪廻会』と言う存在について。
『懺悔の輪廻会』は言葉から読み取ると悲しいものを思わせ、同時に何か重々しいものを感じさせる。
聞いたことがない人いるか? と聞かれれば、大半が耳にしたことがないというだろう。
それもそうだ。
この『懺悔の輪廻会』と言う存在は、あまり人に知られていない団体で、俗にいうところの――宗教団体に近い存在なのだから。
否――厳密には、集団から宗教じみた団体になっていった。
の方がいいだろう。
まず、この団体の大きな特徴は『懺悔』すること。
悪い事、後悔してもしきれない様な罪悪感を『懺悔』することで赦しをもらう。
『懺悔』すればこの世の摂理を見ている存在 (以下『理の主』)が赦しの光を与え、幸せの日々を約束する。
『懺悔』しなければならない罪を持っているにも関わらず、『懺悔』を行わない者は『咎』になり、『懺悔』しても救われない。
『咎』になったものを戻すためには『禊』を行わなければいけない。
これが大まかな『懺悔の輪廻会』の『契り』 (ルール)だが、この時点でおかしい話だ。
だが時代も時代で、後悔してない人間などいない。後悔してもしきれない罪悪感に押し潰されてしまいそうになった人達が集まっていき、それが集団となり、果てには宗教に近い団体となって、世間に溶け込んでいた。
人は身も心も弱くなると、何かに縋りたくなる。
それを狙っているのかどうかはわからない。
だが、一つだけ言えることがある。
この『懺悔の輪廻会』の所為で、アシバの人生が壊れてしまった。
長くなってしまったが、ここからアシバの過去に入ろう。
アシバはごく普通の家庭に生まれ、普通に育ってきた。
不自由もあった。苦労もあった。同時にささやかな幸せの中で暮らし、順風満帆な八年間を送って来たアシバ………否、ここでは賀来芦馬だ。
芦馬は会社員の父とスーパーでバイトをしていた母と一緒に、慎ましくも幸せな生活を送っていた。
あの日が来るまでは………。
芦馬が八歳の誕生日を迎えた三日後のことだ。アシバはこの日、いつも通りの日常を送っていた。
学校に行き、授業を受け、午後から体育と言う五時間授業の日だった。
太陽がグラウンドを照らしているが、風と四月と言う不安定な時期も相まって寒く感じる。
芦馬はそれを覚えていた。寒くて腕をさすっていた時――芦馬のクラスの担任が慌てて学校から出たかと思うと、芦馬を呼んで――
「今すぐ荷物をまとめなさい。お母さんが――」
………それから、芦馬は担任の教師の後部座席に乗り、窓の外を見ながらぼうっとしていた。
ぼーっと。ではない。虚ろな目で、どんどん変わっていく車の窓の世界を見ていた。
視界は焦点が合ってない。だが頭の中はグルグルして、胃の中にある給食が口から出ようとしているような、そんな気持ち悪さを感じてしまうほど、芦馬は――恐怖していた。
担任の口からきいた………母の危険の報せ。
母の身に何かが起きた。
それ以上は言わなかったが、担任に慌てようを見て、芦馬は直感した。
お母さんが危ない。お母さんに何かが起きたんだ。と――
「賀来、大丈夫だ」
担任の声が聞こえるが、芦馬には届いていない。
今彼の思考は母のことだらけで、聞く余裕がないほど脳は母のことで埋め尽くされていたのだから。
なぜ母のことをここまで心配するのか?
大切な母だから。これは正解。
大好きで、たった一人の母だから。これも正解。
だが、これ以外にもう一つだけ正解がある。
それは――
「大丈夫だよ賀来。お母さんは大丈夫だよ。勿論――弟か妹になるその子も、きっと元気になって生まれてきてくれる。今はお母さんとお母さんのおなかの中にいるその子の無事を祈るんだ。『大丈夫』『大丈夫』って」
そう――芦馬の母は子を宿していた。
もうすぐ生まれるということもあり、芦馬も芦馬の父も、芦馬の母も新しい家族の誕生を心待ちにしていた。
幸せの絶頂と言うのだろうか。
それがどん底に叩き落されそうになっている。
母の身に何かが起きたということは、子供の命も危ないかもしれない。
父と母にきつく言われたことで、小さい芦馬もできる限りのことをして母の負担を減らす努力をしていた。母の身に何かが起きても大丈夫なように、買い出しのボディーガードをしていたほどだ。
新しい家族を宿している母が危ない。
母のお腹の中にいる自分の弟か妹が危ない。
そう思うと、不安で気持ち悪くなり、頭の中で色んな不安が蠢いてこれまた気持ち悪くなり、途中で吐きそうになったくらいだ。
大丈夫なのか?
その思いはずっと思っている。
思っているからこそ心配で、強く『大丈夫』と思う気持ちを持てと言われても、この時の芦馬には難しい話だった。
否――無理な話だった。
まだ心の成長が乏しい年代と同時に、幼い彼にとってこの事態は甚大なストレスだった。
大丈夫だ。お母さんは大丈夫だ。
大丈夫だ。
そんな担任の声もかすれて聞こえてくるほど気が遠くなるような時間。
あっという間ではなく、車に乗っている時間が永遠に感じた。そうアシバは記憶している。
長く、永遠に感じたからこそ、あの時の衝撃は大きすぎた。
簡潔に言うと――母親の命は救われた。が、宿っていた命が三人の前からいなくなった。
何とか取り留めた母の顔から、感情が無くなってしまった。
病院のベッドに座った状態で、生気も何もかも失ってしまったその顔で、芦馬のことをみなかった。
何もなくなってしまったお腹をさすりながら、ぼうっとして………。
報せを聞いた父も病院に来たが、その顔に浮かんでいたのは――焦燥と愕然、そして、深い深い悲しみだった。
涙で何もかもが歪んでしまったその顔で、父は母のことを強く、強く抱きしめていた。
抱きしめる強さが服に伝わり、大きな皺を作っている。だがその抱きしめに対し、母親は何も反応しなかった。
只お腹をさすっていただけ。
何もないそのお腹をさすりながら、小さな声で呟く母の唇。
『あかちゃん』
『あかちゃん』
その言葉を聞き、二人の悲しみを見ながら芦馬は、ただただ担任に撫でられている頭を感じながら泣くことしかできなかった。
それから数日、芦馬と両親は傷心と自責の日々を送っていた。
もっとこうすればよかったのではないか?
何か出来たのではないか?
自分があんなことをしなければよかった。
そんな後悔が家族の心を荒ませ、両親の喧嘩が絶えない様子を見ながら、芦馬は耐えていた。
本来ならささやかな幸せを送っていたはずなのに、本当なら遠い未来でお兄ちゃんになるはずだったのに。どうしてこうなったんだろう?
そんなことを思っていた数日後――芦馬に更なる苦難が静かに降って来た。
突然だった。芦馬のいじめが始まったのだ。
クラス全員ではない。当時の芦馬のクラスメイトは二十一人。きっと少子高齢化社会では多い人数だろう。そのうちの七人が芦馬のことを無視し始めたのだ。
その七人の中には芦馬と仲良くしていた友人もいたが、その友人も芦馬のことを無視し始めた。
最初は無視から始まったそれに、芦馬は一体何が起きたんだろうと思っていた。
いじめと認識することができないくらい、彼の心は憔悴しきっていた。そのせいでいじめの加速に遅れてしまった――いいや、これは、いじめと言う名の。
禊だった。
『なぁ賀来。何か言うことはないか?』
いじめていた一人が聞いて来た。
それに対し、芦馬は答えることができない。と言うよりもわからないから首を傾げることしかできなかった。なぜそんなことを聞くのかも、理解できなかったから。
何のこと?
そう芦馬が聞くも、いじめていた一人は答えない。
ただじっと、芦馬のことを見下ろしているだけ。
何も言わず、最初の質問に対して答えろと言わんばかりの圧を感じる。だが答えることができない。そう思いながら芦馬は分からないと言わんばかりに首を傾げると――もう一人のいじめていた一人がこう言った。
『賀来くんのお母さん、悪い事したんでしょ? だからお腹の子供も死んじゃったんだよ? 全部賀来くんのお母さんが悪いのに、どうして懺悔しないの?』
その言葉を聞いた瞬間、憔悴しきっていた心に火がついた。
弱くなってしまった焚火に着火剤を巻かれたかのような燃え滾る感情。
今まで無気力でいた気持ちが昂ると同時に、芦馬は荒げる声を出しながら立ち上がる。
『なんでお母さんのこと知ってるのっ!? どうして子供が死んだことがお母さんの所為なのさ! 悪いのは突き飛ばしたそいつの所為だ!』
そう、芦馬の母が病院に運ばれた理由。
簡単なことだ。デパートで買い物を終えて帰ろうと歩道橋を歩いていた時、階段から突き飛ばされたのだ。誰かに背中を押されて。
よくある様な事件で、突発的な事件に母は巻き込まれ、そのままお腹の子が亡くなってしまった。
悪いのは突き飛ばした奴。
そう芦馬は警察から聞いた父の話を聞き、突き飛ばした奴を憎んでいた。警察に早く捕まれと思っていた。そんな彼の思いを圧し折るように――いじめていた集団達が言葉を繋げていく。
口裏でも合わせていたのか? そう思えるほど流暢に、そして失敗することなく彼等は言ったのだ。
『違う』
『悪いのは賀来の母親』
『賀来くんのお母さんはいじめをしていた』
『その子は今も苦しんでいる』
『悪い事をしたんだ。懺悔しなかったから罰が下った』
『自業自得なんだよ?』
『いじめをしていたことを懺悔していればこうならなかった』
『これは罰なんだよ。懺悔の神様が天誅を下したんだ』
芦馬は理解できなかった。
母親がいじめをしていた。そこも衝撃で、いじめられたその人は今も苦しんでいることも初耳だ。
だが、それよりも理解できなかったのは――いじめの七人の顔だ。
まるで芦馬のことを軽蔑するように、無表情で見てじりじりと芦馬に近付きながら言ったのだ。
友人も加わり、芦馬に近付いて彼等は唱える。
呪文のように――ぶつぶつと。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
近付き、芦馬の手を掴んで拘束するいじめの二人。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
拘束している二人と、どんどん迫って来る五人のいじめの犯人たちを前に、芦馬はどうすることもできなかった。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
小学生とは思えない強い力で拘束し、肉を指で抉るぞと言わんばかりに食い込ませてくる。
痛いと言っても聞く耳を持たない。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
そんな状況の中でも、クラスの大半は助けてくれなかった。
誰も、見て見ぬふりをして、芦馬のいじめの現場を無かったことにしようとしていたのだ。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
あまりに残酷な光景。これが今のいじめの現実――ではない。
これは特殊過ぎるいじめの光景だ。
否――後にアシバは思った。
あれは、儀式だったのかもしれないと。
あの時、いじめの七人が言っていた言葉。『禊』と言う言葉を思い出し、そしてその言葉を発しながら粗く削られた石を持って叩きつける彼等を思い出しながら、アシバは思ったのだ。
あの時のあの行動は――こいつらからすれば悪者を何とかするための儀式だったんだ。
くそみてぇな儀式を受けて、体中石の擦り傷まみれになって、痛いって叫んでもやめねぇあいつらの言葉を聞くことしかできなかった。
今でも耳にこびりついている。
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
『懺悔しない奴は禊』
このころからだな。
俺の人生が、俺の家族の人生が大きく変わっちまったのは………。




